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4-2 白竜である罪



 くたりと落ちた身体を竜はじっと見ていた。ウーアと同じ顔の少女の首がおかしなほうに曲がって、目を見開いたまま死んでいる。ウーアが、殺された。光景と感情が交差していき、じくりと黒いものが染み込むように実感していく。握り締めた拳が震え出した。

「貴様……!」

 頭に血を上らせた竜は魔女に向かって掌底を放つ。

 だが彼女は弧を描いた口元をまるで崩すことなく、片手で彼の右手をいなすとそのまま捻り上げて逆に男の身体を地面に叩きつけた。

「そうやってすぐに冷静さを欠くの、やめなさい」

「なっ……」

 そのまま腕を引き上げられ立たせられてしまう。ロルロージュはライゼよりも小さい。小柄で別段筋肉質でもない。一般的な女性と変わらないか、それよりも引き絞ったドレスのせいで細身に思える。

 なのに普通よりも鍛えている男を、それも竜を投げ飛ばすとは。

「馬鹿力じゃないわよ。魔法よ、魔法。肉体強化しただけ。ま、ある程度は体術知識がないと今のはできないけれど」

「昔はそんなこと……」

「やらなかっただけよ。バレたらあなた、わたしのこと好きじゃなくなるでしょう」

「…………」

 別に怪力だったからと嫌いになるような薄情な男ではないつもりだったが、彼女はそうは思っていなかったらしいことに釈然としなさを味わった。

「あなたわかりやすいの。お淑やかで華やかなお嬢様みたいな子が好きでしょう。お花を愛でて、甘い物が好きな」

「……そんなことは」

 なんだこの居心地の悪さは。昔の女に久々に出会って、過去のことをああだこうだと文句を言われているような。

 そもそもライゼの記憶にあるロルロージュとまるで違う。彼女の言うようにライゼのために偽っていたということか。

「何のためにそんなことをした?」

「あなたが好きだから」

「嘘をつけ!」

「女の告白を疑うなんてひどい男ね。わたしはあなたを愛しているのよ、白竜」

「……俺は始祖竜じゃない」

「あなたの魂は神の加護を受けていた。あの人と同じ」

「よく、意味がわからない。神の加護? とすれば竜なら皆が加護を受けているんじゃないのか。そもそも神なんているのか。昔からただの象徴だっただろう」

「そんなこと言うとあの子泣くわよ。一体どこに引き籠もったんだか知らないけど、どうせこっそりあなたのこと見てるはずだから」

 頭が痛くなってきた。思わず額を押さえて新しい情報を飲み込もうと努力する。結局理解不能すぎて馬鹿みたいに質問するしかなかった。

「待て。まず整理しよう。神はいるんだな」

「ええ。あなたの好みじゃないからざまあみろと思ってたんだけど、あなたいつの間にかウーアみたいな子も好きなのよね? まあでもウーアもわたしの一部だからなくはないのかしら。ここの神殿にあった女神像は美人すぎね。なんなのあれ。あの子はもっとちんちくりんで」

「……待て、神の容姿についてはどうでもいい」

「あら、薄情ね。あんなに忠実に仕えていたのに。あの子今頃腹でも斬ろうとしてるんじゃない」

「……俺は神に仕えたことはないし、お前たちは俺と、その、始祖竜を混同してるんだな?」

「混同じゃなくて、あなたは彼の魂を持ってる。魂が同じなら同じ存在でしょう」

 ライゼは再び頭を抱えた。話が通じない。

 ただの神話だと思っていた話が事実だったということなのだろうか。神の寵愛を受けた竜がいて、竜は人間の娘ロルロージュと共に神から離叛した。そしてその竜が元々はライゼの魂。

