第3話 白衣の行き先を編集
語り手:この町で生まれ育った女子高生
朝のバスは、いつも同じ時間に来る。
乗る人間も、だいたい同じだ。
顔を見れば、誰がどこで降りるか分かる。
私は一番後ろに座ることが多い。
理由は特にない。落ち着くからだ。
窓の外には、畑が見える。
赤い土が、朝の光で少しだけ明るく見える。
あの畑について、詳しく知っている人は、たぶん多くない。
知らなくても困らないからだ。
私も、その一人だ。
「またテストあるん?」
隣に座った同級生が聞く。
「来週。化学」
「よくやるなあ」
そう言って、スマホを見始める。
特に会話が続くわけでもない。
この町では、そんなやりとりが多い。
将来は、医者になりたいと思っている。
理由を聞かれると、少し困る。
きっかけはあるが、それだけでは足りない気がする。
かといって、うまく説明できるほど整理もされていない。
ただ、この町には大きな病院がある。
町立の総合病院。
県内でも有数と言われている。
小さい頃、何度か世話になった。
祖母が入院したときも、ここだった。
看護師も、医者も、落ち着いていた。
忙しいはずなのに、慌ただしさをあまり感じなかった。
それが、印象に残っている。
「学費とか、どうするの?」
別の日、クラスでそんな話になった。
「医者って高いんでしょ」
「うちは無理だわ」
誰かが笑いながら言う。
私は少し考えてから答えた。
「町が出してくれるから、大丈夫」
「ああ、そうか」
それで話は終わった。
特別なことではない。
この町では、そういうものだ。
父は、町内の工場で働いている。
母は、スーパーに勤めている。
どちらも、“あの仕事”には関わっていない。
それでも、生活に困ることはない。
水道代の心配も、病院の費用も、あまり考えたことがない。
学校の教材費も、気にしたことはない。
当たり前だと思っていた。
中学のとき、一度だけ外から来た先生がいた。
期間限定の講師で、数ヶ月だけいた人だ。
その先生が、ある日言った。
「君たちの町は、少し特殊だよ」
何が、とは言わなかった。
誰かが聞いた。
「どこがですか」
先生は少し考えてから、言った。
「普通に暮らせる条件が、最初から揃っているところかな」
そのときは、よく分からなかった。
今も、あまり分かっていない。
帰り道、病院の前を通る。
ガラス張りの外来棟が、夕方の光を反射している。
出入りする人の顔は、どこか落ち着いている。
ここで働くことを、ぼんやりと想像する。
白衣を着て、診察をして、カルテを書く。
忙しいはずだが、不思議と嫌な感じはしない。
あの畑のことは、今でもよく知らない。
知ろうと思えば、聞ける相手はいる。
だが、聞いたことはない。
必要になったことがないからだ。
この町で生きていると、そういうものがいくつかある。
知らなくても、問題ないもの。
でも、確かにそこにあって、生活を支えているもの。
バスを降りて、家に向かう。
遠くに、赤土の畑が見える。
夕方の光で、少し暗くなっている。
あの土が、何を生んでいるのかは分からない。
ただ、それがあるから、この町がこうなっているのだろうとは思う。
医者になれたら、ここで働こうと思っている。
外に出ることも考えたが、あまりしっくりこなかった。
理由は、うまく言えない。
ただ、この町でいいと思った。
数年後のことを、たまに考える。
大学に行って、勉強して、戻ってくる。
その頃も、この町はたぶん変わらない。
畑があって、海があって、山がある。
そして、誰かが働いている。
何をしているのか、全部は知らないまま。
それでいいのだと思う。
私も、自分の仕事をするだけだからだ。




