4-3 ウーア
「俺が……」
傷ついて動かない黒のウーアたち。
うずくまったままひどく苦しそうな白のウーア。
何が起こったのか理解した。ウーアはウーアなのだ。繋がっている。黒いウーアだと『接続』が遠いのだと言っていた。その時は意味がわからなかった。
彼女たちが何らかの媒体を介して意識や肉体を共有させているのだとしたら。さらに白のウーアが『ウーア』の本体であるならば。いわゆる派生体の黒のウーアが得た情報は全て本体に集まる。ロルロージュは情報を集めているのだ。
だからライゼが与えた攻撃も情報として彼女に与えられてしまった。
「貴様は本当になんて非道な女なんだ!」
結界を破壊する剣はない。ライゼは竜の爪もない自分の手で結界を叩きつけた。びくともせず、反動だけがライゼを傷つけた。
「その子はね、庭園のミニアウーアというの。『全ての時計』という意味よ。この子をそんなに気に入るとは思わなかったわ。可愛らしく創りすぎたかしら。あなたの好みとは違うようにしたつもりだったのだけど。でもとっても可愛いものね。手を出したくなる気持ちもわかるわ。わたしが創ったんだもの」
頭上で好き放題に話している女に苛立ちを露わにしつつ、ライゼは結界を破ろうと歯を食いしばっていた。殴りつけ、掴みかかって渾身の力で引き裂こうとする。指が食い込み、反発され爪から血が滲む。
「はああ、あああ……ああああ!!」
罅が入る。魔力が放出される衝撃が腕から身体に電流のような痛みを伴って流れた。構わず続ける。ぶるぶると腕の筋肉が震えた。
「ウーアああああ!!」
魔力が反発し空気が裂けるように鼓膜が揺さぶられる。音が無になる。両腕で殻を引き裂く。裂け目がこぶし大に広がった瞬間、結界は侵入に耐え切れず弾け飛んだ。
支えを失って宙に放り出されたウーアをしっかりと抱きとめる。
「ウーア」
涙に濡れた睫毛が震えた。苦しそうな表情は変わらない。だけどゆっくりと金の瞳が開かれた。
「ライゼ?」
「ああ、助けにきた」
「ウーアが、好きだから?」
少し瞠目したが、すぐに頷いた。ウーアが試練の最中に話したことをちゃんと覚えていたのだ。ライゼの知るウーアが戻ってきた。
「ああ、そうだ」
「うれしい」
あの時とは違って彼女はほころぶような笑顔を見せた。傷をつけたのはライゼなのに、とても嬉しそうで心が痛んだけれど、ライゼもまた嬉しかった。
「ミニアウーア、まだ懲りないのね。あなたはわたしのもの。あなたはわたしの庭園のしもべでしょう」
「主様……」
怯えた様子の少女はライゼの上着をぎゅっと掴んだ。手が震えている。おそらく『ウーア』は主人に反抗できるようには創られていない。
だけどウーアはライゼのために反抗している。震える手を上から握り締めてやると、震えが収まった。
「あなたを壊すのは忍びないのよ。蓄積された情報だってまだ全てバックアップしていないの。面倒をかけさせないで」
「わたしはライゼの記録媒体」
微笑みを絶やさなかったロルロージュがわかりやすく眉間に皺を寄せ、不快を露わにする。美しい造形のせいか威圧感が増す。
「いつの間にどうしてそういうことになったの。わたしが視ていないうちに何かしたの、白竜」
ライゼに思い当たることはない。出会った時からウーアはこうだった。彼女はライゼを覗き込み頷く。下ろしてやると竜の左手に指を絡ませ、ロルロージュに立ち向かうように見上げた。
「わたしは主様が創った。だからずっとひとり。全ての『ウーア』はわたしだけれど、それは結局同一でしかない。竜は滅んでしまった。ライゼもひとりになった。それは寂しいものだ。だからわたしはライゼといる」
「わからない子ね、あなたもライゼもわたしのものなの。あなたたちが一緒にいる意味なんて記録の他にないでしょう。確かにウーアにはライゼと箱庭の監視と記録を命じた。それは庭園を造るため、人間の情報を得るためよ。あなたをライゼに与えるためじゃない」
「主様はひとりで寂しくないの。主様は人間でも竜でもウーアでも神でもない。主様もずっとひとりぼっちだ」
うんざりとした様子でロルロージュは溜息を吐き、眉間を押さえた。孤独を突きつけられて怒ったのではなさそうだ。それにライゼはウーアがどうしてライゼに良くしてくれるのか理解できて彼女が絡めた指に力を込めた。
孤独な王はひとりではないのだ。彼女だけは味方でいてくれる。ライゼがどうしようもない罪人でもウーアは笑って傍にいてくれる。それは何よりも大切なことに思えた。
「ちょっと白竜、何にやにやしてるのよ。ミニアウーアを返して頂戴。その子を創るのに何年かかったと思ってるの。たった千年でバグが起こるなんて人間なんて本当ろくでもない」
「ウーアは人間なのか?」
「知りたい?」
「ああ」
「じゃあ返して」
「ならいい。ウーアに聞けばいいもんな」
少女に向き直ると困った顔で見上げていた。前に人間ではないとは聞いたが、何なのかは言わなかったのだ。
