始まりの朝 2
白を基調とした、女子は赤いリボンの制服を着てやってきたマオとユウカには支度の時間はそんなにとることは無く、先に外できっちりとした身だしなみで待っていた。最も制服自体白なのは珍しいが、特に制服を始めとした校則が少ない高校に、俺は上着の代わりに、師匠が着ていた『グレーを基調とした、背の中央から右方向に肩まで生えたような天使の羽と、反対に下向きに脇腹を通る黒い悪魔の羽を模したパーカー』を着て登校する。もちろん『唯一無二のお気に入りパーカー』のため毎日洗い、次の日までに仕立てるから周りから時々心配されることはある。
「……たく、お前らそれ犯罪だって自覚しろよな」
「うー、あっちならまだ」
「『合法だった』わけじゃねー。てかゲームでは普通だがあっちで勇者が家探ししていなかったろうが」
「………したよ。ほらユウマが――」
「お前のは《俺限定》だし、それ勇者関係なかったろうが……」
『粉舞伎荘』の二階『204号室』の八畳間の、玄関と居間を隔てる短い廊下のある部屋を借りている俺は二つの弁当を、赤のショルダーバッグを背負う麻央の右手に、もう二つを手さげ鞄を持っていない方の手に優華が、そして黒の手提げにも肩掛けにもなる鞄を肩掛けし、玄関に置いておいた俺の弁当を右手に持ち、左手にはあらかじめ朝分けておいたおかずをラップした皿を持って歩いていた。
ある程度歩き、端の階段を降りた先にある『大家』と書かれたドアの前に立つ。
「麻央、頼む」
「分かった!」
麻央は空いている左手で呼び鈴を――
「あらユウマさん、おはようございます」
気づかなかったが、あまり驚かず俺たちは後ろを振り返る。声の主は大家の『小中 沢見』だった。かなり見た目は若く朗らかだけど、十五の息子を持つシングルマザーであり、さらに掛け持ちで夜の顔を持つ人だ。麻央と優華はともかく、自分のことを言えない俺にできるだけ安く貸してもらっているため、今日みたいに朝帰りの沢見さんに朝飯を初め、食の全般を俺が勝手ながらやらせてもらっている。
「ありがとうねユウマさん、うちのご飯までいつも用意してもらって」
「気にしないでください! 俺家事は好きなんで。それよりこれ食べたらちゃんと休んでくださいね。でないと『あいつ』が怒りますよ?」
「そうね。『二人』の前でまた倒れて心配させちゃいけないからね」
沢見さんは訳あって息子と、親がいない少女と三人暮らしをしていた。俺が入居する前は入居者は一室しか無く、だからスナックの女将としても働いて、商店街の常連さんができるほど繁盛している。しかし元々が管理人であり、不動産屋から紹介された人に自ら説明するときもあり、そうなれば睡眠などできないこともあり、そしてほとんどがあまり良い返事にならない。しかし亡き夫の仕事を誇りに持ってもいるため辞めることだけは考えたことは無いらしく、そして去年のクリスマス前日にいろいろなことが重なり……倒れた。
「ありがとね。本当ならこの食費を払うべきなのでしょうけど」
「何言ってるんですか! 俺こんな身分証明もできないのに住まわせてもらっている上で格安にしてもらっているんです。最近バイトも良い感じですから初期の金額にだって――」
「それはだめよ」
次に出そうとした俺の言葉は、仕事モードの屹度した目をされ出てこなかった。
「ここで住む契約は一度でもお互いに承諾したのであれば、あなたが引っ越すまでどんなことでも、どんな理由でも変えることはありません。これは『大人』として、『この荘の管理人』としての契約です。なので食費を受け取ってもらえないのであれば契約から差し引いて――」
「やめてください。俺、そんなつもりでこの飯持ってきていないんです」
今度は俺が、若干冷や汗をかきながら制した。家賃を増やすなら同意せざるを得ないが、だからとて減らすのは同意できない。
……さすがに本気じゃ無かったようで、俺の制止から数秒、真剣な目が見つめ合い、沢見さんが「フフッ」と笑った。
「……温めていただくわ。本当に、いつもありがとうね。それに今日の夜は休みにしたからご飯を食べたらしばらく寝ているわね。それと、もちろんあの子たちだけじゃなくユウマさん、それに麻央ちゃん、優華ちゃんもちゃんと見ているからね!」
そう言うと、麻央と優華に出したものより若干種類と量が増えているおかずを受け取り、「いってらっしゃい」と挨拶して『大家』の表札のある部屋に入っていった。
「………ユウマ少し焦ってた?」
「半分正解。実際は………かなり、な」
鍵が閉まったのを確認した俺たちは、桜の花が舞う道を、今日という日を期待で膨らませながら進んだ。
