第25話 言葉にしないまま、使う
語り手:町役場職員 中島勇(32歳)
◇
移住相談の担当になって、三年が経った。
問い合わせの件数は、今年に入ってさらに増えた。
去年の月平均が十四件。今年は、もう二十件を超えている月がある。
一人で対応できる量としては、そろそろ限界に近い。
上司に話したら、「もう少し様子を見よう」と言われた。
様子を見ながら、今日も電話を取っている。
◇
仕事の流れは、だいたい決まっている。
最初の問い合わせは、電話かメールだ。
概要を聞いて、資料を送る。
それで終わる人が半分くらいいる。
残りが、もう少し詳しく聞きたいと連絡してくる。
そこから、本格的な相談になる。
来町して実際に話す段階まで進む人は、さらに絞られる。
そこでこちらが判断する。受け入れるか、お断りするか。
文書化された基準は、今もない。
三年経っても、そこは変わっていない。
◇
先月、一人の男性と面談した。
四十二歳で、都市部でシステムエンジニアをしているという。
リモートワークが可能で、移住後も収入は維持できる。
家族はおらず、一人暮らしだ。
健康状態に問題はない。地域のコミュニティ活動にも参加したいと言っていた。
条件だけ見れば、申し分なかった。
ただ、話していて、少し引っかかるものがあった。
その日は、その「引っかかり」に名前をつけられなかった。
◇
その男性は、頭の良い人だった。
来る前に、この町について相当調べていた。
財政規模のこと、病院の規模のこと、農業生産量のこと。
数字を把握した上で来ていた。
「この町の財政モデルを、論理的に理解したいんです」と言った。
「それが分かれば、ここに来る理由がはっきりする」とも言った。
私は、いつも通りの説明をした。
詳しい内容についてはお答えできる範囲に限りがある、と。
男性は続けた。「その制限は理解しています。ただ、ある程度の仮説は立てていて……」
そこから、しばらく話が続いた。
悪意のある人ではなかった。本当に来たいと思っているのも、伝わった。
ただ、何かが、合わなかった。
◇
面談が終わった後、しばらく考えた。
あの人の何が、合わなかったのか。
条件はよかった。意欲もあった。
礼儀もあって、こちらの説明もきちんと聞いていた。
ただ、あの人はこの町を「解いてから来たい」と思っていた。
分かってから動く、という順番だった。
この町は、たぶん、分からないまま来る人間の方が、長続きする。
分かることに期待せずに、それでも来る人間の方が。
三年かけて感じてきたことを、その夜、初めてそういう形で言葉にした。
◇
結局、その男性には、今回はお断りの連絡をした。
理由の書き方に、毎回悩む。
「受け入れ枠の都合上」という定型文を使うが、本当の理由はそこではない。
本当の理由を文章にする方法が、まだない。
いや、あえて文章にしない方がいい、という気もしている。
「分からないまま来られる人」を基準にする、と書いたとして、
それを読んだ人が「では分からないままで来ます」と言ったとき、
その言葉が本物かどうかは、文書では判定できない。
基準を公開した瞬間に、基準が機能しなくなる。
そういう種類の基準が、この世の中にはある。
この町の移住基準は、たぶんそういうものだ。
◇
町長に、この話をしたことがある。
「断る理由が、うまく説明できなくて」と言ったら、
「説明できなくていい」と言われた。
「ただ、自分の中では分かっておかないといけないと思って」
「それはそうだ」
「今は、少しずつ分かってきている気がします」
「そうか」
それだけだった。
長い会話ではなかったが、確認になった。
◇
受け入れた人たちのことを、ときどき思い出す。
去年受け入れた、リモートワークのデザイナーの女性。
三年前に来た、農業をやりたいという六十代の夫婦。
五年前に来た、この町の出身者の配偶者として移ってきた人。
全員に共通しているのが何かを考えると、うまく言えない。
ただ、話しているとき、この町の「分からなさ」に対して、困っていなかった。
困っていない、というのも正確ではない。
分からないことを、問題だと思っていなかった、という感じだ。
受け入れた人のほとんどが、今もここにいる。
◇
赤土の畑のことを、直接聞いてくる問い合わせ者は、少なくない。
「あの畑は何を作っているんですか」
「農業関連の産業から収益を得ています」
「農業で、このような財政規模は普通じゃないですよね」
「詳しい内容については、お答えできる範囲に限りがあります」
ここで、どう反応するかを見る。
「それはおかしい」「もっと教えてほしい」という方向に行く人と、
「そうなんですね」と受け止めてそこで止まる人がいる。
どちらが多いかというと、前者の方が多い。
当然といえば当然だ。
納得できない方が、普通の反応だ。
ただ、私がここに受け入れたいのは、後者に近い人だ、ということが、今は分かっている。
◇
明文化しない、ということを、最初は「まだできていない」と思っていた。
三年経って、「しない方がいい」という考えに変わってきた。
文字にした基準は、文字を読んだ人間に使われる。
そうなった瞬間、基準の性質が変わる。
このことは、赤土の畑そのものと、少し似ているかもしれない。
持ち出すと変わる。名前をつけると変わる。
そういうものが、この町にはいくつかある気がしている。
移住基準も、そのひとつだと思う。
◇
今日の午後、一件の問い合わせメールが来た。
三十代の女性で、看護師をしているという。
この町の病院での勤務に興味があると書いてあった。
移住を前提にしたいと。
メールの最後に、こんな一文があった。
「詳しいことが全部分からなくても、実際に住んでみないと分からないことがあると思っています。まず話を聞かせてもらえますか」
返信を書いた。
「ぜひお話ししましょう」と。
それだけで十分だと思った。




