第二章『日常』
俺達が解散した後、何人かは解散を残念がってくれた。
しかし、ほとんどの奴達は何とも思ってないのか、いつもと変わることはなかった。少しだけさみしい気もしたが、高校生のバンドなんてそんなものかとすぐに開き直った。
ボーカルの奴だけクラスが違い、学校内で会うこともなかったが、噂では学校を休んでデビューの準備に忙しいらしい。
そして、俺たちはというと…
「ユキー、これわかんないんだけどー。」
「お前のわからないことがわからないから教えられない。」
「なんだよ、バカにしてんのか!?」
「バカなんだから仕方ない。」
いつものカフェで、楽譜を教科書や参考書に変えて、今までの遅れを取り戻すべく勉強をしていたが、ユキとリュウは毎回こんな掛け合いをしながら勉強しているため、なかなか進まない現実もある。
「俺じゃなくてナオに聞けよ。」
「ナオー。リュウが冷たいんだけど。」
静かに参考書を読んでいた俺に、急にユキが話を振る。
「はい、はい。リュウも少しは自分でやってみろ。さっき教えたやつの応用なんだからさ。」
「俺は日本を出ないから英語なんてできなくていいんだよー!!」
「「うるさい!」」
急に叫びだしたリュウを、俺とユキがそれぞれ参考書で叩く。
「毎日、毎日大変だね。これ、サービスだよ。」
俺たちが騒がしくしすぎていたのか、カフェのマスターの時夫さんが苦笑しながら現れ、俺たちの前にカラフルなマカロンをコトリと置いた。
「君たち、三人でコンビを組んでお笑い芸人でも目指したらいいんじゃないかな。」
時夫さんは三年前にこのカフェを開いた。小さなカフェだけど、スイーツは絶品で学生の女の子に人気があるお店だ。時夫さん自身も三十代と若く、顔も整っている、いわゆるイケメンであり、時夫さん目当てに来る人も多いらしい。
バンドを結成したのと、このカフェができたのと同時期でもあり、いつの間にかこのカフェは俺たちのたまり場でもあり、憩いの場ともなっていた。
「なぁ、時夫さんはなんでこの店しようと思ったの?」
リュウが時夫さんに尋ねた。
「僕は人に笑顔になってもらえる仕事がしたくてね。君たちくらいの時には医者になりたいとか思って猛勉強してたんだよ。」
時夫さんはそう言って、リュウの持っていた参考書をパラパラと開いき、懐かしいねと笑った。
「でも、医者になるほど頭は良くないし、大学受験も失敗。どうしようかって悩んでた時に、テレビでフランスでパティシエをしているって人の特集を見たんだよ。その人はフランスで小さなカフェを開くんだけど、日本人がって理由でなかなかお客さんが来なくてつらい時期もあったんだ。でも、その人はめげずにフランスの人たちに気に入ってもらえるようなお菓子とお店作りをしていくんだ。」
リュウだけでなく、ユキも俺も時夫さんの話に耳を傾ける。
「少しずつお店の知名度もあがって、その人はフランスで最高の賞をもらったんだよ。それを見て、僕も近くで人の笑顔が見られる仕事にカフェを選んだんだ。大学を落ちてからは製菓の専門学校に通ってお菓子の作り方を学んだり、カフェの経営に必要なことをいろいろ勉強したりしてやっとこのお店を開いたんだ。」
「その人もだけど、時夫さんもすごいんっすね。」
リュウの一言に時夫さんはフフッと微笑んだ。
「そのうち、それぞれに合った進路が現れるよ。勉強はしていて困ることはないから、今はしっかりと勉強頑張るんだよ。」
そう言って、時夫さんは他のお客さんの接客のためにカウンターの向こうへと戻っていった。
「時夫さんかっこいいな。」
「そうだな。」
俺とユキは時夫さんの消えた方を向いてしみじみとつぶやいた。
この時の時夫さんの言葉が後々の俺たちの人生を決める一言となったことはこの時の俺たちは誰も気が付かなかった。




