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耳元で風が唸る音が聞こえるほどのスピードで森に向かった結果。


近くのスーパーにでも出かけるような気軽さで、さくっと目的地に到着した。本当に、遠出の情緒の欠片もない。


当然景色を楽しむ時間はなく、自分でやったこととはいえ、諒もちょっと苦笑気味である。


「もう少しゆっくり来れば良かったかもしれません」


僅かに反省して、諒はそこそこ枝の太そうな木を探して森の上を旋回する。…まあ、どの木もそう大差あるわけではないので、最終的には適当な場所に降り立つことになった。


その適当な場所で、群れからはぐれたらしい人型の豚…つまりオーガ的な何かを踏み台にしたのはご愛嬌だ。


何やら「くくく……これでこの国は私のモノ」とかなんとかいう音を出していたが、豚は喋らない。きっと空耳だろう。


豚の周りに描いてあった、魔法陣によく似た妙な紋様も、降り立った際にぐちゃぐちゃにしてしまった。


記憶の糸を辿れば辿るほど紋様は悪魔召喚の陣とそっくりだったが、偶然に違いない。


「…しかし、『偶然』などと見過ごすわけにはいかないんでしょうね…」


諒は、周囲に人がいないのと、元凶が意識を失っているのをいいことに、地べたに這いつくばった元凶…豚もとい中年男にちらりとかなり嫌そうな視線を投げた。


目立たないように大分質素になってはいるが、明らかに平民とは段違いな派手な衣服、頭にべったり張り付く金髪。オーダーメイドらしい服の中には、樽じみた腹が収まっているのだろうと、一目で窺える。


どこからどう見ても、豚貴族そのものだ。「穢らわしい平民が!」とか素で言えそうである。


「…大体、巻き込まれ体質など、祐さんの専売特許ではないですか。どうして私が、あからさまな悪役と遭遇しているんでしょうか」


諒は端正な顔に渋い色を滲ませ、男から目を離して天を仰いだ。この状況、全く、全然、少しも嬉しくない。


だが、自分の不運を嘆いていても仕方ないので、とにかく諒は男の処遇を考えはじめた。


中年男が見ていたのは恐らく、地面に落ちた諒の影だけだろう。それも、召喚陣に見入って寸前まで気付いていなかった。故に報復の可能性は低い。


…とはいえ、殺害しておいた方が無難だ。


曲がりなりにも国を襲撃、掌握しようとした男である。当然、国に差し出せば、反逆罪で死刑は確定だ。


さらに、ここはちょうどよく森の中。中年男と考えが同じなのは気に入らないが、誰かに見つかることは多分なさそうだ。


しかも、死体の置き場にも困らなくていい。直接は関係ないので、情報収集も面倒である。


結論。中年男を生かす理由は、存在しない。


これ以上第三者(主に諒)が迷惑を被らないためにも、諒は男をさっさと始末しておくことにした。


手順はこうだ。


最初に、男の周りに小規模な結界を張る(男は失神している)。


次に、結界をすり抜けて男に火を付ける(男は絶叫し、結界内を駆け回りはじめる)。


結界の外でしばし待機する(男は骨と灰になっている)。


完成である。


本当は、骨も残さず一瞬で全て灰にする、という選択肢もあったのだが、結界に守られていない地面への影響が凄まじい。自然破壊はどうかと思ったので、普通の燃やし方をしたわけだ。


中年男にとっては、じわじわ燃えるより一瞬で灰になった方が、痛みを感じる暇がなくて楽だったはずだ。


男の苦しみより自然破壊を気にする諒……価値観の違いと言ってしまえばそれまでだが、まさに鬼畜だった。


結界を解いた諒は男の遺灰を見下ろし、一応膝をついて十字を切っておく。化けて出られたりしては敵わない。


この世界には、ゾンビやらスケルトンやらのアンデッドも普通にいるので、十字を切ったからといって必ずしも化けて出なくなるわけではないが。


因みに、諒は無宗教だ。世界の管理者(神)の実態を知っているので、本気では祈る気がおきない。気分によって宗教を変えられるのが無宗教の醍醐味と諒は考えている。結構罰当たりである。


「さて……埋めましょうか」


諒は独りごち、遺骨のすぐ横に、そこそこの量の土を魔法で隆起させ谷を作った。そこへ、骨と灰を落とす。パンッと手を叩けば、谷が埋まって終了だ。この間五秒、相当な早業であった。


魔獣に食われる人間ならよくいるため、別にいちいち男を埋める必要はなかった。


…が、気持ちの問題だ。どうしても日本人だと、死体は埋めるものだという癖が抜けない。


諒は遺骨が埋まった場所を無感動な目で眺め、音もなく立ち上がった。


自分に優しさなどという人間らしい感情が微塵もないのは、承知している。実際、何ら自責の念を抱くことなく男を殺した。


ただ……これが、最後になればいいと。


少しだけ願ったのは、気の迷いだろうか。


そんなことはあり得るはずもないのに。


諒は息を吐き出し、本来の目的である杖用の枝を探して、辺りを見渡す。


彼の漆黒の瞳には、既に穏やかな光が戻っていた。



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