日常を求めて 1
「……で、攻略は順調か?」
「……正直マツカちゃんルートで積んだ」
「あれ、実は自殺予兆から進むんだよ」
「明らかバットエンドだと思っていたぞ!」
前の方では女子三人が思い思いにピザパンの感想を述べている中、先日発売された『コトメスプラッシュ』というギャルゲーに花を咲かせていた。いやあのゲーム結構鬱ゲーだったけど…。
当たり前だが、麻央と優華に堅く誓わせていることがある。至極簡単なことで『魔法や異世界でのことを含めたこと全て他言しない』ことだ。これを仮に誰かに聞かせて変に広まれば、少なくとも平穏がどんな形で終わるか分からない。麻央と優華は嘘が苦手だから人前では絶対魔法を使わないように言ってある。
だから、文坂と信木にすら事情は話していない。俺は躱す術を持つからフォローをして今はまだ誰にもばれてはいない。このままばれずにすめばいいのだけど、そのために解決しないといけないこともあり俺は悩んでいる。
「なあ、すげーぞあれ」
不意にひそひそ声で話しかけられ、俺は目の前の光景に引き戻された。
「あ、あの! 私と友達に!」
「お、俺ファンになります!」
「ねえねえ彼女たちかわいいわー!」
「彼女になってほしーな」
「……何じゃありゃ」
「いや、何考えたらあんな人集り見えない状況になるんだよ……」
信木の呆れはほっとき、その人集りにただ固唾をのんだ。
この人集りは、先ほどまで近くに一緒に歩いていた見慣れた女子三人を囲んでいた。
いや確かにかわいいとは思わないわけでもないけどさ、文坂はまあ確実だけどさ、ここまでなるものか?
唖然とする俺と高揚する信木は、どうも助けを求めているようにも見えたが、さすがに数が多すぎて彼女たちは見えなくなったので、まあ面白いのは信木と意見が合い、ほったらかして自分の教室を教えているであろう掲示板に向かった。
一学年三組編成の、三十人を基本としたクラス分けだった。しかし掲示板には『※これは確定ではありません※』と書かれていたため、まだ信木と離れられるチャンスがあることにガッツポーズをしながら席に着く。
「今失礼なこと思ったろ」
と対面に信木が座り、こちらに向き直る。
「ああ、お前だけC組だといいなって」
「遠回しに馬鹿だって言いたいのか!」
「あ、分かるのか」
「分かった表出ろ。前の貸しを返してやる」
などと戯れていると、そんな俺たちのところに一人の女子がやってきた。
「……」
目の前に来たのは紫のポニテのいかにも強面委員長タイプ。彼女は、しかし何も喋ろうとしなかった。
「……えっと、どちらさん?」
信木が聞くと、先ほどからなぜか俺にだけ睨んでいた彼女の目はさらにキッ、となって喋った。
「あなた、『聖夜の魔法使い』よね」
……その単語が出たとき、俺とノブキはかなり嫌な顔をしただろう。実際、この冬は本当に『色々』な事があり、特に『クリスマス』はその全ての問題がブッキングしまくった日だ。
「……何が聞きたいんだ?」
ようやく睨みは、しかし引きつった笑みに変わっただけだった。
「分かってるだろ魔法使い。お前がしたことだろ?」
バン、と周りの注目を集めるほどの強さで机を叩き、彼女は畳みかける。
信木が何か言おうとしたのを制し、俺は目を瞑り、一呼吸を置いて元通り余裕の笑みで告げた。
「……あんたがファンかアンチかは知らないが、あの日のパーティーに来てたなら言うまでもないだろうけど、もう一度言おうか……」
さらに深呼吸した後、注目する観客のために、
「『炎』」
と手をかざし発動した。炎は術者本人には熱を感じさせず、しかし他人はその熱を感じ、そしてそれで燃やすことだってできる。さすがに『魔法を使う』行動は予想していなかったようで、驚きつつ顔をゆがめる彼女に満足し、火傷しない程度に彼女の鼻をかすめるように振り下ろしながら解除し、最後に劇場のピエロみたいに弧を描くように右手を右から胸に動かして、道化のような演技をした。
「『この魔法、種も仕掛けも御座います。どうか、皆様でお考えください』」
