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盗聴男を屈服させた諒は、ふと自分の演技に偏りが生じてきたことに気付いた。
些か、腹黒バージョンが多いのではないか。
腹黒バージョンばかり使っていると、大したことではないが、なんだか諒のイメージが「腹黒い人」になるような気がする。…いや、演技などしている時点である程度腹は黒いのだが。
しかし、恐怖感を煽る方が話が楽に進みやすくなるのが事実だ。ついつい腹黒い人を演じてしまう。
それはともかく、イメージが「腹黒い人」で定着するのはちょっと勘弁してほしい。顔色を窺われても反応に困るのだ。
それに、今のところその兆しはないが、師弟関係のため、恐らくかなり長く一緒にいるだろう祐に怖がられるのは賢明とは言えない。
少し悩んでから、諒は渋々腹黒バージョンに限って演技を封印することにした。…と言っても、腹黒い人扱いが固定されたギルドマスターの前では出すが。
腹黒バージョンがなくなっても、まだ別人格はたくさんある。
仮面の神官バージョンもあるし、無気力バージョンから果ては魔神バージョンまで結構レパートリーは多い。
妙な決心をした諒は、思考を移し、盗聴男を振り返って微笑んだ。
「ギルド関係ですか?それとも聖剣ですか?」
どちらですか、とにこにこする諒から微妙に引きながら、男がぼそっと呟く。
「…聖剣っす、はい」
「やはり、ですか」
腹黒い人のふりを封印した諒の笑顔が逆に怪しいとか思っていそうな態度をとる男だが、これは決定事項である。撤回する気はない。
諒は、盗聴男の言葉を聞いて吐息を漏らし、予想が裏付けされてしまったことを内心で嘆いた。
祐が不釣り合いに握っていた聖剣を見て余計なやる気を出した悪人集団が、一グループや二グループはあると考えていたのだ。
できれば関わりたくないが、無理だろう。どうやって潰そうか、などと涼しい顔で物騒なことを思案しだした諒に、恐る恐るといった風情で、盗聴男が「あのぅ…」と声をかけた。
「俺、いつ死ぬんすかね?」
見れば、男は、説教中のように床に正座し、諒の裁量を待っていた。さすがの図々しい男も、スパイ行為をして生きていられるとは考えていないらしい。
スパイは基本、敵の情報を吐かせたら黄泉の国にさようなら、が常識なのだ。敵に情報を持って帰るスパイを生かして送り出したり、裏切る可能性が高いのに、わざわざ取り込んで仲間にしたりすることはない。
だが、そこをあえて崩すのが諒という男だ。祐の手前なこともある。諒にしても、適当な情報を搾取した後は大人しく鬼籍に入ってもらう方が都合はいいのだが、祐が慣れるまでは、少なくとも祐の前では相手に明らかに害意がない限り、駄目だ。
そうして諒が出した結論は、ひとまず盗聴男の死を後回しにすることだった。
「し、死ぬって、どういうことですか!?」
平和な日本人祐が、諦めた様子の男に詰め寄る。
「元から逃げられるとか思ってないっすよ?当たり前じゃないすか」
何を今更、と正座を続ける男は不思議そうに祐を見て片膝を立てた。大分足が痺れてきたようだ。
「殺す…んですか?」
祐が、ショックを受けて諒の感情の読めない黒い瞳を見上げた。
救命を懇願する焦茶と、一瞬だけ冷徹な光を閃かせた漆黒が交わる。
諒は、祐が言い募らないうちに、長閑ににっこりと微笑んで異世界の常識を否定した。
「いえ。私は殺さないですよ。…ただ、ギルドに捕まると、前科ありなら死刑ですが」
つまり、ここで殺してもギルドに連れていっても高確率で盗人は死ぬので、変わるのは盗人が死ぬまでの時間くらいだということだ。
盗賊などやっていたなら、切り捨てられても文句が言えない世の中だ。そんなものだろう。正当防衛と言える。
だが、やはり祐は納得がいっていないようだった。
「死刑…」
「大抵、盗賊は被害者を殺しますから、倫理観に反しても生きたければ逃げるか対抗するかしかありません。この世界では」
そこまで言った諒は一旦言葉を止め、柔らかな所作ですっと右手を盗聴男の肩に置く。いつでも、首の脈を止めることが可能な位置に。
「――犯罪者とは、イコール抹殺対象ですよ」
いい機会なので、諒は祐に結構率先して現実を見せてみた。祐が、顔色の良くない状態で考え込む。
そこで、危うい位置にある諒の手をどうとったのか、祐は慌てて早口で話しかけてきた。
「ラブアンドピース…いや、愛と平和とか大事だと思いません!?」
などという、微妙に残念な内容だったが。
一瞬、『はぁ?愛と平和?けっ、気持ち悪いな』と発言して祐の反応を見てみたくなったが、本当にそう思っているわけではないし、自重しておく。
諒は、殺人が横行する世界でいきなり甘いことを言い出した祐ににっこりと微笑し、一応肯定して頷いた。
「そうですね」
心の感想はといえば、『このような調子で、妙な宗教辺りに勧誘されたりしないでしょうか…』と祐の将来を案じるものだったが。ますます純真さに磨きがかかってきた…というかむしろ、根の純真具合が本格的に表れてきた祐に、心配が絶えない諒である。
肯定くらいはした諒に何かの希望を見たのか、祐は続けた。
「ふ、復讐の連鎖ってよくあるじゃないですか」
早い話、死刑という悲惨な結末をなんとかできないかと言いたいのだろう。遠回しに意見を言おうとしているのだが、下手すぎて意味不明な話になりつつあった。
諒は、そんな祐の心情を正確に読みとって、穏和に笑い、…首を横に振る。
「無理でしょうね」
「やっぱりかぁ…」
祐が、がっくりと肩を落とした。




