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路地を進んで、ようやく大通りの明るい光が見えてきた頃、突然エセルが「あっ!」と叫んで立ち止まった。
つられて諒も足を止め、エセルを見る。
「どうしました?」
相変わらず動じない笑顔を向けてエセルに尋ねると、エセルは諒に詰め寄る。
「そう言えば私だけ名乗って、あなたは名乗ってないじゃないですか!」
変なところで怒るエセル。偽名を名乗ってしまえば終わりなので、どうでもいいような気がする。
しかし、諒は怒鳴られようが侮辱されようが泣かれようが笑顔で軽くいなせる、ある意味血も涙もない人間なので、いきなり怒られても大した反応はしない。
普通にさらっと謝った。
「これは失礼しました。私は諒です」
苗字を言わなかったのは、この世界で苗字があるのは王族や貴族、一部の例外くらいだからだ。
平民に苗字などないのである。
この世界に来たばかりの諒は、そもそも身分がない。
エセルはギルドマスターの親族なので、おそらく貴族か一部の例外に当たる苗字がある人種だろう。
しかし、最初は諒を騙す気満々でギルドマスターの娘だということは隠していたため、身分の高い人間だということが一発で判別できる苗字は使わなかったようだ。
諒が名乗ってもエセルは諒の顔を怒った顔で見ていたが、諒が笑顔で見返すだけなのに気付き、諦めたらしい。
諒から目線を逸らすと、小さく呟いた。
「効かない…。女の子が可愛く怒って上目遣いで見てるのに全く反応しない…」
どうやら策略で諒を落とそうとするのは諦め、新たに思いついた単純な色香攻撃に移ったようだ。
ところが、諒にさしたる変化が見えないので、女としての自信をなくしたのか、何やらショックを受けて項垂れている。
肩を落とすエセルを、諒は少し哀れに思って慰めた。
「十分あなたは(一般的に見れば)魅力的だと思いますよ」
「思いっきり狙いがバレてるじゃないですか!? 魅力的以前の問題ですよ!?」
諒に言われ、ガバッと顔を上げるエセル。
エセルは、少なくとも色欲などに関しては、男は動物的な本能で動くものだと思っていたため、この言葉を聞いてぎょっとしていた。
まあ、普通の男、それも諒のように若ければ、先ほどのエセルのあざとい可愛さにくらっとくること間違いなしだが。
「世の中は広いですからね。本能で動かない理性第一の人間もいるんですよ」
諒はにこやかにエセルを諭す。
エセルは慄然とした。
「本当に、読心の魔法はないんですか?」
「私が知る限りではありません。エセルさん…いえ、この場合は女性全般でしょうか。とにかくあなたが考えそうなことを推測しただけです」
諒にきっぱり言われて、エセルは頭を抱える。そもそも何故男の諒に女のエセルの考え方が分かるのか。
「うあぁ…」
エセルは微妙に情けない声を出した。この人、正真正銘の人外だ、そうに違いない。…などと諒はエセルに失礼なことを思われ、勝手にエセルの中では諒人外説が確定したのだった。
諒がそんなエセルに苦笑して抗議した。
「エセルさん、酷いですよー。私は人外じゃないです」
「………やっぱり人外ではないですか」
あっさりエセルの反応で思考を推察した諒に、エセルがぼそりと言う。
…もはや彼女の決定はそう簡単に覆りそうになかった。
諒は複雑な表情をしていたが、エセルの方は「諒は人外」と認定したので、同じ人間のできることではないと考えたらしくすっきりした顔で話を戻す。
「それはそうと、名前、リョウさんっていうんですね。珍しい名前です。私はあまり聞いたことがないですよ」
諒はまだ納得がいっていないが、考えても仕方ないので、話を引きずらずにエセルの話題転換に乗った。
「そうですね。この辺にはちょっとないかもしれません。…エセルさんのお名前は、お父様が?」
「はい。父が考えてくれたようです」
話題転換後、足を止めていたエセルが歩き出したので、名前の話で盛り上がる間もなくもう既に見えていた、路地を抜けた大通りに着いた。
二人が再度、立ち止まる。
「ここからなら道が分かるので、ここまででいいです。道案内ありがとうございました。…一応聞きますが、私の家には…?」
エセルにほとんど期待していない口調で聞かれ、諒も当然ながら首を横に振る。
「行きませんよ。ギルドマスターと顔を合わせても仕方ないですしね。お誘いありがとうございます」
冗談めかして微笑むと、エセルがぷぅっと頬を膨らませた。
「分かってますよ、私は手ぶらで家に帰ります!あーあ、せっかく攻略対象に会ったのに人外でしたって情報しか成果なしですよ全く!」
失礼なことを堂々と本人の前で言っているのは、諒が沸点の低い人間ではないと分かっているからだろう。
笑みを崩さない諒に、エセルは文句を言いつつも礼をする。
「さようなら」
そう言って、エセルは大通りを歩き始めた。
諒もその背中に向かって、最後に声をかける。
「さようなら」
ギルドマスターがいる限り、また会う気がしますが、と心の中で独白し、諒はエセルの向かう反対方向に歩いてその場を後にした。




