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「え、ここって…?」
リミル鳥の脅威に、頭から夕食の件がすっぽり抜け落ちている祐が一瞬迷った素振りを見せたが、はっと気付いて耳を僅かに赤く染めた。
「あ、ご飯の時間でしたよね、普通に忘れてて…ホントすいません」
「いえ」
諒はシナリオ通り、と言えるほどいつもと変わらない笑みを浮かべ、祐の謝罪を受け入れた。
そして、視線を感じて諒はなんとなく顔を上げる。殺気の混じった類いのものではなかったので、ほんの気まぐれだった。
視線の主がいる料理店の二階を眺めると、開いた窓から幼い少年がひょっこり覗いた。
二階は店ではなく、家になっているようだ。
少年が諒たちを見ていたらしく、たまたま窓を見上げた諒に、少年の愛嬌のある笑顔が弾ける。
通りすがりの人に迷惑をかけないよう親から言い聞かされているのか、声は出さなかったが、それでも少年は紅葉のような小さな手を振ってきた。
諒は、困って通常より曖昧な笑みを作ってごまかし、ゆっくり手を振り返す。
子供は嫌いではないが、苦手である。もし子守りなどさせられたら、少なくとも三十分以内には子供を手刀で気絶させてそのまま寝かせる自信がある。
だがそれは諒の心情だけで言っているので、相手はしようと思えば一応大丈夫だ。
諒が半分苦笑しながらも目線を戻そうとすると、祐に問いかけられた。
「何やってるんですか諒さん?…あ、可愛い!」
諒の見る方向を確認した祐が、二階の少年を発見する。そして自分が子供のように少年に向かって手、というより腕をぶんぶん振ってから、諒を振り向いた。
「行きましょう!」
祐はどうも、可愛らしい少年の笑顔で元気をチャージされたようで、さっきまで巨鳥の影響で微妙に漂っていた暗い雰囲気を一新させ、明るく諒に料理店の開扉を促す。
「はい」
諒は返事と共に柔らかく笑って、木製の扉を開け放った。
…絶句した。少なくとも祐は。
――その中にあったのは、秩序もへったくれもない光景だった。
酒をラッパ飲みして鼻水を垂らし号泣中の女性。
白髪をぐしゃぐしゃにかき乱した鬱病患者な爺。
肩を組んで陽気に軍歌を熱唱する愉快な三人組。
薬をやっていそうな奇声を出す白目を剥いた人。
唐辛子の粉末と塩と胡椒を浴び転げ回る愚か者。
店の皿やコップを投げ散らして暴れるむさい男。
そして疲労で口から霊魂が出かけた店長と店員。
…大事なことだから確認するが、この場所は料理店であったはずである。
もう一度言う。ここは、料理店である。…非常に「何があった!?」と問いたくなるが。
諒は入店した料理店の惨憺たる現状に少し思考し、長閑に微笑してすぐに適切な結論に達した。
「…他を当たりましょう」
謎の現実をつい直視してしまった祐は、先程可愛い少年で蓄電された元気がどこへやら、呆然としている。動じない諒と違って、一般的な感覚を持つ祐はいきなりこういう場面に遭遇すると、思考が停止するのだ。
「…………いや…なんなのこれ」
祐は、十秒以上経ってからなんとか声を絞り出した。残念な人の集合場所だろうか、この異様な空間は。
さすがに妙な方向には足を踏み入れたくないと、祐はそろりそろりと後退し、いち早く店から出ている諒を確認してドアをそっと閉めようとする。…がしかし。
「…行ーかーせーまーせーんーよー…」
「ひっ!?」
祐と同じ栗色の髪を、どこぞの怨霊のように振り乱し、ガッ!と素早く扉に足を挟んできた男がいた。店員である。その緑の目は、白目の部分が血走っていた。
いつの間にか二人の存在に反応し、ふらふら移動してきていたのだ。
「……やっと…お客様がいらっしゃったんだから…丁重に…おもてなししないと…」
この言葉を訳すと、『やっと面倒な客の処理を手伝ってくれそうなお客様がいらっしゃったから、きっちりこき使わないと』である。
この料理店は元々、そこら辺にいくらでも建っているような普通の料理店だった。ところが今日、偶然に偶然が重なってやばい客が続々と来店し、入り浸ってしまったのだ。
そのせいで変な噂がたち、誰も店に通わなくなる前に、自分たちでは対処しきれない客たちの処理を、運悪く店に来た普通の客を捕獲してやらせようという魂胆だ。
たちの悪い客を退かすためなら、もはやなりふり構わず必死であった。
だが、捕まりかけている祐も祐で、事情や真意は知らないがとにかく狂気の匂いがする店員に捕まりたくないため必死である。
「ごめんなさいっ」
「逃がすものかぁっ!」
「うわあああ!!」
短い攻防の結果、祐は食人植物の花の中に引きずり込まれる不幸な人間の如く、手首をがっちりと掴まれて店内に消えていった。
まあ当然といえば当然だろう、祐は普通の高校生だった青年だ。しかも部活は美術部。少なくとも筋力は、三十代前半であろう大の男に敵うはずもない。
物語の主人公特有の、「厄介事に巻き込まれる体質」も、祐はちゃんと持っていた。
諒は、案の定渦中に巻き込まれた祐を追うか追うまいか迷ったが、最終的に改めて扉に手をかけた。厄介な客の掃除には時間がかかりそうだからだ。
「追わない」という選択肢がある辺り、ぶれない諒である。暇潰しにもなりそうですし、と相変わらずの思考で、諒は料理店にのんびり入店した。




