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第9話 さわっていいの

語り手:小学二年生 木下蓮(7歳)



 土曜日は、お父さんがいる。


 平日はいないことが多い。

 朝、起きたらもういないか、夜、寝たら帰ってくる。


 土曜日だけ、ごはんを三回いっしょに食べる。


 今日は、お父さんと外に出た。

 どこに行くか、聞かなかった。

 お父さんが歩くから、ついていった。



 町の外れに、赤い土の場所がある。


 学校の帰り道に、遠くから見えることがある。

 近くに行ったことは、なかった。


 なんとなく、入ったらいけない気がしていた。


 でも今日は、お父さんが柵の外で止まって、中を見ていた。


 だから、隣に立った。



 土は、赤かった。


 運動場の土とは、色が違う。

 運動場は茶色だ。

 これは、もっと赤い。


「ねえ、なんで赤いの」


 お父さんは少し考えてから言った。


「そういう土なんだ」


「なんで」


「分からん」


 お父さんが分からないことは、あまりない。

 だから、少し驚いた。



 柵の中に、大人が一人いた。


 しゃがんで、土を触っていた。

 知らない人だった。


 その人が、こっちに気づいた。


 立ち上がって、柵のところまで来た。


「見に来たの」


 お父さんが頭を下げた。


「すみません、子供が興味を持ちまして」


「いいですよ」


 その人は、蓮を見て言った。


「触ってみる?」



 柵の中に入った。


 お父さんも一緒に来た。


 土の近くにしゃがむと、においがした。

 雨の日の、外のにおいに少し似ていた。


「さわっていいの」


「どうぞ」


 手を伸ばした。


 ひんやりしていた。

 思ったより、やわらかかった。


 指で少し掘ったら、下の方が色が濃かった。


「下の方が赤いね」


「そうだね」


 その人は、隣にしゃがんで言った。


「よく気づいたね」



 その人は、町長さんだと後でお父さんが言った。


 町長さんが何なのかは、よく分からない。

 えらい人らしい。


 でも、しゃがんで土を触っていた。

 えらい人のイメージと、少し違った。



 帰り道、お父さんに聞いた。


「あの土、なんかすごいの」


 お父さんは少し間を置いてから言った。


「すごいらしい」


「なんで」


「よく分からんけど、この町が豊かなのは、あの土のおかげらしい」


 豊か、という言葉の意味が、よく分からなかった。


「豊かってなに」


 お父さんは、しばらく考えた。


「困らない、ってことかな」


「なにに」


「いろんなことに」


 それ以上は、説明してくれなかった。


 歩きながら、赤い土のことを考えた。



 家に帰って、お母さんに話した。


「赤い土、触ってきた」


「ああ、あそこね」


「お母さん、知ってた?」


「もちろん。生まれた頃からあるもん」


「なんか、すごいんだって」


 お母さんは、少し笑った。


「そうみたいね」


「なんで」


「さあ」


 お母さんも、よく知らないらしかった。



 夜、布団に入ってから、手のひらを見た。


 もう土はついていない。

 きれいに洗ったから。


 でも、あのひんやりした感じは、まだ少し残っている気がした。


 赤い土のことを、もう少し知りたいと思った。


 なんで赤いのか。

 なんですごいのか。

 なんで、お父さんもお母さんも、よく知らないのか。


 聞ける人が、いるような気がした。


 今日、隣にしゃがんでくれた人だ。



 次に会ったら、聞いてみようと思った。


 でも、また会えるかどうかは分からない。


 とりあえず、寝ることにした。


 明日も、あの畑は、あそこにある。


 それだけは、分かった。


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