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涼しげな表情の諒に、あっさりとした調子で聖剣目当てに襲撃に遭う可能性を指摘され、祐の顔から明らかに血の気が引いた。日本では身近になかった大怪我や死は、この世界では割と当たり前だ。その事実を強く再認識したのだろう。
普段お気楽な祐にしても、命に関わる危険は怖い。今まで現実逃避でごまかしていた、不意打ちで襲ってきた恐怖に、体が反応して勝手に震えた。
その姿があまりに幼く見えたからか、はたまたアップルパイ効果で気分が良かったからか。
諒の唇からはするりと、冗談めかした、しかし真摯な言葉が様々な感情を置いて漏れ出ていた。
「私の気が変わるまで、簡単に弟子を冥界に送られる予定はないですよ」
スパルタ式が希望なら寸前までいくかもしれませんが、とわざと聞こえるよう独白すると、面白いように狼狽えて祐が騒ぐ。
「希望じゃないです!違います!!」
叫んだ祐の顔色が大分回復したのを見てとり、諒はふわりと微笑んだ。
気が変わるまでということは、いつかは見捨てるかも分からないということだ。
祐を生徒としたからには情報を聞いた途端に責任を投げ出す気はないが、目的を達成するためには、はっきり言って祐のことなど些事である。
いざという時は驚くほど簡単に見捨てられるだろう。
地球への帰還が最も優先される以上、諒の言葉はほとんど無意味と同じだ。
それでも今は、計算も含めた気まぐれを重視することにした。
安心させ、ほんの僅かに気を逸らす――切り替えの早い祐は、これくらいで意識を切り替えられる。
諒は、恐怖の反動のせいかいつもより少し大げさに騒ぐ祐を眺め、「ところで」と話を変える。
「魔法は決定ですが、剣術の方は習いますか?」
せっかくの聖剣だ、使わないと意味は…まあ、あるが。所有者の祐は、剣に触れているだけで多少の傷は治るのだ。使わなくても治癒用の道具くらいにはなる。
それにしても、勿体ないことは確かだ。
祐が諒の問いに対して口を開く前に、諒はもう一つ付け加える。
「私は剣を使うのは苦手なので、最低限くらいしか教えるのは無理だと思います」
…もしここに諒の経験の全てを知る者がいれば、どの口がそれを言う、と苦々しい顔をしただろう。
だが諒としては魔法に比べて圧倒的に剣は苦手なため、虚言を吐いたつもりはない。
にこにこしながら大嘘をついた諒は、祐が鵜呑みにして考え込む様子を見守った。
「ギルドに剣術指南の依頼を出せば本格的に習えますが…」
祐が悩んだのはつまり、どうしても剣が習いたくない、わけではないのだと思われる。もしそうなら、悩む間もなく一瞬で拒否している。
聖剣をきちんと使えるようになりたいという思いはある、しかし剣で実戦に臨むのは恐ろしい。こんなところだろう。
一応「剣術を本格的に学ぶコース」を提案してみた諒に、意外にも祐は首を横に振った。
「いいです。最低限だけで」
魔法を教わりながら剣術まで習う根性はない、と肩をすくめる祐に、諒は納得して頷く。
「そうですか」
言いつつ、何の前触れもなくベッドから立ち上がり、部屋のドアを勢いよく開く。外開きのドアは、何故かゴツンとあからさまに何かにぶつかった音をたてた。
「あいたたた…」
祐が驚いて腰を浮かす中、ドアに衝突した何かは、いや誰かは頭を抱えたポーズで蹲り、半泣きになっている。
諒は呆れて尻餅をついた誰かを眺めた。盗み聞きなら風の魔法ですればいいのに、なんとまあオーソドックスな聞き方をする奴がいるものだ。
この誰かはドアに耳を当てて一生懸命諒たちの話を聞き取っていたが、諒が立ったため、逃げようと一歩後退りしたところで諒の開いたドアに頭をぶつけたのだ。
どうせこいつもギルドマスターの差し金か高そうな聖剣目的だろうと踏んだ諒は、しゃがんだままの盗聴者をとりあえず部屋に引き込んだ。
魔法を使うにしても何にしても、外でやると見つかりやすい。
全く監視が多すぎる、と嘆息した諒は、中に引き入れた誰かを見下ろした。
少し前から不審な気配が廊下をしっかり陣取っているものだから、多少の悪戯心を動力源にわざと乱暴に開いてみたのだが、思ったより面白くなかった。
仕方ないのでギルド本部の近くにでも放り出しておくことにし、魔法を使おうとすると、野生の勘か、盗聴者が大声をあげる。
「ちょっと待った、話せば分かるっす!」
テンプレートに則った台詞を叫んだ盗聴者は、赤い髪をした二十代前半であろう男だった。ひょろりと細長い体が特徴で、骨ばった手をぶんぶん振り回している。
…そこはかとなく、小者臭がした。
諒は祐に口チャックの合図を送り、改めてどう見てものらりくらりと追及を躱す気の盗聴男に向き直る。
そして、無表情に等しい笑顔で捲し立てた。
「そうですか…話せば分かりますか。当然部屋の外で人の話を聞いていた理由をお話しいただけるんでしょうね。絶対ですか?お話しいただけなかった場合の覚悟は大丈夫ですね。その首で贖えますね。最近は人の命など安いものですから。ところであなたもご存じの通り今彼(祐)の手元に素晴らしく高性能な剣があるんですが、切れ味はまだ確かめていません。チャンスだとは思いませんか?何のかはお察しください。決してあなたに関係しないわけではないですよ。安心してください、痛みは一瞬です。しかし勿論、お話しいただけなかった場合ですからあなたには関係ないですね。少し残念ですが。
…それで、どうして盗聴していらっしゃったんですか?」
諒と盗聴男の間に、ひんやりと肌寒い沈黙が降りる。
片や穏やかな笑みを浮かべ、片や鳥肌と冷や汗が止まらず。
どちらがどちらかなど、言うまでもない。
「……………………そのぉ……俺が悪かったっす…。調子こいてたっす」
三途の川の強制渡航券を前に、盗聴男は静かに敗北を認めた。
申し訳ありません。諸事情により、次の投稿は一ヶ月ほど後になるかと思います。




