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諒が残りの五人を説得で帰そうと考えた理由は、まだなんとかなりそうなためだ。
先程店から出した男たちは完全に駄目になっていたので、もはや更生することはないだろうが、五人はまだまともな部分が残っている。
下手に気絶させてしまえば突然記憶が途切れたことを不審に思って店に舞い戻ってくる可能性もある上、そこから「いきなり気絶させやがったうざいヤツ」として諒の顔が割れるかもしれない。そうなったら面倒だ。それよりは、「なんか話しかけてきた変なヤツ」程度の認識で済ませておいた方が無難だし、暇潰し目的だったのだから楽しまなければ損である。
諒はそんなことを考えて、一番早く対処しないと店が大変なことになる物投げ男に最初に近付いた。
「こんにちは」
開口一番、平和に挨拶などする。
「なんだよ!魔術師なんか全員爆発してしまえ!俺だって、俺だって魔術師になりたいんだよ!!」
…どうやら、魔力が少なかったのか、魔術師になりたいのに魔法を少ししか使えないらしい。
おもちゃを買ってもらえない幼児のように情けなく喚く。
「みんなして剣士になれ剣士になれって、魔法じゃないと無意味なんだよ!」
「では、魔術師になってみたらどうでしょうか?」
諒はさりげなく男の叫びに口を挟む。詐欺師の如くだんだん思考を誘導していく心積もりである。
「なれないって言ってるだろ!なれるならとっくの昔になってる!」
「そうですね。では、あなたはどうすればいいと思いますか?解決法を考えてみてください」
「知らない!」
深く考えることは放棄しているらしい男の言葉に、諒は質問を変えた。
「あなたは魔術師以外にやりたいことはありますか?」
男は、いやいやをするように首を横に振る。
「だからないって…!」
「それは困りましたね。失意のまま職につかなかった場合、あなたは高確率で賭博にはまるでしょう。
そのうち悪質な詐欺師につかまり借金の塊になった挙句、全て奪われて自分を担保に入れて自殺します。夜逃げするかもしれません。どちらにせよ、生きるのは大変ですよ」
明日の天気を言うような、実に淡々とした口調で語られる未来は、ありがちかつ悲惨すぎて話を聞いていた全員を絶句させた。
しばらく固まっていた男だったが、もはや意地なのか反論の声を絞り出す。
「そ、そうなるとは…限らないじゃないか」
諒はにっこり微笑み、言った。
「それほど意志が強いなら仕方ありませんね。残念です。剣士になるなら私がギルドマスターに紹介して差し上げようと思っていましたが」
押した後に引く、そして飴……駆け引きの常套手段である。
その常套手段に、男は盛大に引っかかった。
「それなら剣士になる!なるから紹介してくれ!」
あっさり前言を翻した男に、祐がしきりに首を捻って驚いていたが、諒の計画のうちである。
諒がギルドマスターと知り合いというのは嘘で、紹介云々ははったりだとは考えなかったらしい。純粋、というか馬鹿すぎる。
まあ正直なところ、男は諒の悲惨な未来予想を聞いた時点で決意はぐらついていたのだろう。
だが、今まで散々暴れるくらいの意地もあって、単に引いただけでは、その程度の意地と思われそうで意見を変えにくかった。
そこで、ギルドマスターへの紹介という飴が出てくる。人間の心理というものは謎で、内因にはプライドが勝っても全く別口から救いの手がのびてくるとあっさり前言撤回してもプライドが許すのだ。
勿論、この男がそういうタイプなので通用した手であって、性格の違う人間には通用しないが、諒はそれをしっかり見極めていたので行き当たりばったりというわけではない。
単純な方法で、手の内で丸め込まれる男であった。
諒は四人目を終わらせると、「少し待っていてくださいね」と男を待機させる。待っている祐や店員にも「次にいきます」と合図をしてから五人目の酒飲み女の正面の席に座った。
酒飲み女の前髪の内側から、ぽたぽたととめどなく落ちる涙の雫を眺めながら、そっと女の顔に手をのばす。
「何が、悲しいんですか」
落ち着いた声音で、涙で顔にへばりついた癖のある前髪をかき分けてやると、女は充血した目をして諒を上目遣いで見た。
「みんな…あたしを捨てるの……。あたしは確かに見てくればっかりの出来損ないかもしれないけど…。でもっ…」
ぐずぐずと洟をすすり、目のふちを赤くした姿は見られたものではなかったが、見てくればっかりと自称するだけに、なかなか美しい顔立ちだ。…クール系統の。
恐らく外見に惹かれて彼女と付き合った男たちが、彼女の性格と容姿の、悪い方のギャップに落胆し、離れていったのだろう。
諒は優しく微笑し、女の頭に軽く手のひらを乗せた。
そして頭を撫で――ずに頭皮に指を立てて掴むような形で力を入れ、ギリギリと圧迫する。
余談だが、演技の元祖は幼少期腹黒バージョン「リョウ」である。
「痛い、何なのよっ」
慰めるかと思いきやいじめに走る諒に、女が非難を全身で表す。
諒は謝らずに、笑顔にも関わらず据わった目で女を見下ろした。
「天誅です。いつまでうじうじするつもりですか?お店の迷惑でしょう。どうでもいい男性のことなど忘れてしまってください」
振られた女にまさかの鬼畜発言だ。だが、こういう情けないタイプの女性は、下手に慰めるとかなり依存する。ほどほどに突き放しておいた方がいいのだ。
「そんなっ」
あたしの気持ちがあんたに分かるの――とでも言いかけた美女は、頭を鷲掴みにした指先にさらに力を加えられ、色気のない悲鳴をあげる。
「ぎゃあっ!」
諒がもし眼鏡をかけていたら、「鬼畜眼鏡!」と指差される、一部の女性に需要のありそうな青年ができあがったことだろう。
諒はうっすらと薄氷を思わせる笑みを口元に浮かばせて、女を見やった。
「頭が割れますよ。返事は言えますか?」




