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二人が路地から出たところで、太陽は既に結構上に昇っていた。特に時間の鐘の音は数えていないが、もう十一時過ぎ頃だろう。
諒が意外と経過していた時間に内心唸って昼餉について検討していると、諒に着いて一緒に大通りに出た祐が何故かむぅ、とでも言いたげに眉を寄せている。
「…あれ、おかしいなぁ、なんかさっき悪寒が…」
…どうやら、なんとなく、諒の先程の怪しい人影への殺気を感じていたらしい。
方向は限定したはずだが、勘がいいか相当強いかの人間はそういった関係の気を感じられることがある。戦闘はまだできない祐は、おそらく勘がいい方だろう。
大抵魔術師よりは接近戦の多い戦士の方が勘がいいので、祐はもしかしたら、剣などの体を動かす方面の才能もあるかもしれない。聖剣もあることだし、その可能性はかなり高い。
教え甲斐は十分である。
まあ接近戦関係を教えることになるかどうかは祐の希望によるのだが、諒は最低限の接近戦の技術くらいは教えるつもりだ。もし魔獣に近寄られたりしたら、詠唱している間にあの世にさようならになるわけだし、同郷の人間がそんな馬鹿な理由で死ぬのはさすがに虚しい。
祐は正義感は強いが基本平穏が好きなお人好しのようなので、自分から戦闘の道に進むことはないだろうが、巻き込まれるとか困った人を放っておけない的なことがあれば戦うこともあると思われる。
そういう時にあっさりやられていては話にならないのだ。飽く迄諒の観点からすればだが。
そんなことを思うあたり、教師役としての責任は取るつもりの諒である。諒は面倒は嫌いだが、割と面倒見はいい方だ。
都合優先の諒なので、簡単に見捨てる可能性は無きにしも非ず…どころかかなりあるものの。
そんな、さりげなく冷たいことを考えながら、諒は祐の呟きに返した。
「どこかで誰かが魔獣でも威嚇しているんじゃないかと思いますよ?ここは割と森に近い場所ですし」
自分で殺気を放っておいてまことしやかにありそうな推測を語る。
師弟関係になる祐に、変に害のある人物だと思われれば、人付き合いが円滑に進まないから…というのは表の理由だ。裏の理由は説明が面倒だからだった。
裏の理由は…仕方ないとして、大体、ギルドマスターが諒のことを腹黒だと認識している時点で人付き合いも何もないのである。祐に諒腹黒説を伝えられてしまっているし、もはや腹の探り合い一択だ。
残念な話である。
…と、またもや瞳を輝かせはじめた祐を見つつ、諒は思った。
さっきは少女に絡む男と対峙するというアクシデントに見舞われて、王都観光を途中で中断することとなったが、観光再開だ。
そして再開すれば、また祐がファンタジーを満喫する環境が作られるわけで。
元々子供のような祐が、再び興奮するのも、ある意味必然と言えた。
「諒さんっ!! あそこに猫耳の人が!!」
そうこうしていると案の定、祐が小声で叫ぶという器用なことをしながら、前方から歩いてきているファンタジー世界の定番である獣人の存在を慌てた様子で示す。
諒は、いつも通りの穏やかな笑顔で対応した。
「獣人族の方ですよ。何かの獣と人間が融合したような姿で、その融合度は個人差があるみたいです。
その獣人さんは猫と人間の獣人さんですね。耳と尻尾だけということは、人間の血の方が濃いのではないでしょうか。
獣の血が濃い人の中には、ほとんど身体が獣の獣人さんもいるようです。
獣の血が濃ければ濃いほど身体能力も高く、魔力は少ないという特性があります。
知性は、人間の血が濃い方、つまり姿が人間に近い方が高いです。ですが、ほとんど獣の方でも話せるくらいの知能はありますよ」
諒は、わざわざ詳細に解説していた。もし森などに入った時に、獣と間違えて獣人を攻撃すれば、仲間意識の高い他の獣人に付け狙われることもあるからだ。
基本獣人は人間同様、衣服などを身に付けているので間違えることは少ないだろうが、念のためである。
諒は、解説してから祐曰くの「猫耳の」獣人に目をやって、和やかな気分になった。
猫は好きだ。諒は、犬派か猫派かと問われれば猫派である。
眼福とばかりに猫耳を眺めていると、その猫耳の持ち主の、素朴で大人しげな感じの十四歳くらいの少女と目が合った。
純情な子なのか、目が合った瞬間かぁっと顔を真っ赤に染めて足早に通りすぎたが…そんな反応をされても、諒としても何も言えない。
諒は結構人の心理に敏いので、どこぞの鈍感主人公のように首を傾げることはないし、年頃の乙女だから青年に見つめられて恥ずかしいのだろうということは分かっていた。
祐も、諒の視線と容姿で少女が頬を染めたのを悟ったのか、諒に目を向けてくる。
「…諒さん………世の中やっぱり、顔ですね」
祐だって、いかに子供っぽいとはいえ人並みに女の子にもてたいという気持ちはあるのだ…悲壮感溢れる表情がそう訴えている。
「顔と金銭じゃないですか?」
諒は、害のなさそうな笑顔でシビアな現実を突き付けた。
「それ、諒さんが言うと皮肉に聞こえるんですけど…」
割と整った綺麗めな顔立ちの諒を、捨てられた子犬のような目で眺めて、祐が暗い雰囲気を醸し出す。
「いや、そんなに悲観的にならなくてもいいと思いますよ」
情けなく眉を下げる祐の様子に、諒は苦笑した。
祐は、女の子にもてたいと思っている割に自己評価は低く、鈍感なのである。容姿はむしろ普通より少しいい方なのに、女性に好意的に見られていても気付かず、「俺空気になってる…」と一人で落ち込むタイプだ。
自己評価が高すぎる、いわゆるナルシストという輩に仲間入りされても困るし、自己評価が少々低いくらいどうということもないが。
今までの祐からして、すぐに立ち直るであろうことは予想できたので、諒は柔らかく微笑んで祐に声をかけた。
「それはそうと、あちらに魔法関係のものをいろいろ取り扱っているお店があるんですが、行ってみますか?」
祐が、言下に諒の方に身を乗り出して即答する。
「はい!」
…相変わらず、興味のあることにはお手軽にほいほい行ってしまう、現金な祐であった。




