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「ごっはん、ごっはん」


丸っきり子供な青年が、半分スキップ状態で、さすがに恥ずかしいのかこっそりと歌を歌いながら諒の隣を歩く。言うまでもなく、祐である。適当な料理店で夕食をとるつもりなのだが、余程それが楽しみらしい。


隣にいるのだから歌は聞こえているが、諒はあえて何も言わないことにした。少し都合が悪くなることもあるとはいえ、純真なのはいいことだ。


諒も諒で内心はかなり上機嫌だが、見た目はいつもと全く変わらない、柔らかい表情だ。常人は穏やかな人と考えるだろうし、敏い人間なら読めないポーカーフェイスと評価するだろうが、とにかく現在とても機嫌はいいのである。勿論、アドルフを恐喝して手に入れたアップルパイの効果だ。


…だから、野次馬根性丸出しで上空で羽をバサバサやりながら、こちらを爛々と輝く目でじーっと見ている巨大な鳥は見逃すことにする。


大方魔力か何かに敏感に反応したのだろうが、普通動物は強者からは逃げるというのに、何故この鳥は興味津々で近付いてきてしまったのだろうか。


本来なら地面に引きずり下ろして絞殺しているところなのだが、鳥が諒たちを見ているのは単なる暇潰しだろうというのは分かるので、祐が気付かないうちは無視しようと――


「…諒さん!なんか上にでっかいのがっ」


思ったのだがもう見つかったらしい。


諒は祐の言葉に合わせて彼が指差す上空を見上げ、人畜無害そうな笑顔で祐に向き直る。


「焼き鳥にしたいんですか?」


あれなら塩胡椒味がおいしいと思います、と付け加える諒に、祐がぎょっとして叫ぶ。


「俺そんなに食い意地張ってませんから!」


諒のまさかの発言につい大声を出してしまった祐だったが、諒の発言に驚いたのは祐だけではなかった。そう、二人を観察していた、本鳥(ほんにん)である鳥だ。


人間の言葉は理解できないながらも嫌な予感がしたらしく、元々上空にいたのがさらに高度を上げて、前方に飛んでいった。こちらをじろじろ見るのは諦めたようだ。


祐は、斜め上を飛ぶ巨鳥をぽかんと口を開けたまま眺め、呟いた。


「このでかい鳥、明らかに色が…」


諒は心の中で同意し、だんだん遠くなるどぎつい赤紫色の巨鳥を目を細めて見た。地球であれば誰かが色を塗ったと思うだろう。この世界では植物だけでなく、たまにそこら辺の動物の色までおかしい。


それでも、多少色が変わっているからといっていちいち反応するのもこの世界では妙なので、諒はさらっと受け流す。


「そんなものですよ」


あっさりした返答に、祐は小さく相槌を打った。


「ふーん…」


諒の言葉に納得したらしく、目線を前に戻す。ところが。


「きゃっ!リミル鳥だわ!」


「何だと!? みんな、しゃがめ!」


「間違っても立つんじゃないぞ!! 頭を食いちぎられる!」


諒たちの数十メートル先に進んだところで、上にいる巨鳥に気付いた一般人女性の一人が悲鳴をあげる。と同時に、その周辺を歩いていた人々が一斉にしゃがんだ。


その瞬間突然急降下する巨鳥。さっきまで数人の頭があった場所を、大きなクチバシがガチッという不穏な音をたてながら通りすぎる。


ブドウのような色の巨鳥は危うく地面に突っ込みそうになってから、体勢を立て直しさっと上昇した。


祐はそれをがちがちに硬直して見て、ギギギと効果音がつきそうな、壊れたロボットのような動きでゆっくり諒を顧みる。


「……………今のは…」


限りなく重い沈黙の後、前方の喧騒にまぎれて祐の微かな声が諒の耳朶に触れた。


諒は、にっこり微笑んで簡潔に、影を背中に背負う祐の疑問に答えた。


「肉食です」


「…で、ですよねー」


あは、あはは、と顔面蒼白で不自然に明るい笑い声を出す祐は、意識してなのかそれとも無意識なのか、身を縮こめていた。


地球では通常、鳥は人間を食べない。祐はかなり衝撃を受けたのか、行く先に飛んでいる巨鳥をなるべく見ないようにしながら歩く。


「……ん?でも、焼き鳥にするとか言ってた人が約一名いたような…?」


…結局、軽く現実逃避した。


諒をちらっちらっと窺いながら、僅かに猫背気味になって祐が呟いた。


「焼き鳥にするってことは人の頭を食ったりしてる奴の肉を食べるってことで…つまりあの鳥の肉は人間から構成されて……それを…食べ………うん、考えるな俺」


非情な現実から逃げようと別のことを考えはじめたはずなのに、いつの間にやらまた恐ろしい話になってきた思考を、祐は頭をかきむしってやめた。


世の中には知らない方が幸せなこともあるという事実を実感した祐である。


諒は一つ賢くなったと涙目な祐を、苦笑して眺めた。日常に人間を食べる動物がほとんど出てこない日本に住んでいた祐には、少々刺激が強すぎたかもしれない。


だが、この世界が地球よりずっと危険であることを、ちゃんと知っておいてもらわないと生きていけないのだ。


町中でさえ害のある魔獣が出たりするし、町から出れば魔獣は本当に多く出没する。肉食怖いとか言っている場合ではない。


と言っても、急ぐことでもないので、その辺りは追い追い教えていけばいいだろう。


問題は、諒はこの王都の地理にあまり詳しくないということだ。アドルフの店は足繁く通っていたので分かったが、本来諒は微妙に方向音痴だ。


さらに十年くらい前のことのため、なくなっている店がある可能性も無きにしも非ず。一応泊まる宿「閑雲」には辿り着けるが、それ以外は怪しい。


仕方ないので、諒は宿に帰る道にある適当な店に入ることにした。変な酔っ払いに絡まれても、なんとかなるとは思っている。その店がぼったくりの店だった時は困るが、まあ…大丈夫だろう。あまり大事になれば、逃亡したらいいことだ。


昔なら多分店に放火して、素知らぬ顔で王都で生活していると思われるが、諒も成長したのである。そうぽんぽん犯罪はやらかさない。


諒は幼少時代の自分の性格を思い出し、ついでに自分がした犯罪も回想してから、考えを切り替えてまともそうな料理店を探し視線を走らせた。巨鳥騒ぎで祐は忘れかけているが、夕食を食べにきたのである。


「ここで…いいでしょうか」


店長か店員が綺麗好きなのか、きっちり掃除してある料理店の前に立ち、独りごちる。開店しているようだし、入ってみることにした。





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