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……ある日、「汚い」と物を投げつけられた。
……ある日、「気持ち悪い」と蹴られた。
…………ある日、「怖い」と絶叫し、そして––––
「君、《イディオ》を知っているのかい?」
突然、顔をあげると一人、男が立っていた。深く被られた白いフードパーカーは、口をニヤリとさせる。
「……だれだ?」
「君を救う者、かな。君はこんなところにいて満足かい?」
この男は気が確かなのだろうか。ここは誰も通ろうとしない裏路地、腐敗し、臭気を放ち、ゴミが捨てられ……人間が捨て置かれている場所だ。正気でここには来れないだろう。
しかしこの男の『イディオ』という言葉に、少し引っかかるものがあった。
その言葉を知らないはずなのに、聞いた時から湧き上がるような憎しみ、恨み、怒りが、そう思わせてくる。
「……だれだ?」
「私かい? 私は《司祭》さ。とある《異世界》のね」
だんだんと、何か、奥底に仕舞い込んでいた記憶が呼び起こされる。それは日本じゃなく、しかし地球のどこかにない荒野の土地の、黒ずんだ空に横たわる俺と……『ヒラナゴ』という人間の佇む姿を。
瞬間思い出した。俺は、『イディオ』という異世界から《転生》し、醜い人間にされたことを。その上でこの地の両親に捨てられ、溜まり場としてくるクズに吐口として暴力を振るわれ、そして––––
「……司祭、ってことは《異端審問会》のやつか?」
「ほう、やはり同郷の者か。いかにもそうだが、もしや信者かい?」
俺は「馬鹿馬鹿しい」と嘲笑し、
「俺は魔界の魔族だよ、元はな。こんな人間にされて、力も使えなくなって、そろそろあの頃が幻想の類だと思い始めるくらい焼きが回ってきた頃だよ。むしろなぜ、この世界に《イディオ》の人間がいる?」
すると男は不気味なほどの笑みを浮かべ、高らかに宣言する。
「私は、前任の怠慢を断罪し、私こそがこの地に神罰を降らせ、『あのお方』の一番の従僕になる事が目的さ! そして、我が弟の仇を討つことも、ね!!」
「仇?」
「そう仇、あの男は化け物だ。だから力を借りたいのだよ、君にも、そして神にも。そう、あの男の名は––––」
どうも仇を取る者の顔ではなかったが、その先の名を聞き、俺は怒りがこみ上げてきた。
「……わかった。不本意だが人間、お前の手助けをしてやる」
「おお、本当かい君! では、これをやろう」
と男は懐から一本の棒切れを取り出し、こちらに手渡す。
「受け取りたまえ。これは、君の力を引き出してくれるだろう」
「……罠だったら殺してやる」
と手に取る。一瞬、フワッと何かが俺の体内から弾け、そして––––
「ぐ、ぐぁ、ああああああああああああああ!!」
再び、今度は止まることなく体内から吹き出すそれは、だんだんと馴染み、そして懐かしい感覚と共に安定していく。
「ほほう、君、なかなかいいね」
「……これ、は」
「君の中にある、封印された魔力を解いてあげただけさ。これで君は私の駒さ」
「はは、ハハハハハ!! これはいい。これならあいつを今度こそ殺せる! あいつはどこだ! お前のようにこの地にいるのか!!」
俺は高揚するが、「まあ待ちたまえ」と奴は制す。
「今、まだ慣れない力を振るっても勝てないと、分からないわけではなかろう。今は待て。今この地には手頃なモルモットがあちこちにいるのだ、少し慣らしと対策を練ってからでも遅くはないだろう? それに––––」
と、今度は指を鳴らす。すると真横に空間の歪みが起こり、そして––––
「……さいっこうだお前! これがあれば、むしろ楽しめるじゃねーか! いいぜ乗ってやる!!」
俺はそう言い、奴の手を固く握った。
「………ほんと、及第点くらいだけど」
最後、やつが何か言ったが、それを聞き取ることはできなかった。