「ウーアに聞いても無・駄! 色んなことに制限かけてるの。情報保護の基本よ」
「この鬼畜女め」
「……あなたちょっと性格悪くなったんじゃない。昔のお坊ちゃんの頃のほうが扱いやすかった」
あれだけろくでもない目に遭えばやさぐれもするというものだ。
「お坊ちゃん」
ウーアはなぜかそこに興味を持って目を輝かせた。
「ウーア、そこは聞き返すとこじゃない」
「わかった」
「あなたたち見てると苛つくわね。まあいいわ、ここまできたら秘密にするようなことでもないし」
空中で足を組み直し、空に頬杖をついたロルロージュは呆れたままあっさりと答えを呈した。
「ウーアは人間の肉体、というかぶっちゃけるとわたしの肉体の一部に竜の目を嵌め込んで創ったのよ。だから魔法も竜の目も使えるの。可愛くて万能。すごいでしょ」
昔はこんなに自分のことを自慢げに話したりはしなかったのに。ロルロージュの豹変ぶりにライゼの目にもありありと呆れが浮かび始めていた。
「何よ、その目」
「いや、竜の瞳ってまさか俺のじゃないだろうな」
この女ならやり兼ねない。ほら見ろ。顎を上げて高らかに笑い出した。なんでこんな女に惚れていたのか、昔の自分を殴り倒してやりたい。そしてもしかしてロルロージュの一部からできているウーアもそのうちこうなるのかと思ってつい見つめてしまった。
「わたしは歳を取らないから変わらない」
「ちょっと! それってわたしが年増になったって言いたいの? ミニアウーアだってわたしがちょいちょいっと弄れば好きなようにできるのよ。そもそもあとでバグ取りするからね」
「ウーアはバグってない」
「ならちゃんと戻ってきなさい。この鈍臭い竜と一緒にいると壊すわよ」
「鈍臭いのはお前のせいだと思うんだが」
目を取られては竜の本領の半分も出せない。そんな状態で記憶も奪われ、わけのわからないままあんなものと戦わされて、つくづく理不尽だったと思い知る。
「それであなたの目はどこにあると思う?」
思わずウーアのほうを向くと、少女はぷるぷると首を振った。するとロルロージュが淑女にあるまじき舌打ちをする。
「ミニアウーア、少し黙ってなさい」
「主様、ごめんなさい」
「……それで俺の目は」
「別にわたしはあなたの目を繰り抜いたりはしてないわよ。ちなみにミニアウーアの目は誰のものでしょう」
なんでクイズ大会みたいになっているのだろう。まるで緊張感がなくて、今までのことが嘘みたいに思えてくる。けど、そうではないのだ。フルゲオクルスの存亡はこの女にかかっているし、平気そうに見えるウーアはロルロージュの一挙一動に震えながら答えていた。きっとロルロージュが本気で消そうとしたら簡単なことなのだ。「ライゼと遊ぶ」と言っていたから、ただの戯れなのだろう。
「お前のことだからどこかの竜でも殺して奪ったか」
「なあに、その面白くない答え。これはね、レガリアの目よ」
「なっ……貴様!!」
「嘘よ」
まったく笑えない。本当に冗談かも信じられない。ただウーアが小さく頷いたので信じることにした。
「あなたの時代の竜じゃないから安心なさい。さて、このくだらないやり取りにも飽きてきたわね。どうする?」
どうもこうもない。滅亡を止めるためにロルロージュを下さなければならない。構えようとしたライゼの手をウーアが引いた。
「主様、どうしてライゼを苛めるの。主様はライゼが好き、そうでしょう?」
「あらあら、まだウーアには早かったわね。好きだから苛めたいのよ。愛していれば愛しているだけ殺したくなる。ライゼは罪深い男ね、だから騙されてはダメよ。戻ってきなさい」
「待て。ウーアの教育に悪い。おかしなことを言うな」
「なあに。わたしが創った子に何を教えてもいいでしょ。そうね……あなたが歪んだ愛に挟まれて苦しむ姿もいいかもしれないわ」
「自分が歪んでるって自覚があるならなんとかしてくれよ」
「さあ! じゃあ自覚ありありで殺し愛ましょうね」
ふざけた台詞だったが両手を広げたロルロージュからは尋常ではない魔力が湧き起こる。
「わたしの力は神の呪い。忌々しい魔の力を受けよ」
四散した黒い魔力は倒れている黒のウーアの中に飛び込んだ。すぐにむくりと起き上がり、ゆらゆらとライゼたちを標的と定める。
「ロルロージュ! 卑怯だぞ!」
彼女たちを倒せばウーア本体が苦しむ。そんなことできるわけがない。
「ライゼ、構わない。わたしは『ウーア』を倒しても死なない」
「そういう問題じゃない! 痛いだろ! 苦しいだろう? お前をそんな目には」
「構わない。わたしは、わたしを制御してみる。だから『ウーア』を倒して」
ウーアの瞳は竜の瞳。金色がじっと覗き込む。ライゼは竜の目をなくしてしまったから心を開け放つままだ。だから彼がウーアを気にして戸惑っているのが筒抜けだろうに。
「大丈夫、いって!」
微笑んだ少女は自ら神力を纏い、金色の魔法陣を展開させ『ウーア』のひとりを焼き殺した。