パフォーマーのようなお辞儀に皆拍手を送った。そんないいところでチャイムが鳴り、教師が体育館へ移動を命じたため皆名残惜しそうに去り、後に残ったのは俺と信木と彼女だ。
「––––さ、トリックは入学式場で考えてくれ……いくぞ」
そう促したが彼女は一向に動かず、仕方なしに俺と信木が先を行った。
信木が先に廊下に出たとき、
「––––みよ」
「ん?」
彼女が何か呟いたので振り返る。
「『みよ』?」
すると、これはこれは真っ赤な鬼の形相で指差して再度告げられた。
「あたしは『更識 霞』よ! 覚えときなさい!!」
「ご丁寧にフルネームで教えてくれてどうも」と、俺は教室を後にした。
※
まさに学校っぽい退屈な式、と俺はあくびをしながら聞いていた。
典型的校長が面白みのない堅苦しい発言を、かれこれ十五分超えで話している。すでにノブキは夢の中だが、まあ面白いし困らないからほっとくことにして、少しこの学校について暇つぶし程度に考えよう。
そもそもこの学校は創設九年目、まだそこまで年を迎えたわけではない。しかしどういうわけか『超高級』なんてレッテルを貼られた超人をはじめ、校内四割を占める生徒が『若干特殊な生徒たち』なのだ。
つまりそのようなレベルの生徒が集うわけだが、忘れないでほしいのは六割は『近場や偏差値的難易度の低さで入った生徒』だと言うことだ。
しかし、どうもすでに格差は発生しているのが、あの三人の人だかりの地点で『自信満々に告白する超高校級』と『ただ憧れながら前に出ようとしない一般人』に見えたのが証拠だ。まあ、単純に前者は玉砕されているのも、今体育館に並ぶ周りの生徒を見れば分かる。そりゃ普通「一目惚れです、付き合ってください」でうまくいくなら世界はどんなに平和だろうか。少なくともあの三人はちゃんと『人間性』を見る目はある方だ。
『––––さ、起きたまえ諸君』
やはり眠っていた俺は、目を開け周りを見渡したが、隣で寝ている信木と数十名の生徒が残っていた。麻央と優華、それに先ほどの霞の姿はなかった。
ひとまずただ起こされたわけじゃないことだけはなんとなく理解してきたため、ひとまず馬鹿を文字通り『叩き起こした』。どうやら残った生徒も目をこするなりしていることから『眠っていた事』が目に見え、こりゃお説教だなとため息をついた。いや、あの校長の話結構ループ気味で仕方ないと思うよ?
しかし、どうも残っている教師も一人で、しかもあくびして眠そうにしている。つまり声の主はここにいない。
しばらくすると、エコーのかかった声が再びしゃべり出した。
『さて諸君、ひとまずお互いの顔を見てくれただろうね。さて『サカナミ先生』、彼らを教室に案内してください』
おそらく未だ寝ぼけ眼の女教師が『サカナミ先生』なのだろう。彼女は立ち上がり体育館外の扉に手を掛け振り返る。
「……早くしろお前ら、これから教室に行くが、ほか一年はテスト中だから静かにな。でないと私が言及されかねないからな」
最後私情を挟まれた気がするが、ひとまず色々混乱したまま先生の後をついて行った。
「――じゃ、全員そろったから自己紹介を……各々でしとけ」
教師と思えない態度の彼女はチョークをとると、『坂波 成』と書いた。
「ひとまず私の名前だけは教えるが『坂波 成』だ。わざわざ他教室に置きっぱにしていた私物を持ってこさせたからには分かっているだろうが、今日からこのメンバーがここ『一年C組』のクラスメートだ。問題だけは起こすなよ」
そういい教師席に座った彼女にすかさず「はい!」と手を挙げたやつがいた。
「んーと……自己紹介したら発言権をやる」
面倒くさがったぞこの教師! しかし挙手したそいつは見た目通りイケメンだった彼は爽やかに「わかりました」と言うと、すくっと立ち喋る。
「僕は『沢上 一』です。お恥ずかしながら、自分夜中までゲームをし、寝不足だったため式で眠ってしまったこと誠に申し訳御座いませんでした」
と深々とお辞儀をした。なるほど、こいつは女子モテしそうだが、良い友達になれそうだ。しかし若干彼の『堅い言動』が気にもなった。
「ま、私は年中無休、眠いときは眠るから特に気にしてないさ」
しかしこの教師、本当に資格あるのか?