 待て待て。魂ってなんだ。そんな話信じられない。そもそも何の記憶もない。それで同じ存在とは言えない。

 肉体が同じであっても空っぽだったライゼは違和感まみれだったのだ。今だって記憶が戻っても昔のライゼとは違う。同じには戻れない。

 だからひとまず自分のことは考えるのをやめる。

「それでフルゲオクルスを救う気はあるのか」

 ふと足元に転がる『ウーア』の死体が目に入り、ロルロージュの後ろに平然と控えるウーアたちに寒気を感じた。

「ないわ。というか元々千年で壊すつもりで創ったんだし」

「どういうことなんだ。これは全部お前が創った幻影と同じだったのか? ブルタールやクヴァールは元からいなかった?」

 全てが虚構であるならそれが一番良い。ライゼだけが苦しんで終わりならば救いはあった。こんな国はなかったのだと。

「何言ってるの。本物に決まってるじゃない。人形遊びをして喜ぶ年でもないわ」

 悪びれずに言う女は人間と言うには歪みすぎている。

「じゃあなんでこんなひどいことをしたんだ! みんな生きてた! 必死に国を守ろうとしてたのに……大切な人や民を……! それをお前は!」

「わたしはね」

 微笑んでいた彼女が凍てつく瞳でライゼを貫く。そこには優しさも誤魔化しも愛情もない。冷めた感情しかなかった。

「人間も竜も大嫌いなの」

「何……?」

「あなたのことも大好きだけど大嫌い。竜と人間の子よ。だから罪を償いなさい。わたしのために永遠に」

「何の、罪だ? 弟を、レガリアを殺したから? 国を滅ぼしたから? クヴァールやシャオムを殺したからか!」

「竜であり、人であり、あの人の器である罪」

「なん、だよ、それ……」

 それではライゼがライゼだから罪であるということだ。彼の存在そのものが罪だと嘆いた気持ちはあながち間違いではなかった。

 だがそんなもののせいで失ったものはあまりにも大きくて尊い。伸しかかる重さに心は折れてしまいそうになる。もう何度も折れたのだ。奮い立たせたのは救いたいという気持ち。前へ進めたのは、誰かを助けたかったからじゃないのか。

 自分の命を惜しんでいたから戦っていたわけじゃない。確かに死にたくはなかった。

 けれど死ねない理由がいつもあっただろう。

 『生きたい』と願うには強い想いが必要なはずだ。

 そしてそれはその想いのために『死んでもいい』と思えることでもあった。

「罪は償う。だから国は救ってくれ。まだ助かる者はいるだろう? 俺のことは煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「どうしてこんな滅びかけの国なんて助けたいのかしら。あなたの命を懸けてまで救う価値がある? 義理もないでしょう。あんなにつらい思いをしてまでここにくる必要だってなかった。ウーアといたかったのなら、何もせずに滅びを見守ることもできたのよ」

