第9話 さわっていいの
語り手:小学二年生 木下蓮(7歳)
◇
土曜日は、お父さんがいる。
平日はいないことが多い。
朝、起きたらもういないか、夜、寝たら帰ってくる。
土曜日だけ、ごはんを三回いっしょに食べる。
今日は、お父さんと外に出た。
どこに行くか、聞かなかった。
お父さんが歩くから、ついていった。
◇
町の外れに、赤い土の場所がある。
学校の帰り道に、遠くから見えることがある。
近くに行ったことは、なかった。
なんとなく、入ったらいけない気がしていた。
でも今日は、お父さんが柵の外で止まって、中を見ていた。
だから、隣に立った。
◇
土は、赤かった。
運動場の土とは、色が違う。
運動場は茶色だ。
これは、もっと赤い。
「ねえ、なんで赤いの」
お父さんは少し考えてから言った。
「そういう土なんだ」
「なんで」
「分からん」
お父さんが分からないことは、あまりない。
だから、少し驚いた。
◇
柵の中に、大人が一人いた。
しゃがんで、土を触っていた。
知らない人だった。
その人が、こっちに気づいた。
立ち上がって、柵のところまで来た。
「見に来たの」
お父さんが頭を下げた。
「すみません、子供が興味を持ちまして」
「いいですよ」
その人は、蓮を見て言った。
「触ってみる?」
◇
柵の中に入った。
お父さんも一緒に来た。
土の近くにしゃがむと、においがした。
雨の日の、外のにおいに少し似ていた。
「さわっていいの」
「どうぞ」
手を伸ばした。
ひんやりしていた。
思ったより、やわらかかった。
指で少し掘ったら、下の方が色が濃かった。
「下の方が赤いね」
「そうだね」
その人は、隣にしゃがんで言った。
「よく気づいたね」
◇
その人は、町長さんだと後でお父さんが言った。
町長さんが何なのかは、よく分からない。
えらい人らしい。
でも、しゃがんで土を触っていた。
えらい人のイメージと、少し違った。
◇
帰り道、お父さんに聞いた。
「あの土、なんかすごいの」
お父さんは少し間を置いてから言った。
「すごいらしい」
「なんで」
「よく分からんけど、この町が豊かなのは、あの土のおかげらしい」
豊か、という言葉の意味が、よく分からなかった。
「豊かってなに」
お父さんは、しばらく考えた。
「困らない、ってことかな」
「なにに」
「いろんなことに」
それ以上は、説明してくれなかった。
歩きながら、赤い土のことを考えた。
◇
家に帰って、お母さんに話した。
「赤い土、触ってきた」
「ああ、あそこね」
「お母さん、知ってた?」
「もちろん。生まれた頃からあるもん」
「なんか、すごいんだって」
お母さんは、少し笑った。
「そうみたいね」
「なんで」
「さあ」
お母さんも、よく知らないらしかった。
◇
夜、布団に入ってから、手のひらを見た。
もう土はついていない。
きれいに洗ったから。
でも、あのひんやりした感じは、まだ少し残っている気がした。
赤い土のことを、もう少し知りたいと思った。
なんで赤いのか。
なんですごいのか。
なんで、お父さんもお母さんも、よく知らないのか。
聞ける人が、いるような気がした。
今日、隣にしゃがんでくれた人だ。
◇
次に会ったら、聞いてみようと思った。
でも、また会えるかどうかは分からない。
とりあえず、寝ることにした。
明日も、あの畑は、あそこにある。
それだけは、分かった。




