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「…俺の?知り合い?――っ、まさか!!」


突然の娘からの呼び出しにアドルフの困惑する声の後、…すごい勢いでダダダダダッと走ってくる音がした。


そして、店の奥から盛大に登場する、ナタリーと同じく薄茶色の髪の年配の男、アドルフ。何を思ったか、魔法雑貨に齧りついていた祐をはったと睨みつける。


「娘は渡さないぞーっ!!」


とんでもない勘違いだ。……この男、馬鹿であった。非常に、馬鹿であった。


しかも、睨む対象を間違えている。哀れな祐は、いきなり怒鳴られた上に睨みつけられ、「うえぇっ!?」と妙な声をあげて雑貨から飛びすさっていた。


「お、お、俺、なんかやりました!?」


慌てふためいてどもる祐に、アドルフがつかつかと近付いていく。


「あの、お父さ…」


というナタリーの制止も聞かず、アドルフはまた怒鳴ろうと息を深く吸い込み……結果、一人で勝手にむせた。


「ガフッ、ごほっごほっ、ごほっ!」


祐はあわあわとうろたえ、ナタリーはアドルフの背中を擦り。


魔法雑貨店「彩」には、混沌が広がっている。


…店主のあまりの残念ぶりを、諒は懐かしく思って呑気に笑みを浮かべた。


「相変わらずですね」


場内騒然となる中、一人だけのんびりにこにこ笑っている諒を認識し、救いを求めて辺りを見回した祐が叫ぶ。


「諒さーん!? どうなってるんですかっ!?」


諒は、祐に半分涙目な状態で問われて、冷静に即答した。


「どうも、彼の娘さんをお嫁にもらいにきたと勘違いされてしまったみたいですね。大変ですねー」


「いや、『大変ですねー』じゃないですって!」


諒と祐の温度差もなかなかのものである。完全に他人事の態度を貫く諒は、祐のあたふたする様子を傍観し、飄々と呟いた。


「そういえば、魔術師は基本的に杖を携帯していたはずです。私も持っておいた方がいいかもしれないですね」


…もはや、全く関係ないことまで考えはじめた諒だった。


救いだったはずの諒が、我関せずとばかりにのほほんとした笑顔で自分を見ているだけなことにショックを受けた祐は、絶望してがっくりと肩を落とした。


「どうしてこうなった…」


落ち込む祐を、慌てたナタリーが慰める。それを見て、誤解を強化させたアドルフがごほごほいいつつ目を剥く。


「…この辺にしておきましょう」


祐の目がだんだん死んだ魚じみてきたのを確認した諒は、なんとなく面白かったのでつい観察して事態を収拾し忘れていたのを反省する。


諒は傍観を中止することにして、変化のない自然な微笑のままアドルフを見据えた。


そして、明らかにやり慣れた滑らかな動作で、すぅっと、まさに幽霊のように咳き込むアドルフの背後に回る。


「おい!そこのお前!」


ようやく復活したアドルフは、後ろの諒には気付いた様子もなく、呆然とする祐にびしっと指を突き付けた。


「うちの可愛いナタリーを嫁にするというなら、俺を倒し痛っ!いたたたっ!」


ぐに、と。


諒は平和な笑みを含んだ瞳で、何やら面倒な台詞を吐こうとしていたアドルフの両頬を指先でつまみ、思いっきり引っ張った。


…関係ない話だが――諒がやると痛みが普通の十倍だという結構な鬼畜仕様だ。やはり力の入れ方が違うのである。


そんな、かなり悲惨な目にあっているアドルフが悲鳴をあげ、諒の指をなんとか頬から外そうとするが、当たり前ながらそう簡単には外れない。


「やめろ!やめてくれ!俺が悪かったっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! …そ、そうだ、アップルパイ!! アップルパイ差し上げますからどうぞお許しくださいませ!!」


割と細身な青年りょうに頬を引っ張られるがっしりしたアドルフの図に、祐とナタリーが凍りつく中で、話し方まで変えて謝罪の言葉を叫んだ挙句にアップルパイを持ち出すアドルフ。


普通に見れば痛みのあまりわけの分からないことを口走る怪しいヒトだが、相手が諒のこの場合、アドルフの言葉は正解であった。


言った瞬間、がっちりアドルフの頬に食いついていた諒の指がぱっと放される。


「ありがとうございます」


諒は幸せそうににっこりと微笑んだ。


…諒の計算通り、である。


もしアドルフが諒を覚えているのなら、頬を諒くらいの力で引っ張られると、条件反射でアップルパイで交渉しようとするはずだった。


何故なら、昔彼が阿呆なことを仕出かすと、常に幼少期の諒が「目が笑っていない」笑顔で頬をぐいぐいと引っ張っていたからだ。


最初はその制裁に救いはない方針だったのだが、ある日いつものように諒に処罰されていたアドルフが、勢いで「何でもします!!」と叫んだことがあった。諒がその時アップルパイを要求したのだ。


その結果、アップルパイを持ち出せば、ある程度痛い目は見るが、悶絶まではしなくてすむと悟ったアドルフが、次回からアップルパイを交渉の材料にすることを思いついたわけである。


諒が現在アドルフの頬を引っ張ったのは、アドルフが自分を覚えているかどうか試すためと、うまくいけばアップルパイが食べられるからだ。


アップルパイと言っても中世だし、かなりお粗末なものだが、ないよりはずっといい。


…因みに、アップルパイのリンゴの色は、例によって赤ではない。


諒は、手を話した途端しゃがみこみ、瞼をぎゅっと瞑って赤くなった頬を押さえ、唸っているアドルフを血も涙もなく口の両端を上げて見下ろして、リンゴの色は何故白いのかと考えた。実は、この世界のリンゴの色は白、純白なのである。味は合っているので文句はないが、少々納得がいかない。


まあ、諒がこの世界にとっての異世界から来た人間だから、おかしく見えるだけだろうが、納得いかないものは納得いかないのである。


祐が、いきなり店主の頬を赤くするなどという話の展開についていけずに、おろおろと諒とアドルフを交互に見た。


「あ、あの……諒さん?…これは、どういう…」


眉を下げて問いかける祐に、諒はのほほんと笑いかける。


「この方が、私の知り合いですよ。店主のアドルフさんです」


…とても今更ながら、アドルフの紹介をした。





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