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「さて、どうしましょうか。…いえ、眠れば自然に解けそうですし、このまま帰しましょう」


諒は謎の催眠術を解こうと考え込んだが、この状態の方が都合がいいため結局は解かないことを選んだ。


三人に宿に帰るよう呼びかけて三人が扉から出ていったことを確認した諒は、へたりこんだ祐を振り返り、手を差しのべる。


「ありがとうございます…」


祐が諒の手を借り、立ち上がった。


諒はすっかり大人しくなった元物投げ男と美女から少し離れた席に座り、祐も座らせる。


「夕食にしましょう」


今更だが、ようやくまともに夕食の準備が整った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「お待たせしました、ヴァンクとカリーヤ草のシチューに、パンとサラダです」


祐がそわそわして待つ中、料理ができあがった。先程の店員が乱れた衣服を直し、料理を持ってくる。


因みにヴァンクとは、簡単に言えば牛である。多少緑っぽいが、そこは気にしてはいけない。カリーヤ草は枯れているような色のホウレン草だ。


祐が目の前に置かれた、華やかさの欠片もない色彩のシチューをなんともいえない表情で眺め、諒に顔を向ける。


「大丈夫……ですよね?」


「これが一般的です」


「…すいませんでした」


笑顔で断言する諒に、祐が謝る。料理を馬鹿にしたわけではないのだと言いたいのだろう。


「いえ、構いませんよ」


諒は首を横に振って祐の心配を否定する。この世界の人間ならともかく、諒も地球出身なのだ。祐の気持ちはよく分かる。


諒は祐に共感しながらスプーンを手に取り、シチューをすくって口に運ぶ。祐も手を合わせてそれに倣った。


「……あー…」


祐がシチューを飲み込むと、何かを言いかけて口ごもる。


規準からして差があるこの世界の料理は、祐からすればはっきり言ってあまりおいしくないのだろう。


だが、文明が中世レベルの人間にそれは失礼だ。この料理店も普通より料理が上手なため開店しているのだから、自分の世界の規準に無理に当てはめるのはマナーがよくない。


食べられないほどではないらしく、ちょっと微妙な顔をするも無言でぱくぱく食べはじめる。結構空腹だったようで、表情は微妙だががっついて完食していた祐だった。


「ごちそうさまでした」と再び手を合わせる祐の傍らで、諒はマイペースを発揮してのんびりと料理を味わう。


「…おいしいです」


諒は最後に残ったパンを飲み下して一つ呟く。


前回のトリップで地球に帰還した時は、おいしい料理に破顔したものだ。


この世界の料理は…まあ、森でのサバイバル中に食していたほぼ「素材の味」な食べ物と比べたら、当然ながら随分と味がいい。


サバイバル料理を規準にしている諒には、祐が物足りない料理でもかなりのご馳走だ。


白のシチューはとろとろでしっかり具材の味が出ているし、サラダは農家から直接とってきたものではないので最初の村よりは質が低いが、十分シャキシャキしていた。 パンは村と似たり寄ったりだが、こちらの方が外側が柔らかい。


村の温かいような家庭的な料理ではなく、さすが王都だからか、洗練された、なんというかむらがない感じだ。


諒は幼少サバイバル時代の過酷な食事を思い出してしまい、ついつい遠い目をする。


人間幼子といえども必死になれば感覚が壊れるもので、一ヶ月もすればそこら辺に生えている薬草とも毒草とも知れない植物を苦さを我慢しつつ食べていた。


余談だが…毒草を食べてしまった時など、唇の辺りを血まみれにしてさらに吐血しつつ自らを殺そうとする毒と光属性治癒を戦わせ、自分も巨大な黒い狼と戦闘するなんていう(魔法を使ったので勝負は一瞬だったが)ハードな体験をした。


他にも似たような経験はあったが、狼と毒対諒の対戦が一番死にかけたと記憶している。毒が即死レベルで強かったせいだろう。


因みに、その時口元を血で汚していた諒は、カニバリズムに目覚めてしまったグロテスクなタイプの死霊にしか見えなかった。


サバイバルといえば、八、九歳頃なので少々の雑学知識くらいはあった諒は「木の根……仕方ない、食用だな」と容赦なくかじったり、青々とした葉をかじったりしてみたりもした。正直、木の根はあまり諒の好みではない。


それは別にいいのだが………とりあえず、シビアすぎる。


もしこの話を祐が聞いたら、途中で耳を塞いで「うわぁ…悲惨だ。毒怖い。諒さんが未だに生きてるのも怖い」と涙目になると思われる。


諒が料理に満足してにこにこ微笑んでいると、食べ終わった二人の皿を片付けた店員がにじり寄ってきた。


「あのですね…うちの妹はまあまあ器量もいいし気立てもいいし、お客さまと気が合うかと…」


いきなりのお見合い発言に、諒は演技をしていた時の店員の呟きを思い出した。


だが、たまに演技をすると間違われるが諒はサディストではないのである。


諒はかなり物悲しい気分になったものの、苦笑して首を横に振った。


「私などに妹さんは勿体ないですよ。それに、しばらく女性の方とお付き合いする予定はありませんから…」


「そ…そうですか…」


店員が肩を落とす。そして持ち場に戻って行きながら、焦った顔で独りごちた。


「まずい、望み薄に拍車がかかってきた…。あんな被虐趣味さえなければ俺は苦労しなくてすんだのに…。あいつの貰い手がいないと俺が母さんに怒られる、早くなんとかしないと…」


…相当苦労しているようだ。影を背負った背中が、あまりにも哀れである。


諒と祐は店員に同情の目を向けつつ席を立った。


「…諒さん、そろそろ帰りましょう」


料理店の事情に完全に巻き込まれてしまった祐だが、さすがに妹の変態さに苦労する店員に「ざまあみろ」と思うほど鬼ではない。


店員を密かに哀れみ、しかし相談に乗る気はなくそそくさと席を立つ祐に、苦笑気味の諒も首肯して最後に元物投げ男に声をかけた。


「ギルドマスターには、諒と名乗る黒髪の魔術師に剣の方で紹介されたと言ってくだされば伝わると思います」


ギルドマスターにまだ名前は言っていないが、娘のエセル辺りからもう名前は割れているだろう。


それを見越して、約束した紹介を男自身に丸投げした諒だった。この男は魔術師としての才能は全くないが、見たところ剣士としては才能に溢れている。


忙しいギルドマスターだが、尾行者を寄越したくらいだから意趣返しでギルドマスターの仕事を邪魔するくらいはぬるいものだ。


「あ?…ああ」


美女といちゃいちゃして鼻の下をのばしていた男が、諒を振り返って返事をする。


男は半分忘れていたらしいが、まあ諒は約束は果たしたので関係ない。


諒は柔らかく笑って店の全員に会釈すると、会計を終わらせて店を出る。


祐も、夕方になったからか少し疲労の滲んだ表情で諒に続いた。




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