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26

唐突だが。葛西 祐は、正義感が強い青年である。


かなり顔的にも精神的にも子供っぽく、単純ではあるが、単純なだけにうだうだ考えずに厄介事に突っ込んでいくという、主人公気質で純粋培養の、いわゆる愛と勇気と幸運で世界を救うタイプだ。


つまり。


彼が「幼い女の子の泣き声」が聞こえた途端にその場にすっ飛んでいくのは、当然の成行きであった。


…まだ魔力とか剣とかの力の扱い方を全く知らないだけで。


だから一応、「幼い女の子」と「女の子に絡んでいる奴」の間に割り込むくらいまではするのだ。割り込むくらいまでは。


ただ、それから後のことは何も考えていないのが難点である。


――要は、幼い女の子の泣き声がするから(諒の存在を忘れて)駆けつけてみたら女の子にいちゃもんをつけて虐めている男がいて、割り込んだはいいが男を撃退できない、という悲しい事態が現在進行形で起こっているのだ。


「ちょっと、小さい子供を虐めたりして恥ずかしいとは思わないんですか!」


「うるせぇよ!こいつがぶつかりやがったのが悪いんだよ!! 部外者は黙っとけ!! それともお前は殴られたいのか、あぁん?」


「…ママぁ…ひっく、うぅっ…」


諒が、女の子の泣き声を聞いた瞬間に、王都の人込みを縫って走り出した祐に追いついたのは、丁度こんな会話になっている頃だった。


野次馬も祐たちを囲んで遠巻きに見ている。


言い合いを続けている祐と元凶の男を、諒は野次馬の後ろから覗き込んだ。十九人だった野次馬が、諒を加えて二十人になった。


「だから、恥ずかしくないのか、って聞いてるんですよ!!」


「チビが口出すんじゃねぇ!! 邪魔なんだよ!!」


どんどん喧嘩腰になっていく祐と男の口調に、諒は悪い予感がして呟いた。


「…これはもしかして、私が引っ張り出される展開なのでは…」


現状からして、この後男を止められない祐が咄嗟に諒の名前を出してしまう未来は目に見えている。


しかし、それは困る。これが元で何かギルドマスターに難癖つけられたらどうするのだ。


諒は一瞬考えて、それから誰も自分の方には注目していないことを確認すると、どこからともなく謎の仮面を取り出した。


不思議な紋様の入った、白を基調とした顔をすっぽり覆う美しい仮面だ。


そんな怪しい物体を出してきたということは、つまり諒は仕方がないので早々に野次馬に紛れるのを諦めたのである。


諒はその仮面を視認できないほど素早く被ると、野次馬を掻き分けて祐と男が対決している場まで進んだ。


今こそわけの分からない趣味(演技)を披露する時だ。


そして一つ咳払いし――突然、声をいつもより少し低音に変えて祐と男に呼びかける。


「私は悪いことはしない方がいいと思うが。やはり日頃の行いは大事だからな」


ついでに口調まで変えていた諒である。


どうせ巻き込まれるなら、正体を隠して自分から巻き込まれようと思ったのだ。


正体がバレて後で面倒くさくなるよりは余程いい。それに、暇潰しくらいにはなるだろう。


いきなり現れた仮面男(諒)に、祐は首を傾げ、男は胡散臭そうな目を向けた。


「何だぁ?お前は」


男が眉間に思いっきり皺を寄せて諒にガンを付ける。


「私か。私はイリス様の神官をしている者だ」


イリス様とは、この界で最もポピュラーなイリスという慈愛の神のことだ。キリスト教の神みたいなものである。


仮面は本当にイリス神の神官が神殿から出る時にしているものだった。神官だという印だ。


諒が何故そんなものを持っているのかは幼少期の経験が関係していたりするのだが、この際それは気にしないこととする。


「神官野郎め、邪魔くさいわ。俺はそこのチビの後ろのガキに用があるんだよ!」


男が唾を飛ばして喚く。


諒はこっそり男の顔の前に高度な透明の障壁を張って唾が服にかかるのを防いだ。


そうしてさりげなく才能(魔力)の無駄遣いをしてから、諒は男を諭す。


「暴走するな狼藉男殿。イリス様の教えを忘れているだろう」


指を一本立ててとん、と男の胸の真ん中を突いた。


普段ならそんなことはしないのだが、何しろ暇潰し要員との対決である。諒は半分はノリで行動していた。


その指を、諒の心の中で哀れにも暇潰し要員扱いされている男が払いのけて諒に凄む。


「誰が狼藉男だ!イリス様の教えが何だっていうんだよ!!」


強気な態度だが、諒は怯まない。イリス神の教えが分かっていないようなので、諒はイリス神の教えを布教しておくことにした。


「いいか、イリス様の教えは――」以下略。


三分ほど語ったところで、男は長話にうんざりしたらしく諒の言葉を遮った。


「黙って聞いてりゃ偉そうにギャーギャーギャーギャー講釈垂れ流しやがって!いい加減にしやがれ!!」


ついにキレて諒の服の襟を両手で掴み、怒鳴る男。


慌てて傍観していた祐が男を止めようとするが、諒は手をひらひらと振ってそれを制した。


「服がのびたら困るからやめろ。通りすがりの凡庸な神官を脅すな、天罰が下っても知らないからな?」


一応、分かりやすく警告するも、男は諒の襟を掴む手を緩めない。


仕方なく、諒は男の頭によく使う光属性魔法の雷を落とした。雷は手っ取り早くて好きなのだ。


詠唱もなく落ちた雷に驚いて、野次馬がどよめく中、男は白目を剥いて倒れていった。


「天罰が下ると言ったはずですが…。参りましたね、道の邪魔になってしまいましたか」


仰向けにひっくり返っている男を見下ろして独りごちると、観衆が「神官万歳!」と騒ぎ始める。


神秘的な仮面の効果も相まって、どうやら諒は正義の味方的な扱いになったようだ。


これ以上目立っても仕様がないので、のびた男は放っておくことに決めて、諒はとりあえず祐の服の袖を持ち野次馬の輪から抜け出して…消えた。




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