閑話 諒の幼少期
幼少期の諒は、トリップしたばかりの時は普通の子供でしたが、サバイバル生活で大分性格が変わりました。
このお話は、諒が子供の頃のトリップで二年経った後にようやく森から出られて、森で手に入れた魔獣の皮を売ってそのお金で宿に泊まった時の逸話です。九歳くらいです。
~神との出会い~
諒が目を開くと、そこは草原だった。つい先程泊まった宿のベッドに横たわって眠りについたはずなのに、何故か見たこともない場所にいる。
だが…それを考えないことにすれば。
瑞々しい黄緑色の草が爽やかな風に揺れ、頭上にはどこまでも広がる蒼天が見える。草原の方も、終わりが見えないほどの広大さだ。走っても走っても、終わりがないのではなかろうか。
なかなかに感動的な風景である。
…にも関わらず、諒は周囲を警戒する。その様子は、とても九歳の少年には見えない。神経を研ぎ澄ませて周囲の気配を探りつつ、索敵魔法を使おうと右目に念じる。
しかし――索敵魔法は、使えなかった。
索敵魔法だけではない。全ての魔法が使えなかった。
「魔法が使えない…となると、そういう仕様の場所に移動させられたのか。それともこれは、幻影か…?」
諒が大人びた冷静な口調で小さく呟いて、考えを纏めようとしていると、突然背後から声がかかった。
「割と冷静じゃの」
気配を探っているのに引っかからなかった。いつ背後に回られていたのか。
それとも今来たばかりというのもありえるが、発言からして誘拐犯なこの声の主はどちらにせよ少なくとも諒よりは格上だ。
「…どなたですか。ほら、誘拐って犯罪ですし」
諒はクールな口調をがらりと丁寧に変えて話しながら、振り向き様に戦闘態勢をとる。
眠っている間にこんな所にわざわざ連れてきたということは、殺そうとしているのではなさそうだが、何か情報を求めているのなら諒から情報を吐かせた後に口封じに殺される可能性がある。
「心配せんでも、とって食いはしないわ。安心するのじゃ」
年寄り口調でふぉっふぉっふぉっ、と笑う白髪金眼白髭の白服の爺は、諒を愉快そうに見てくる。諒もとりあえず、にっこりと子供らしい笑顔を浮かべておいた。
「…あなたの」
「ストップ。敬語など使わずにお前本来の口調で喋ること。それに、作り笑いもいらんわ。どうせさっきのお前の呟きも聞いておったしの」
諒が話し出そうとすると、爺は諒の言葉を遮り意味が分からないことを言う。
しかも、諒の一人言まで聞いていたらしい。それは今更どうでもいいが。
本来の口調で喋ることや笑顔をやめることに何の意味があるのかと考えたが、ここはただ友好的に話し合いたいだけだと思っておく。
いちいちそんなところまで疑っても話が進まない。
数秒逡巡した諒に、爺がわざとらしく白服の袖で顔を隠し、泣き真似をして見せた。
「この老い先短い爺の願いの一つや二つくらい、聞いてくれんかの…うっうっ」
老い先短いどころか億単位で生きてそうな方に言われても説得力ありませんよ、と思わず文句を付けそうになったがそこは堪える。
戦闘態勢を解かないまま息を吐き、改めて諒は爺に話しかけた。
「あなたの目的が何か、聞かせていただけませんか。現在地も教えていただけると助かります」
言い終わってから爺の要求を思い出し、しかし結局敬語を貫く諒。だが、表情だけは、見た人間が「え、もしかして俺めちゃくちゃ嫌われてる?」と思うような仏頂面に戻している。
「そこは戻すのか。ある意味真面目じゃのう」
爺が感心したらしく諒を眺める。
だが、諒としては、得体の知れない爺に褒められても嬉しくない。
いつもの穏和な表情を崩し、思いっきり不機嫌に爺を睨む諒に、爺は一つ頷いた。
「まあまあ、そう急くな。気楽に、のんびり、穏やかに」
…やはりこの爺、ふざけているのではないだろうか。久しぶりにぐっすり熟睡中の人間を謎の場所に拉致しておいて、一体何がしたいのか。
大変遺憾ながら爺はおそらく諒より強いので、迂闊に攻撃はできない。頭に分厚い辞書か何かの角をぶつけてみたい気持ちはやまやまだが、多分無理だろう。
ただの不機嫌な顔の裏で淡々と物騒なことを考える諒だがそれに気付いているのかいないのか、爺は呑気に笑っている。
「ふぉっふぉっ。ここはわしが作った空間じゃ。わしくらいにもなると空間を作れるようにもなるのじゃよ。
まあ、永久には持たんがの。せいぜい一世紀といったところじゃ。
わしがお前をここに連れてきたのは、ちょっとお前に頼みがあるからじゃ」
「厄介事は自分で片付けてください。あなたは強そうですし」