沢上は苦笑いしながらも、すぐに真剣な面持ちで続けた。
「……ですが、そんな基準でクラスを決めるのはどうなんですか?」
「ま、そう来るとは思ってたよ」
と頬杖ついた坂波教師は、ため息をついて続けた。
「それに関しては特に他意はない、とだけは分かってくれとしかいえない。元よりこれは理事長の『気まぐれ』から来てるからな。それに……まあ同情はするが、あの校長は理事長の『仕掛け人』だ」
……今聞き捨てならない事言ったぞこの教師。
「とにもかくにも、これに関しては別にちゃんとした理由もある。そもそも式で寝るような生徒が勉学頑張る生徒に悪影響を与えかねないからな」
と、今度は理にかなってはいる言葉に静まりかえった。
「……ま、後付け感も否めんがね」
いや一言多いって……。
ともかく、ひとまず納得、はしていないだろうけど沢上は再度苦笑しながら席についた。
すると今度は信木が「はいはいはーい!」と騒がしく手を挙げる。
「えーと」
「『小中 信木』だ!」
すると周りがざわめきだした。仕方がない。こいつはあの『クリスマス』で俺を除き注目度が桁違いだった男だ。それも悪い意味で……。おそらく髪型や雰囲気で気づかなかったのだろう。
「じゃ、聞きますが……」
皆が息をのみ、信木の次の言葉を待った。
「……先生のスリーサイズ、彼氏いない歴を教えてください!」
そしてギャップに落胆するだろう。この屑が、そんな理由で土下座をしたのだから。
瞬間、無表情のままいまだ手に持っていたチョークで信木の眉間にクリーンヒット、
「教える理由ない。それに悪いが年がばれるから後者は特に教える気ねーよ」
ゴミを見るような目でさらに玉砕。信木は精神にクリティカルヒットし倒れた。
※
「ハハハ、お前面白いな信木!」
「笑い事じゃねーって、今日授業ねーのに課題出されたんだぞ!」
「ま、自業自得だよな」
俺と信木は、それからホームルームが終わった後に話しかけられた沢上、そして優等生そうな彼とは正反対に見た目が強面スキンヘッドヤンキー男子『柴田 智』が話しかけてきた。さらに意外だったのは、その二人は腐れ縁だと言うことだ。
「そうそう、ここら辺にゲーセンあったろ? あそこ寄って帰らねーか?」
「あんたたち、早速寄り道する気?」
そこへ、まさに委員長にふさわしい厳格さを見せる更識がやってきた。
「あ、こいつとも腐れ縁だ」
「何が腐れ縁よ、迷惑してるわよ全く!」
柴田がニヤニヤと差す指をぐぐぐっと曲がってはいけない方向へと曲げられて悲鳴を上げている。それを俺たちが苦笑いで見ていると、すり替わりかけた話を更識が戻した。
「……で、あんたたちは何初日から風紀を乱そうとしているのよ? てか仮にも成績上位者のあんたまでここに居るのよ! あんたはA組でしょう!」
「ハハハ、それは耳が痛い」
「笑い事じゃないわよ!」
どうやら先ほどの宣戦布告を根に持っていたわけではなく、C組になった沢上に怒っているようだ。なるほどそういうことか、と俺と信木は柴田を見ると、柴田は肩をすくめ苦笑し、助け船を出す。
「まあ良いじゃねーか、それより自分のクラスは良いのか?」
「……ええ、私はB組よ。ついさっき試験は終わったわよ。それに––––」
と、その続きを遮るようにクラス全体がどよめいた。その理由に心当たりしかなかったのか更識は額に手を当てため息をこぼす。
「……あ、ユウマ!」
「………見つけた」
瞬間、俺と信木も理解した。特に俺は嫌に背中が汗ばんできた気がする。
「……あの子たち、それぞれに人集りができてね、そんな中で私に友達になってって……女子も狙ってる子が居るから肩身狭いんだけどどうにかしてくれない?」
俺の耳元のひそひそと話す更識の表情にはすでに疲弊の色がある。まさに先ほど敵意を向けてきた奴とは思えないほど弱気な彼女に俺は仰ぐように手のひらを振った。
「てかよく友達になれたな。別に人見知りって訳じゃないが、やっぱ監視のために交渉術的なものがあるのか?」
確かに俺が監視対象なら二人もそうだろうとは思っていたが、別に警戒とか敵意のようなものではなく単純な好奇心で聞いたつもりだが、更識はすごく重いトーンで「……逆よ」と、誰にも聞かれたくないのか廊下に連行され続けた。
※
数時間前、監視対象『ユウマ』を睨みながら見送った後、別の扉が開き、そこにもう一人の監視対象『煤野麻央』が笑顔で顔を出し、慌てて私も少しぎこちないが笑顔を返した。
