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諒が祐を納得させてから、三時間ほど後。
諒の、さりげない高度な話術を用いた尋問で、盗聴男は自分の所属する盗賊団の情報をあらかた喋ってしまっていた。
しかもそれには気付いていないようで、諒としてはどうにも、人を騙したような微妙な気持ちになる。嘘は何も言っていないし、向こうが容易く誘導されただけだが。
そもそも、盗聴男が情報を搾取されていることに気が付けば、貝になってしまうかもしれない。だから諒は、尋問しているのがバレないようにしたのだ。
最初に長文で脅したので可能性は低いとはいえ、仲間を裏切るのは心苦しいだろう……盗賊にそんな神経が存在するかは、分からないものの。
そんなこんなで祐と話したり、盗聴男からいろいろと聞き出したりしているうちに、もう日が沈み、宿屋の外は真っ暗だ。ぼんやりと淡い光を放つ月が夜空にかかっている。
時を知らせる鐘は、さっきからかなり長いこと、少なくとも二十回以上は鳴っていた。おおよそ午後九時は過ぎているだろう。
祐は疲れていたのか、途中で自分の部屋に帰って眠ったため、諒のとった部屋には諒と盗聴男の二人だけだった。
実は盗聴男は、諒に氷を背中に入れられてからも、何度か逃走を図った。だがその度に悲惨な目にあい、とうとういじけたらしい。ランプの暖色の光が届かない部屋の隅でふて腐れている。
そんな盗聴男に、諒はにこやかに声をかけた。
「とりあえず、ギルドに自首しに行っていただけないでしょうか?私ももう寝たいんですよ」
「ちょ、そんなところに行ったら死刑じゃないすか!俺はまだ死にたくないっすよ、痛いの嫌っす」
驚くほど軽いノリで暗に死ねと命じられ、ぎょっとした表情で男が即言い返す。
諒は、心底不思議に感じて盗聴男に目を向けた。
「神様に申し訳なくなったとか、罪悪感に耐えきれなくなったとか、適当なことを言えば、ギルドの方には納得していただけると思いますが…今更死刑が嫌なんですか?」
きょとん、と。
男は、諒の発言に、まるで「太陽は四角いものである」とでも聞かされたような、変な顔をした。
つい先程(といっても三時間は前だが)『俺、いつ死ぬんすかね?』などと殊勝に尋ねてきていたのに、どうしたというのか。
それに、幼少期、脚が獣の餌になり、腕が食人花の餌になり、内臓が鳥の餌になり、頭が竜の餌になりかけたこともある諒としては、絞首刑がそこまで辛いものとは思えない。
…いや、諒の感覚が盛大に壊れているだけなのだが。幼少期の苦労体験一つ一つが、もはやトラウマになるレベルだ。諒の精神力はほぼカウンターストップ状態であろう。
一介の盗賊の盗聴男が諒などと比べられては、…それ以前に、天秤にのせる前から話にならない。
一般的な可能性としては、親しい人間を残して逝くのが辛いというのもありえた。しかし聞いたところ、痛いのが嫌なだけなようである。
突然死への抵抗を示す男に一瞬戸惑ったが、頭の回転の早い諒は、一人で自然と結論に辿り着いた。
自首しろということは、死刑になるのが分かっていてギルドに行けということで。
つまり、自殺しろと言っているのと同義である。
これがもし、諒が無理やりギルドに放り込む、もしくは自らの手で殺す場合、男はそこそこ抵抗しても、結局は割とあっさり死んでいくだろう。強制であって、他に選択肢がないからだ。
しかし、「動かない」ことも選べるこの状況で、元々自殺志願者ではない男が、わざわざ自分から死ぬために動くわけがなかったのだ。
盗聴男…というか普通の人間と、考え方の違いが大量発見される現状に、諒は苦笑した。
諒が男の立場なら、間違いなくギルドへ直行していただろう。それも、ここで粘るのが面倒だ、という残念な理由で。
どこまでもぶれない諒であった。
ともかく、盗聴男が宿屋から出る気がないと理解した諒は、男をギルドに強制連行しようか廃棄物として処理しようか、少々迷った。
未だ諒の発言に首を傾げている男に「気にしないでください」と適当に片手を振り、軽く瞑目して本格的に思案する。
ギルドに連れていく場合、盗聴男がうまい言い訳を思い付いたら解放され、死刑を免れる恐れがある。
諒が説明すればその限りではないが、諒はもう寝たいので行く気はない。
翻ってここで昇天させた場合は、男が死刑を免れる可能性はゼロとはいえ、事後処理が面倒だ。
男の死体を聞き出した盗賊団の拠点に置いておく、という典型的な警告をするのもありだ。だが多分、盗賊は激怒するだけだろう。そうなるとただの挑発である。
果たしてどちらが楽だろうか。
諒はいろいろありそうなパターンを想定してみた。…挙句、男を気絶させてギルドまで運び、顔にでも説明用紙を貼っておくことにした。
そうと決まれば、と早速諒は行動する。手早く盗聴男の気を失わせ、覚醒しても逃げ出さないように拘束した。次に筆跡を変え、羽ペンで紙にこう書き込む。
『わたし とうぞく です
ひと の けん ぬすもう しました
わるいこ なので しょけい ください』
なんだか、わざとらしさが溢れる文面だった。子供のような拙い字で、文章も時々間違っている。
とは言っても、この世界の識字率はさほど高くないため、大人でも自分の名前しか書けない人間は多い。だからこれだけ書ければ、結構学はあると言える。
諒は完璧に言語は修得しているが、こんな書き方をしたのは…まあ、気分だ。
その気分で書いた説明用紙をぺたりと盗聴男の額に貼り付けて、しばし達成感に浸った諒は、例によって男を魔法で浮かせて宿から出した。
気配が消えた男の体が、設定通りギルド本部方面に向かっていくのを確認する。
夕食を食べた料理店で、最初の厄介者を始末したのと同じ手段だし、変な手違いはなさそうなので、念のためだ。
諒は男を見送った後、簡易なベッドに横になった。隣の祐の部屋から、寝息が聞こえてくる。
祐が眠れていないようなら不安解消のため働こうと思ったが、杞憂だったらしい。
僅かに口元を緩め、諒は呟いた。
「――いい夢を」




