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赤土の畑のとなりで ―人口5000人の町に、何かがある―  作者: 泥靴


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第28話 海の底と畑の話

語り手:漁師 浜田健一(54歳)



十一月に入って、海が変わった。


水温が下がって、魚の動きが変わる。毎年のことだ。

ただ、今年は少し様子が違った。


赤みのある泥が、春先から入り始めた。

夏を過ぎて、秋になっても、続いていた。

量は増えてはいない。ただ、なくなりもしない。


春から、ずっと確かめてきた。

そろそろ、誠一に話す頃合いだと思った。



誠一に話すのは、難しくない。


三十年以上の付き合いだ。何を言っても、大げさに受け取るような男ではない。

ただ、話すからには、ちゃんと話したかった。


「泥が赤い気がする」だけでは、足りない。


春から何ヶ月か、観察を続けた。

場所の記録を取った。海図に印をつけた。

頻度と量を、ノートに書いた。

自分なりの資料、といえるものが、少しできた。


それを持って行く気にはなれなかった。

誠一に見せるのは、ノートではない。

ノートに書けないことの方が、大事だと思っていた。



会うのは、港にした。


電話で呼んだわけではない。

十一月の半ば、港で作業していると、誠一が歩いてきた。

たまにある。あいつは、ときどき港に来る。


「健一」


「おう」


それだけで、向こうも少し分かった顔をした。


何かあるな、と思っているのが伝わった。

三十年以上、そういうことが分かる。



防波堤の端に、並んで座った。


風があった。

海は少し荒れていた。この時期はそういう日が多い。


「春先から、変なものが網に入る」


「何が」


「泥だ。色が赤い」


誠一はすぐには返事をしなかった。

海の方を見ていた。


「どのあたりで」


「場所による。決まっていない。ただ、以前は入らなかった」


「量は」


「多くはない。ただ、なくなりもしない」


また少し間があった。


「色は、どんな赤だ」


その質問を、誠一がするのは分かっていた。


「あの畑の土に、似ている」



誠一は何も言わなかった。


海を見ていた。


俺も、特に何も言わなかった。

言いたいことは言った。あとは向こうが考える。


しばらくして、誠一が言った。


「いつ頃から」


「三月の終わりに最初に気づいた。四月、五月と続いて、夏を越した」


「魚への影響は」


「種類が少し変わった。量じゃない。入るものが変わった」


「今も続いているか」


「今朝も入った」


誠一は、少し頷いた。


深く頷く、ではない。ただ、受け取った、という感じの動き方だった。



「つながっているかもしれない」


誠一が言った。


「かもしれない、と思っている」と俺は言った。


「証拠はない」


「ない」


「確かめる方法も、今のところない」


「俺にはない。あんたの方が、何か分かるかと思っていた」


誠一は少し笑った。笑うような場面ではないかもしれないが、誠一はそういうときに笑うことがある。


「私も、分からない」


「そうか」


「ただ、あの畑は、この土地の全部とつながっている気はずっとしている。海も含めて」


「気がするだけか」


「気がするだけだ。証明はできない」



港の向こうに、海が広がっている。


春に赤い泥が入った漁場は、ここから見えない。沖の方だ。


「他の漁師には言ったか」と誠一が聞いた。


「言っていない。色のことは、俺以外は気にしていない」


「なぜ気にした」


「畑のことを知っているからだろう。あの土の色を、子供の頃から見ている」


誠一はまた少し黙った。


「話してくれて、よかった」


「遅くなった」


「急ぐ話じゃない」


「そう思って、待っていた」



「これから、どうする」と俺は聞いた。


「続けて見る」と誠一は言った。


「それだけか」


「それだけだ。今のところ」


「俺もそうする。記録は続ける」


「何かあれば、また話してくれ」


「ああ」


それで、話は終わった。


解決はない。結論もない。

ただ、言うべきことを言った。

誠一に受け取ってもらった。


それだけだったが、それで十分だった。



誠一が帰った後、もう少し港にいた。


この港に立つのは、三十五年になる。

子供の頃から来ていたから、もっと長い。


海は変わる。毎年少しずつ変わる。

水温が変わり、流れが変わり、魚の動きが変わる。

漁師はその変化に付き合うしかない。


赤い泥も、その変化の一つかもしれない。

何かの始まりかもしれない。

あるいは、一時的なことかもしれない。


どちらかは、今は分からない。

分からないまま、海に出るしかない。


それは、漁師として、ずっとやってきたことだ。



畑と海がつながっている、というのは、証明できない話だ。


ただ、この町の地面の下で、何かがつながっていることは、ずっと前から感じていた。

子供の頃、波止場から畑の方向を見ると、なんとなく、同じものを見ている気がした。

うまく言えない。ただ、そういう感じがあった。


誠一が畑をやり始めたとき、俺は「そうか」と思った。

あいつがやるべきことを、やっているという感じがした。

俺は海をやる。あいつは畑をやる。

それで、何かが続く。

そういうことだと、なんとなく思っていた。


今回の話は、その「なんとなく」が、少し具体的になっただけかもしれない。



翌朝、いつも通りに船を出した。


まだ暗かった。星が少し出ていた。


港を出ると、風が来た。

冷たかった。


海は静かだった。この時期にしては、穏やかな朝だ。


網を入れて、待つ。

引き上げて、確認する。


今朝も、泥が少し入った。


手に取って、見た。

赤みがある。


変わっていない。

続いている。


それだけのことを、ノートに書いた。

誠一にも、また話す日が来るだろう。

その日まで、見続ける。


海は急がない。

俺も、急がない。


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