15
恐ろしいことが起こった。俄かには信じられないことだ。
九月。アタシはオオカワたちのいる品川の現場へ入った。そこまではよかったのだが、現場の上司がモンスターで、いきなりアタシに襲いかかってきた。
これは比喩的な表現ではない。ドラクエなどでよく見受けられる、理不尽に戦闘に巻き込まれる、まさにあのパターンだ。
言っておくがアタシは丸腰だ。ふつうの社会人は武器など持っていない。ついでに言うと、女らしさという武器もアタシは持ち合わせていない。
殺されるとか、きゃあとか、そんな声も出やしない。よく自分の運転している車が事故るとき、いろんなものがスローモーションに見えるという話を聞くが、本当にそんな感じだった。
ものっそい鋭利な爪をたくわえた熊のような手が、ゆっくりと近づいてくる。ヒットしたら必ず死ぬ。
そのときだった。誰かがアタシとモンスターのあいだに割り込んで、モンスターの手を止めた。彼はすかさず右脚でモンスターを蹴飛ばした。彼は金色に光り輝いていた。
「お嬢さん、お怪我はありませんか」
彼は振り返ると言った。
お嬢さんて歳でもないのだが……いや、驚いた。タキオカだった。
「タキオカさん?」
よく見ると、彼の第三の目が開いていた。以前にでかい絆創膏を貼っていた額の中心部だ。
「いまはタキオカではありません。貴女の守護天使、ルシファーです」
「ルシファーって……堕天使じゃなかった?」
「基本、ヨゴレなんで」
彼は照れくさそうに頭を撫でた。なんちゅう中途半端な設定だろう。
「えーと、説明してください」アタシは腰に手をあて、語気を強くした。「この壊れた世界は一体なんなの。それとも、そういう現場ですか」
「窓の外をご覧ください」
彼は含み笑いで言った。腹立つわー。
おかしいなと感じた。まあ、終始おかしいのだが、先ほどタキオカがぶっ飛ばしたモンスターの姿がなかった。オフィスのなかも、これといって乱れていない。まるで先の戦闘などなかったかのようだ。
とりあえず窓際まで行ってみた。窓の外の世界は、やはり壊れていた。
友人ぼたんの姿がそこにあった。だが半端ない大きさだ。そう、まるで映画のスクリーンを見ているような感じ。
彼女はいつものごとくタバコをふかしながら、気だるそうにコブシを振り下ろしている。この動作には見おぼえがあった。パチスロのレバーを叩くときの動きだ。
信じられないことだが、これしか考えられない。アタシはいま、パチスロのなかの世界に存在しているらしい。
先日ぼたんと出かけた旅先で、はじめてパチスロを打った。ビギナーズ・ラックも手伝って大勝したのはよかったが、それ以降、アタシはどんなギャンブルにも手を出していない。
なぜアタシがこんな目に遭わなくてはいけないのか。むしろ、ぼたんが……いやいや、彼女を恨んでも仕方がない。でも誰かに当たりたくて仕方ない。
タキオカにこの憤懣をぶつけようと思った。そうして振り返ったのだが、もう彼の姿はなかった。