「えーと更識さん、だっけ? ほら早くしないと式が始まっちゃうよ?」
「う、うん! 確か煤野さんだよね? すぐ行くわ」
「ほら、早くー!」
そう言い腕を掴み引っ張られながら教室を出た。
「あたしのことは『マオ』でいいよ! その代わりあたしも『カスミ』って呼んでいい?」
「ええ、よろしくねマオ」
突然で戸惑ったけど、どうやら監視対象自ら接触してくれるとは思っていなかったため驚きが隠しきれないけれど冷静な返答はできた。
「ふふっ、まさか人気者のあなたから友達になってもらえるなんて」
「……勘違いしないで」
五メートル先の体育館への扉の前で止まりふり返った麻央の瞳に、私は今までの経験のどれにも当てはまらない、『恐怖』の感情が襲う。
その瞳に、黒い『何か』に飲み込まれそうになったから
腕を掴まれたままで後ずさりすらできない、声もどうしてかあがらない、ただただ蛇に睨まれているようなレベルではない恐怖を、彼女はどうやって出しているのか考えることもできないまま、麻央の言葉の続きをただ静かに、固唾をのんで聞く。
「あなたがユウマに敵意を持っているのは知っているの。その上で言うけどこれは警告。……どうやらあなた『以外』にも監視は居るようだけど、あなたはユウマにとって害になるかもしれない。だから勘違いしないで、『監視しているのはあなたではなくボク』だと言うことを、ね?」
最後ににっこりとする麻央に戦慄を感じた。
※
「……ご愁傷様」
なんとなく容易に想像できたため労いの言葉を贈るが、それにさらに落胆してしまった。「あなたにだけは言われたくなかった」と言いたげに。
「そう睨むなって。まああいつ個人は害無いからこれからも仲良くしてやってくれ」
「あんた、死刑宣告してくる同性と仲良くできるの?」
「いや同性は無理。だが見る方としては百合でツンデレならむしろバッチ来い! あいつら以外なら仲良くなれる自信ある」
「……まあ、あれ以上なんてそうそういやしないでしょうけどね」
別にそういう意味じゃなく純粋に「あいつらはどうなろうと恋人関係にはなれないな」という意味だったのだが、彼女は何度目かのため息の後、踵を返した。
「………でも、もし何かあればこちらも同じだって事、理解しておいて」
言葉が終わるとさっさと自分の教室に入っていった。
「……お前も同じか?」
「ハハ、彼女ほどではないさ」
俺は頭をかきながら、開いていた扉から盗み聞きしている悪趣味イケメンに問いかけた。
「ま、勝手にしてくれ。俺は一般人やれればそれでいいからさ」
と教室に入り、壁に寄り添うように立つ『沢上』には目を向けないまま続ける。
「てかそんなに俺って知名度すごいのか? 少なくとも誰も俺を『聖夜の魔法使い』だとは気付かなかったが」
「それは独自の情報網があるからだよユウマ」
静かに俺の後をついてくる沢上。
「君はどうも、一部上層部でもその『魔法』が危険視されている。実際手品で済むならいいが、君のはそれでは解決できないものが多い。例えば式前の炎とか、ね」
「そうか? やろうと思えばできそうだがな」
「……『やろうと思えば』、ね」
ほぼほぼバレていることに隠す意味は無い。俺は先に行った信木たちを追いかけるため荷物をまとめながら、もう誰も居ない教室で続けた。
「ここまで話せば信用してもらえないのか? ってのも無理か」
「いや俺は別に疑ってはいないさ」
意外な返答に顔を向けると、それを予想していたかのように苦笑していた。
「まあ俺も大概な人生だったから、そいつが善か悪かを見分けるのには長けている、と自負しているよ。君は間違いなく善だよ」
「そーか? むしろ『偽善』かもな」
「それの何が悪い? むしろ『偽善』すらできない悪より何倍もマシさ」
「……ほんと変わっているな」
「ま、俺も組織内では要注意人物だからな」
なんかさらっと『要注意人物』なんて単語が聞こえたが、それよりも早く沢上は支度を整えてすでに廊下まで行っていた。
「あと柴田と、その他にもう一人いる。もう一人はこっちも知らないが柴田は直感派だからさっきの感じなら恐らく友好的だから信頼してくれていいよ。だけど霞は……」
そこで少し考え込んだ沢上は、何か納得したのか続けた。
「……ユウマ、君は最近報道されている《霧隠し事件》をどう見る?」