爺が碌でもないことをさせようとしている、と直感的に気が付いた諒は爺の話を聞く前に即答した。空間がどうとかに関してはあえて触れない。それどころではないからだ。
諒が身構えていると爺はにやりと嫌な感じに笑った。いかにも悪そうな顔だ。
「労るべきお年寄りじゃぞ、わしは。そんな力あるわけなかろう。
どっちにしても、わしは世界の管理者…まあ神みたいなものじゃが、飽く迄管理しているだけじゃからの。世界を普通に回す役割を持ってはおるが、あまり世界の細かいことには手を出せん。
…まあ、たま~に暇潰ししたりするがの」
いけしゃあしゃあと宣言して胸を張る爺だが、それはどう考えても自慢にはならない。しかも最後にぼそっと聞き捨てならないことを言っている。
しかし、この話で世界の管理者…爺が強い理由が分かった気がした。半端な力では世界など管理できないだろう。
もともと、世界を動かす神のような存在がいるのは魔術の修練で精神を集中させている折などにたまにだが感じていたため、爺から底知れない強大な力を感じることもあって諒は爺の話を割とあっさりと信じた。
だが細かいことに手が出せないと言いながら何故諒を謎の場所に誘拐しているのか。明らかに「細かいこと」に手を出している。
諒の訝しげな表情からその疑問を読み取ったのか、爺がぱたぱたと片手を振る。
「いや、今回はわしがミスしたからじゃ。わしが趣味で飼育していた天龍の子がお前がいる世界に逃げ出したからの。
それでも直接的には関われないから、お前を天界と世界の間を取り持つ媒介にすることにしたんじゃが」
「…天龍、ですか?」
「そう、天龍じゃ。お前のいる世界の普通の龍とは違うのじゃよ?まず一歩間違えば下位世界の管理者と同じくらい強い」
それはつまり、神と同等に強い、と。
「……は?」
諒はとんでもないものを逃がしてくれている爺への当てつけの意を込めて、爺をあからさまに白眼視した。
「ま、わしは上位じゃが」
「いえ、それはどうでもいいです」
「冷たいのぉ…。氷の貴公子じゃ。子供なのにクールすぎるじゃろ。
…とまあそれは置いといて、その逃げた天龍の子を捕まえてほしいのじゃ。期限は五日じゃ。一時的に天界転送の魔法を授けておく。一回しか使えんぞ。失敗しないようにの」
諒の完全に軽蔑している視線にもめげず、冗談も挟みつつ、どんどん強引に話を進めていく爺。
諒は眉をひそめて口を挟んだ。
「待ってください。どうしてそんな話をよりにもよって僕みたいな子供に持ってくるんですか?それに、僕には何の得も…」
「それは当然、お前がこの世界で圧倒的に、一番強いからに決まっておる。得?報酬なら、お前が最も欲しい情報を渡す。…例えば、」
どうすれば元の世界に還れるか、とかの。
爺の悪魔の囁きに、諒の目付きが俄然鋭くなった。整ってはいるが子供らしく幼い顔立ちなのに、普通の人間ならこの瞬間だけはとんでもない威圧を感じるような表情だ。
「強い云々はいろいろ言いたいことはありますが…還れるんですか」
「還れるぞ?ただし、ここから先は天龍を捕まえてからじゃの」
腹に一物ありそうな顔で言われても簡単に信用はできないが…天龍を捕まえないと、暴れられて世界が壊れる可能性がある。
そうなると、自分も還る方法を探すのが難しくなるが、しかし…。
諒が考え込んでいると、爺は黒さを増した笑顔で元気よく言った。
「拒否権は当たり前じゃが、ない!」
「は?」
「悪いが時間も、ない!」
「…おい」
「ということで、『天界転送魔法付与』!着の身着のまま、逝ってこい。『転送』、魔の樹海!」
爺が叫んだ直後、怒りで地を出して何か言おうとしていた諒がその場から掻き消えた。爺によって転移させられたのだ。
因みに天龍の現在地、諒が転移させられた魔の樹海とは、この世界で一番凶悪かつ無駄に強い魔獣たちが大量に住みついている、一度入ったら出てこられないと言われる樹海である。
仮にも世界の管理者である爺はそれくらいは知っていた。
爺は、にやにやしながら諒がいた場所に合掌した。そして、爆笑した。
「わしは天龍帰還とお前の訃報を待っておるよ、うん。…プッ…クク、ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっ!」
――こうして諒は、再び着の身着のまま死地に放り出されることになった。
そりゃ神様も嫌われるわ…って感じの神様です。この経験のせいで、諒は神様を嫌いになりました。
今の諒と幼少期の諒の違いはやはり経験による力量と精神力です。今ではものすごい強敵が出てきてもさらっと「大変ですねー」で終わります。




