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女が即答する。


「分かった!分かったから!」


「よくできました。惜しみない称賛を差し上げましょう」


完全にサディストを演じて女を馬鹿にし、ふっと鼻で笑う諒に、女はむぅ、と唸った。腹は立つものの、恐ろしくて逆らえないようだ。


諒は女を腹立たせる自分の態度を非常に申し訳なく思ったが、当然謝罪はなしだ。演技がバレては意味がない。


それに、この女は性格からして諒を恨むことはないだろう。もし恨んでも、見たところ優柔不断なので攻撃はできないと思われる。


さりげなく女に酷評を下しながらも、諒は一瞬祐たちに視線を向けた。暇潰しで演技をしているだけあり、観客(ふたり)の反応が気になったのだ。


…諒は、見たのを微妙に後悔した。祐は「え?え?諒さんまさかホントに黒かったの?マジで?」と呟き、店員は「あの人怖っ!…いやでも、そういえば妹罵られるの好きだったな。紹介しとこう」とか言っていた。


…冗談ではない。


祐はともかく、何故店員に妹など紹介されなければならないのか。諒は真性の変態と違う。どうも表情の作り方が精密すぎたらしいが、外野にまで演技がバレないのも考えものだ。


諒は女を立ち直らせると、最後の軍歌の三人組をどうにかしようと立ち上がった。


すると、女は涙目で諒を見る。


「側にいて…くれないの?」


うるうる、と効果音がつきそうな表情で見上げられ、諒は困って眉根を寄せた。もしや、適当に冷たく当たったのに頼られているのか。諒は精神安定剤ではない、はずだ。


それにしても、クール系美女が涙目で上目遣いしているというのは破壊力抜群だ。諒は気にならないが、これで落ちる男は多いだろう。しかもわざとらしくなく、天然でやっているのだから侮れない。


諒は辺りを見回し、ちょうどいい人材を見つけて笑顔で手招きした。


諒に呼ばれた元物投げ男が寄ってくる。


「少しここで、この女性とお話してあげてくださいませんか?」


諒がその場をどき、諒の影になっていた涙目の美女を見せると、男がごくりと唾を飲み込んだ。効果抜群である。


なんとなくいい雰囲気の男と美女を放置して、諒は軍歌の三人組のテーブルに足を進めた。


「我らっは勇ましき(つわもの)ぉー、敵ぃの屍の上に立ちっ!勝利を見せよう我が民に!神の祝福携ぁえて、誓おう負けはぁ、ありえぬと!」


三人分の野太い歌声が店に響き渡る。正直、むさ苦しくやかましい。さほどうまくもない上、音程が時々狂っている。


諒は、赤ら顔で熱唱する三人組のジョッキに、近くに転がっていた酒瓶の中身の酒を黙ってどぼどぼ入れた。


一見したくらいではわざわざ酒を注ぐ親切な青年だが、「もう面倒なので酔い潰してしまいましょう」という本音で途端に腹黒く見えてくる。諒としては、飽きてきたのでさくっと終わらせようと気分に沿って行動しただけだが。


歌いまくって喉が渇いていたのか、即座に酒を飲み干す三人組。一気飲みするとアルコールが回りやすいので、好都合だ。


諒が再び注いだ、ジョッキの二杯目を一気飲みしたところで、三人組は目の焦点が合わなくなってきた。軍歌を歌う前にもかなり酒は飲んでいたのだろう。


諒は思案し、声色を変えて話しかけてみた。明瞭で涼しげないつもの声から、ゆっくりとした、穏やかで眠たくなる声に。例えるなら、静かに凪いだ海のような。


「今夜の 宿に 帰ってください 繰り返します 今 夜 の 宿 に 帰 っ て く だ さ い」


…完全に暗示をかけている。言い訳すると、今ならいける気がしたのである。


遊び心で試してみた暗示だったが…結論から言うと、成功した。諒の声と酒にどういう力があったのか知らないが、三人が諒の言葉に従ったのだ。


三人は、ふらふらと揺れながらハイライトが消えた虚ろな目をしてゆらーりゆらーり店の扉に近付く。


明らかに様子がおかしいことに気付いた諒は、三人を制止する。


「止まってください」


だが、三人は止まらない。そのまま出ていこうとするのを、諒は今度は先程の口調で制止した。


「止 ま っ て く だ さ い」


…止まった。


諒は片手で目元を覆い、溜め息をつきそうになった。目眩がしたように思う。当たり前だが、健康体な諒が目眩などするわけもなく、錯覚だった。


「また厄介なことになってしまいましたが…」


文句を言いながら、本当に自分の言葉が効果があるのか確かめようと、手を下ろして適当に発言する。


「私 を 斬 っ て く だ さ い」


それを受けて、三人組は腰の辺りに装備していた剣を抜いた。諒を囲み、一人は諒の首を、一人は腹を、一人は腕を狙い、切りつけた。


諒は軽やかな身のこなしでそれをよけ、首を振る。


「止 ま っ て く だ さ い」


剣を突き出した格好で、三人はぴたりと静止する。相変わらず瞳に光がない。


今度こそ本当に、諒は深い深い溜め息をついた。


そうしていると、男たちがいきなり出した剣に唖然としていた祐が、諒にかけ寄ってきた。


「諒さんっ!? 大丈夫ですかっ」


「大丈夫です」


諒は心中ではどうしたものかと憂いつつも、にっこりと穏和な笑みを浮かべる。


「まさかかかると思わなかったのですが…この方々は催眠術がかかったような状態になってしまったみたいです」


「さっきの攻撃は!?」


「それは私が効果を試すために普通はしないことを言った結果です。心配をかけてしまったようで、申し訳ありません」


諒は真っ青で尋ねてくる祐に答えて、呑気に微笑して安心させる。


「良かったぁ…」


祐が床にへたりこんだ。




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