今日は春満開の、新たな出会いの場となる『入学式』だ。
※
「おい『ノブ』、そこのパンまだだから開けるな!」
「違いますって店長! その横の冷蔵庫の寝かせた生地に用があるんですって」
「お前、前科持ちだから言ってるんだよ馬鹿!! いいか開けるなよ!」
「『カミキ』店長、あんパンとクリームパン合わせて五十個、準備できました!」
「分かった『キキ』ちゃん、空いているところに置いといて」
「おい店長、あいつとオレと、対応違くないですか?」
「実績の差だ。フロアはいいが、厨房じゃ若干信頼無い」
「泣きますよ!」
「……相変わらずあいつは騒がしいな」
「ま、ノブ君だし」
「………あれが普通」
現在時刻六時半、ここ学校への坂の下にある『舞咲商店街』の中でかなりの繁盛を見せる店『喫茶カミキ』では、今三人の店員が厨房で慌ただしく準備をしている。
そもそも『喫茶カミキ』は午前と午後で内容は違い、朝七時に『パン屋』として開店し、正午に店を一度閉める。その際今度はケーキなどを準備し、あえて昼食層ではなく、食後層に的を絞り、午後二時に今度は名前通り『喫茶』としてオープンする。策は転じ、今こうして繁盛する、夫婦二人の経営する店だ。そして今見事にたった二人をうまく指揮して間に合わせているここの女店主『上木 理生』は、去年の冬に海外から帰国し、各国からうまいコーヒーを入れる店主として、代わりに店を守っていた夫とともに、いろいろなことがあったものの、今はこうしてうまくやっている。
「やあユウマ君、やっぱり来ていたんだね」
と、フロアから三人で覗いていると、二階から『志鎌 州』が降りてきた。彼は理生さんとは違いあまり怒った印象は無い温厚な人だ。眼鏡まで掛けた完全理系男性だが、その右手には力強く一歳の娘を抱えていた。
「あはは、おはようございます典夫さん。あれ、まだかかりますよねー?」
右手人差し指を彼らに指しながら苦笑いしてみると、彼も苦笑し、手で制すとそのまま外に行ってしまった。外で少し騒がしくなった頃に彼は戻ってきた。
「娘さん、頼んできたんですか?」
「ハハハ、娘が人気者で肉屋と八百屋と魚屋が大喧嘩で、恐らく今は泣かせてそれぞれの奥さんが説教している頃じゃないかな?」
商店街内では二人の娘は人気者で、どちらも忙しくなるこの時間はよく起こる光景だ。
そういうと、彼は両腕を捲り厨房に向かう。
「理生、そろそろボクが変わるよ。君たちは彼らが待っているから着替えてあがりなさい」
「おお、お前ら居たなら声かけろよな! ちょうどいいし『あれ』渡すから、州、任せていい?」
「ああ、もう残りを焼いて並べるだけだから任せてくれ」
州さんの同意を得て、理生さんは急いで二階へと向かった。
「……たく、居るなら手伝えよユウマ」
「いや今日はシフトじゃねーよ」
などと、いつも通りの会話をもう一人の女子と理生さんを待ちながら、親友でも友達でもなくあえて『悪友』と例える関係の『小中 信木』としていた。名字で分かるとおりこいつは『粉舞伎荘』大家の息子でかなりの問題児だ。まあベクトルは初めと今じゃ大違いではあるが、まあ憎めないやつだ。ま、非リア充限定で一個だけ除き――
「麻央ちゃん、優華ちゃん、ごめんね待たせて!」
とオレンジ色のポニテをたなびかせて『文坂 綺紀』が厨房隣りの更衣室から元気にやってきた。
「へー、ポニテにしたのか。結構にあってるよ」
「ユウマさんありがと! きっとそこの馬鹿には分からなかったでしょうからね~」
とニヤッと信木をあざ笑う目で見つめると、信木はニカッと笑った。
「悪い悪い、お前が洗面所でひたすら体重計と睨めっこしていた光景が厚くてポニテとかがうす――」
ああ哀れな男よ、彼は少女の体重の乗った素晴らしい拳で、先ほど州さんが開けっぱにしていたドアの外へと吹っ飛ばされていった。
「……っと、最っ低!!」
「持ってきたぞ………ってまたあいつなんかしたのか?」
「……乙女のハートを傷付けただけっすよ店長」
「はー、学習しないなあいつも」
ため息をついた店長は「ってそれじゃなくて」と言って右手に握っていた袋を俺に突き出した。
「持ってけ。今日はお前らの高校の入学式だからな、新作を先行で食わせてやる!」
中身は一見して名物の『あんパン』にも見えたが、匂いが菓子パンのそれではなかった。
「ピザパンだ。食ったら感想聞かせてくれ!」
もう大行列もできていたため、俺たち四人は外でのびる馬鹿をたたき起こして、五人で感謝を口々に伝えて、学校へと通じる坂へ歩き出した。




