第27話 三年ぶりの土
語り手:木下蓮(12歳)
◇
秋になったら連絡して、と町長に言われたのは、夏休みの終わりだった。
九月になって、すぐに電話しようかと思った。
ただ、「秋」というのがいつから秋なのか、少し迷った。
九月はまだ暑い日がある。
十月の初めに、父に相談した。
「電話してみていいかな」
「してみろ」
それだけだった。
◇
役場に電話すると、先に中島さんが出た。
夏に一度話したことがある人だ。
名前を言うと、すぐ分かってくれた。
「町長に取り次ぎますね」と言って、少し待った。
町長が出た。
「約束、覚えてますか」と聞いたら、
「覚えている」と言われた。
来週の土曜日の午前中に、畑で待っている、と言われた。
父も一緒に来るように、と。
電話を切って、父に報告した。
父は「そうか」と言った。
それ以上は何も言わなかったが、悪い顔ではなかった。
◇
土曜日の朝、七時に起きた。
父は、もう台所にいた。
「準備できたか」
「できた」
「ノートは」
「持った」
父は珍しく先に外に出た。
急いでいる感じはなかった。ただ、先に出た。
◇
畑の前に着くと、町長がもう来ていた。
長靴を履いていた。いつものジャケットではなく、作業着のような上着だった。
柵の外で待っていた。
「来たな」
「来ました」
町長が鍵を開けた。
柵の中に入ったのは、三年ぶりだった。
三年前は、父に連れてきてもらって、気づいたら中にいた。
今回は、自分でアポを取って、自分の足で来た。
同じ場所だが、少し違う感じがした。
◇
土の色は、三年前と変わっていなかった。
濃い赤だった。
写真で何度も見ていたし、柵の外からも何度も見ていた。
ただ、中から見ると、少し違う気がした。
量が、多い。
当たり前だが、外から見るより、内側の方が赤土が多い。
四方を囲まれている感じがした。
においがした。
三年前のことを、少し思い出した。
同じにおいだった。
◇
「触っていいですか」
町長に聞いた。
「どうぞ」
しゃがんで、土に手を触れた。
ひんやりしていた。
三年前と同じだった。
やわらかさも、同じだった。
ただ、なんというか、三年前より静かな感じがした。
最初に触ったとき、驚きがあった。
今は、驚きはない。
ただ、何かを確認している感じだった。
「下の方が、もっと赤かったと思うんですけど」
「少し掘ってみるか」
町長がしゃがんで、少し土を掘った。
表面から数センチのところに、濃い赤が出てきた。
「本当だ」
自分でも分かっていたことだが、声が出た。
◇
ノートを出して、記録した。
手触り。温度。色の変化。におい。
三年前には気づかなかったことを、今日はいくつか書けた。
「なんで赤いんですか」
また聞いた。夏に町長に会ったときも同じことを聞いた。
違う答えが返ってくるかもしれないと思ったわけではない。
ただ、また聞きたかった。
「鉄分が多いから、というのは聞いたことがあるか」
「あります。図書館の本に書いてあって」
「それが一つの理由だ。ただ、それだけじゃないと思っている」
「なんで鉄分が多いんですか」
「それが、よく分からないんだ」
「分からないんですか」
「私が生まれたときから、こうだった。なぜこうなったのかは、まだ分かっていない」
◇
町長が答えないことと、答えられないことは、違うのかもしれない、と思った。
夏に会ったとき、「なんで変わるんですか」と聞いたら、「分からない」と答えた。
今日の「なぜ鉄分が多いのか」も、「分からない」だった。
誤魔化している感じはなかった。
本当に分からない、と言っているのが、伝わった。
この人が何十年も考えてきて、まだ分からないことが、ある。
そのことが、少し意外で、少し安心した。
◇
「この畑は、誰かに渡すんですか」
自分でも、なぜその質問が出たか分からなかった。
町長は少し間を置いた。
「渡す、というのは」
「町長が引退したあとも、誰かが続けるのかなと思って」
「そうだな。誰かが続けていくだろうと思っている」
「どうやって」
「どうやって、というのは難しい質問だな」
少し考えてから、町長は言った。
「君がノートに書き続けることも、続けることの一つだよ」
何を言われているのか、すぐには分からなかった。
考えてから、少しだけ分かった気がした。
◇
父はずっと少し離れたところに立っていた。
こちらの話に入ってこなかった。
入ってこない方がいいと思っているのか、入りたくないのかは、分からない。
ただ、そこにいた。
一度だけ目が合った。
父は特に何も言わなかった。
◇
帰り際、もう一度だけ土を触った。
さっきと同じ感触だった。
ひんやりしていて、やわらかくて、重かった。
三年前、初めて触ったとき、何かが起きた感じがした。
はっきりした何かではない。ただ、何かが動いた気がした。
今日は、その感じはなかった。
代わりに、ここにあるものが、ここにある、という確認みたいな感覚があった。
驚きとは違う、別の何かだった。
上手く言葉にできない。
ノートに書こうとして、書けなかった。
◇
家に帰って、ノートの表紙を見た。
「赤土のこと――なぜ赤くて、なぜここだけなのか」
「まだ分からないことが、たくさんある」
夏に書いたタイトルだ。
今日、新しいことは分かったか。
少し考えた。
分かったことと、分からないことが、両方増えた気がした。
分かったこと:においは三年前と同じだった。深い方が赤い。町長も、なぜかは分からないと思っている。
分からないこと:なぜここだけなのか。持ち出すと変わる理由。何十年後も、あの土はあそこにあるのか。
ノートの余白に書いた。
「三年ぶりに触った。ひんやりしていた。同じだった。でも、少し違った気がした。うまく言えない」
◇
夕飯のとき、父に聞いた。
「父さんは、赤土、好き?」
父は少し考えた。
「好きとか嫌いとか、考えたことなかった」
「でも、ずっと関わってきたんでしょ」
「仕事だからな」
「仕事だから、好きじゃなくても続けてるの」
「仕事だから続けてる、じゃないな。続けたいから続けてる。仕事になったのは、その後だ」
父がそんな長く話すのは、珍しかった。
「俺も、続けたいと思う」
何を、とは言わなかった。
父も、何を、とは聞かなかった。
それでいいと思った。
◇
夜、布団に入りながら、畑のにおいを思い出した。
まだ少し、服に残っている気がした。
三年ぶりに触った土は、三年前と同じだった。
変わっていなかった。
ただ、同じだと分かるためには、三年前に触っておく必要があった。
そう気づいたら、三年前の記憶が少しだけ大切なものになった気がした。
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あとがき
いつもお読みいただきありがとうございます。
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