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1 クルス村の朝

 クルス村では現在忙しい時期であった。

 名産物のトマトワインの出荷の為の祭りの日が決まり、多くの人を迎える準備をしていた。

 人狼の件もある。自警団だけでなく外の町からも用心棒を雇う必要があった。

 ケヴィンとしては自分たち自警団だけで十分と憤慨していたらしい。

 いかにも彼らしいとディルクは笑った。

 人狼退治とカタリーナ姫の調査の為にやってきた狩人のディルクとしては、人の警護の人員が増えることはおおいに望ましいことであった。人狼の嫌がる魔除けと多少の武術があり、決まった通りを使用すれば問題はないだろう。


「人狼め、覚悟!!」


 突然後ろから蹴りをくらいディルクは面くらった。まさか宿の廊下で攻撃を受けることになろうとは想像していなかったのだ。

 しかし、力は弱いもので大した怪我にはなっていなかった。

 ディルクは後ろをみると茶髪の小さな少年がじろっとこちらを睨んでいた。

「えーっと」

「母ちゃんをだませても俺はだませないぞ、人狼!!」

 びしっと指差されてディルクはうーんと困ったように眉を寄せた。

 人生何度目になるかわからない人狼間違いに困惑した。

「僕は人狼じゃないよ。ちゃんと人間!」

「嘘をつけ。人狼と同じ銀髪が何よりもの証拠だ」

「あのねぇ、この髪は生まれつき。北方の国にもこういう髪が多いんだよ」

 そう説明しても少年は耳を貸さずに攻撃をしかけてくる。

 ディルクにとっては遅くまだ大したものではなかった。だが、筋は悪くないと感じた。

「受けろ。ラウラ姉ちゃんから教わった技を」

「こら! トーマス!!」

 ごすっと少年にげんこつが降りてくる。少年は痛そうに項垂れた。

 宿屋の女将のマリが拳をふるったのだ。彼女は鬼の形相でトーマスと呼ばれた少年を睨みつけた。

「ディルクさんになんてことをするんだい!!」

「だってさ」

「この人は大事なお客さんなのよ。それに人狼だなんて失礼なことを言うんじゃない。確かに変わった髪の色だけどさ。人狼だったらあの銀の十字架を平然とかけられるはずがないだろう」

 ディルクは身の潔白の為に出した十字架を示そうとするとマリがそれを指差して説明してきた。

 以前にも話したことがあったが、ディルクが所属する銀十字の大事な証でもある。人狼の苦手な銀と呪いをかけて作ったものなので、異端者が触れただけで火傷をしてしまう代物であった。

 それを聞きトーマスは目をきらきらさせた。

「すっげ、本物だ。かっけぇ」

 結構純粋な子供のようでディルクは苦笑いした。

「全く。わかったなら謝りなさい!」

「うー、ごめんなさい」

「罰として廊下のぞうきんかけと窓ふき、庭のくさむしりをするんだよ」

「えー!!」

 トーマスは嫌そうな顔をした。

「ラウラさんには黙っておいてあげるから。もし、あんたが無差別に人に暴力を振るったなんて知ったらあの子は悲しむだろうよ。もうあんたに格闘技を教えたくなくなるだろうね」

 マリは脅しをかけ、トーマスは恐縮してわかったよと頷いた。マリはすまなそうにディルクに謝罪した。

「すまないね。うちの馬鹿息子が」

「いえ、大丈夫です」

 ディルクはいつもの朗らかな笑顔で気にしないで欲しいと応えた。



 朝の身支度をすませ、ディルクは村の入り口へと向かった。今日は狼がよく出没するというスーリィ洞窟へ行く予定であった。勿論案内人がついている。メイジ術の使い手であるジルケである。彼女にここで待ち合わせをと約束されていたのだ。

「あ、ディルクさん」

 入口付近にはニコルがいた。肩には籠をかかえている。

「どうしたんだい?」

「エルゲ山へ薬草摘みにいくんです」

「外は狼が出没するから危ないよ」

 心配そうな表情のディルクにニコルはくすくすと笑った。

「ええ、勿論一人ではありません。護衛をつけてもらえます」

「護衛?」

「おー! ニコルちゃん、早いじゃないかい」

 明るい女性の声にディルクはあれと思った。後からやってきた赤毛の女性は先日のワインの試飲会で出会ったマーヤであった。

「じゃ、よろしくね」

「はい」

 この会話からもしかしなくても護衛というのはマーヤのことだろうか。そう尋ねるとマーヤはにかっと笑った。

「そ、私がニコルちゃんの護衛をするの」

「大丈夫なんでしょうか」

「これでも旅の旦那を異端や盗賊から守ってきた女傑だよ。安心してよ」

 自分で女傑と豪語したマーヤはばんとディルクの背中を叩いた。その時触れた手はかなりしっかりしており、間近でみると彼女の身はがっしりとしていた。筋肉がむきむきとなっているわけではないが、しなやかな彪を思わせる体格であった。

 確かに強そうである。

 もしかするとディルクよりぱっと見強いかもしれない。

 そう思うとディルクはなんだか情けない気分になった。

「でも、大丈夫ですか? その、ニコルは」

 言いにくいことであるが、ニコルは先日友人を亡くしたばかりで意気消沈していたはずだ。そしてその友人であったものを葬ったのは他でもないディルクであった。

 ニコルは苦く笑い言った。

「まだ立ち直れていません。でも、いつまでも村の中でじっとしていたくないんです」

 それならば外の空気を吸いたいとニコルは願い、自警団に頼み込んでマーヤを護衛につけてもらったのだ。

「なるべく遅くなっちゃだめだよ」

 マーヤがついているとわかっててもディルクは心配して声をかけた。それにニコルは嬉しげに笑った。

「はい! ディルクさんも頑張ってください」

 そう言いニコルは籠を持って森の中へと消えて行った。マーヤも後を追い森へと消えた。

「よかった」

 後ろから声がしてディルクははっとした。ジルケが気づけば傍に立っていたのだ。

「ニコルちゃん、元気になったんだね」

 ジルケは嬉しげに笑った。

「そういえば、ジルケさんはニコルさんとも親しいですね」

 村で同じ年頃の子だからだろうか。そう言おうとすると思ってもいなかった事実が判明した。

「当然よ。親戚だもの」

 思いもしない接点にディルクは少し驚いた。どうやらニコルの祖母のドーリスとジルケの祖父は兄妹だというのだ。つまりはとこの関係である。

「私はニコルちゃんの面倒を昔よく見ていたし、10歳も離れているから私をチーママのように慕ってくれていたのよ」

 ジルケの話によると両親を人狼に殺されて祖母と二人で暮らしていたニコルの子育ての手伝いをかってでたのがジルケだったという。

 ディルクは眉間に皺をよせ考えた。


(あれ、この人………ニコルさんより十も年上だったんだ。てことはいくつだっけ?)


 見た目は十五の少女のように見えるが、思った以上に大人だったようである。以前聞いた話ではニコルは十五であり、つまりはジルケは二十五ということだ。

「どうしたの?」

「え、と………ジルケさんが僕よりいっこ年上というのに気づいてしまいました」

 それを聞いてジルケは明るく笑った。

「そうよ。私がお姉さんなんだから敬いなさいよ!」

 ジルケはおおいに胸を張って言った。

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