「お前は人の行動理念を理解しているんだろう。ならわかるはずだ」

「まあ。言うわね。わたしに言わせればあなたのそれは贖罪であり、偽善ね。馬鹿馬鹿しいことこの上ない」

「償うとはそういうことではないのか。偽善と言われようとも失われた命の代わりに……」

 この国を想って死んだ者たちのためにフルゲオクルスの未来を守る。それがライゼができる唯一の。

「いいわ、あなたを殺してあげる。それで満足?」

「フルゲオクルスを救うと約束してくれ」

「嫌よ。あなたが死んだあとのことなんてあなたに関係ない」

「ロルロージュ! 俺は真剣なんだ! 話をちゃんと聞いてくれ」

「聞いてるわよ。あのねえ、わたしにはわたしの都合がある。理念がある。それを曲げてまであなたのお願いを聞いてあげるほどお人好しじゃないのよ」

「なら、俺はここに何をしにきたんだ……クヴァールやブルタールを犠牲にしてまで」

 何もかも徒労。無意味。ロルロージュは気まぐれに世界を滅ぼすような女だった。ライゼには頼むことしかできない。

 いや。そんなことはない。

「そうか……、お前が国を滅ぼすというなら俺がお前を止めればいいんだな?」

 すると彼女は紅い瞳を丸めて声を上げて笑い出した。

「わたしを殺すの? いいわね、そういう展開も。なんだかんだ言ってもあなたも竜だものね。爪も牙も隠せないものよ」

「お前が死ねば滅びは止まるのか。答えろ!」

「わたしが死んだあとのことなんてわたしが知るわけないじゃない」

 自分が死んでしまってはのちのことに責任は持てないし、彼女を殺したあとの責任を彼女に取らせることはできない。

「……そうだな。お前が死んだあとは俺がなんとかする。それと死ぬ前にウーアを返して貰う」

「ウーアならいっぱいいるじゃない。どれでも好きな子を持っていっていいわよ。ひとつくらいなくなっても問題ないから」

「ウーアは人形じゃない。それに俺だってお前のものじゃない! いつまでも好き勝手にできると思うな!」

 剣を呼ぼうとして時計を握り締め、針が止まってしまったことを思い出す。呼んでみても呼び出せないのだ。

 即座に構え直し、今度はしっかり反撃を警戒し拳を繰り出した。ロルロージュは魔法障壁で拳を防ぐと、愉しげに笑っては宙へと舞い上がってしまった。

 ライゼも追って飛び上がろうとした。自分は竜なのだから飛べる。だけど浮遊感が訪れることは一切なく、黒い自分の髪が目元にかかったのが見えた。

「クソ! ロルロージュ! 俺に何をした! なんで竜の目がない! 降りてこい!」

「いやあね、無力な人間みたいに飛び跳ねて。憐れで可愛いわよ」

 馬鹿にして笑っている女は宙に足を組んで余裕たっぷりのまま、指をぱちんと鳴らした。

 途端に今まで黙って棒立ちだったウーアたちがライゼに向き直る。嫌な予感がする暇もなく、予想通りというか。少女たちがライゼに群がってきた。

 しかも肉体強化をしている者もいるようで、ライゼの体術を素早くかわして反撃してくる。その上魔法まで放たれては、剣も竜の力もないライゼには苦戦を強いた。

 やりにくいのだ。彼女がウーアだから。殴ることに戸惑いがある。殺してしまうのは嫌だった。

 手加減しながらいなし続けるには限界がある。それをわかっていてロルロージュはウーアを差し向けて、高みの見物をしている。

「何人もいるウーアのうちのひとりくらい殺したってどうってことないのに」

 くすくすと笑いながら大いに嫌味を含ませて茶茶を入れてくる。その間もなんとか攻撃をかわして、少女を気絶させたり無効化させてはいた。が、人数が多い。

「ほら、ウーア。ライゼを殺す気でいきなさい」

「承知した」

「ふざけるな! ロルロージュ!」

「あなたがわたしを殺したいって言ったんじゃない。その意気でウーアもやっちゃいなさい」

「クソが!」

 立ち止まるとすぐに覆い被さるように群がってくるウーアの中でライゼは拳を振り上げ思い切り地面を殴りつけた。衝撃波が地面に伝わり石板が弾け飛ぶ。目一杯力を込めたのだ。同じようにウーアたちも吹き飛ばされた。周囲にいた少女たちは皆ぐったりとして動かなくなった。

 倒れた少女たちの中心で彼女たちを傷つけてしまって心を痛めている竜にロルロージュは「ご褒美よ」とまた指を鳴らす。

 立ち尽くす竜の前に現われたのは球体障壁。一度ウーアを閉じ込めた結界だ。

 今度もまた銀色の少女は囚われている。頭を抱えて苦しそうに呻いて泣いている。細い腕も足も痣だらけで、もしかしたら見えないところも怪我をしているのかもしれない。

「ウーア!!」

 すぐに球体にすがりつき呼ぶ。あのウーアだ。黒い偽者ではなく、ライゼの知る少女。

「ウーア! 大丈夫か! 俺がわかるか!」

 苦しげに呻くだけで周囲に気がつく様子はない。

「ロルロージュ! 彼女に何をした!」

「何って、今あなたが『ウーア』を傷つけたんじゃない」

 魔女は眼下を見下ろして、横たわるウーアたちを指し示した。


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