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赤土の畑のとなりで ―人口5000人の町に、何かがある―  作者: 泥靴


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第22話 ただの土ではない、ということ

語り手:帰還者 田中朔(29歳)



 戻ってきて、一年が経った。


 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。

 そしてまた、春が来ている。

  一年というのは、思ったより早かった。


 東京にいた頃の一年は、もっと長く感じた気がする。



 仕事は、今も同じだ。

 赤土の畑から出てくる数値を、扱いやすい形に整えて、次の人間に渡す。

 それだけだ。


 入った頃より、少し手際がよくなった。

 それ以外は、大して変わっていない。



 戻ってきた当初、この町は「異常」だと思っていた。


 住民税がない。医療費がかからない。子供が大学を出ても戻ってくる。

 東京を知っている目で見ると、全部が普通ではなかった。

 一年経った今、その感覚が薄くなっている。


 薄くなった、というのは正確ではないかもしれない。

 慣れた、とも少し違う。

 この町の普通が、自分の普通に戻りつつある、という感じだ。


 出る前に持っていた感覚が、少しずつ戻ってきている。



 先週、東京の友人から連絡が来た。


 就職して、一年が経ったという話をした。

 都市部の会社に入って、企画の仕事をしているらしい。

 忙しいが面白い、と言っていた。


 私の仕事の話も聞かれた。


「データの管理みたいなことをしてる」

「何のデータ?」

「農業関連の数値、みたいなもの」


「地味だね」

「そうかもしれない」


 地味、という言葉を、否定しなかった。

 否定する理由がない、とも思ったし、否定する気にならない、とも思った。



 仕事の中身を、外の人間に話せるかというと、難しい。

 別に守秘義務があるわけではない。

 ただ、話しても伝わらない。


 数値を整えて渡す、という説明は、嘘ではない。


 ただ、何のための数値を、何に向けて整えているのかを話すとき、言葉が追いつかなくなる。


 自分でも、よく分かっていないからだ。



 今年の初め、先輩に少し聞いたことがある。


 三十代の後半で、私の一つ上のポジションにいる。

 この町の出身で、ずっとここで働いてきた人だ。


「このデータって、他の施設のものと比べたことありますか」

「ある」

「どうでした」


 先輩は少し間を置いた。


「合わない」

「何が」

「数値のパターンが。他の場所のデータとは、前提が違う感じがする」


「前提が違う、というのは」

「うまく言えないが、ここの数値は、ここにいるから出てくる数値なんだと思う」


 それ以上の説明は、なかった。


 私も、それ以上は聞かなかった。



 ここにいるから出てくる数値。

 その言葉が、少し残った。


 数値というのは、本来どこでも同じものだと思っていた。

 二は、どこでも二だ。


 同じ条件で測れば、同じ結果が出る。

 それが、データというものの前提だ。


 ただ、先輩の言い方は、そうではなかった。

 この場所を離れたら、別の数値になる。

 あるいは、この場所でしか出ない数値がある。


 そういう意味に聞こえた。



 以前、外部の研究者が来たあとの話を、職場で聞いたことがある。

 土壌のサンプルを持ち帰ろうとした、という話だ。

 断られた、とも聞いた。


 なぜ断ったのかは、誰も教えてくれなかった。


 ただ、先輩の言葉と合わせて考えると、少し分かる気がした。


 持ち出すと、意味がなくなる。


 蓮という子供に、町長がそう言ったという話を、職場の誰かから聞いた。


 持ち出すと意味がなくなる土と、ここにいるから出てくる数値は、同じことを言っているのかもしれない。



 春の終わり頃、仕事で少し違うことが起きた。


 定例の数値整理をしていたとき、過去のデータと現在のデータを並べる作業があった。

 三年分のデータと、今年のデータを照合する。

 その作業を、入って以来何度かやってきた。


 いつもと同じ手順で進めていたとき、ふと気づいた。

 過去のデータを作ったのは、誰か、ということを。



 データにはそれぞれ、作成者の記録が残っている。

 三年前のデータは、別の担当者が作っている。

 その前は、また別の人間だ。


 十年前のデータを見ると、今の仕事のやり方の原型がある。

 誰かがその形を作って、次の人間に渡した。

 その次の人間が、また渡した。


 今の私は、それを受け取っている。


 そして私も、いつか誰かに渡す。



 その日、仕事が終わってから、少しだけ畑の近くを歩いた。


 日が傾いていた。

 赤土の色が、夕方の光で少し濃くなっていた。


 子供の頃は、ただの土だと思っていた。

 東京に出てから戻ってきたとき、ただの土ではないと分かった。


 それでも、見た目は変わらなかった。

 ただの土に見えるものが、ただの土ではない。

 それは一年前と同じだ。


 ただ、今日少し思ったことがある。



 この畑も、誰かから受け取ったものだ。

 町長が発見した。研究した。形にした。

 それを、今の住民が受け取っている。


 私が受け取っているデータも、同じだ。

 誰かが整えた数値を、私が受け取って、次に渡す。


 それは、この町がやっていることと、形が似ている。

 受け取って、続ける。

 続けることが、渡すことになる。



 たいした発見ではないかもしれない。


 ただ、仕事の意味が、少しだけ変わった気がした。

 数値を整えるのは、情報を保存するためだ、と思っていた。

 それだけではないかもしれない、と思い始めた。


 誰かから受け取ったものを、次の人間に渡す。

 そのための仕事だ。


 渡された先で何になるかは、私には分からない。

 分からなくても、渡すことはできる。



 帰り道、スーパーに寄った。


 米と、豆腐と、野菜を買った。

 どれも、この町で作られたものだ。

 米を作った人を、私は知らない。


 ただ、誰かが作って、誰かに渡した。

 私は、それを受け取って、食べる。

 そういうことが、この町ではたくさんある。


 当たり前すぎて、誰も言わない。



 夜、自分の部屋の窓から、畑の方向を見た。


 暗くて、何も見えない。

 それでも、そこにある、ということは分かる。

 出ていた頃は、ここにあることを忘れていた。

 戻ってきて、また知った。


 一年経って、それが当たり前になりつつある。

 当たり前になることを、悪いことだとは思わない。


 当たり前として受け取ることが、ここにいるということの意味なのかもしれない。



 東京にいた頃の友人に、「地味だね」と言われた。

 否定しなかった。


 ただ、今日の帰り道に、少し思った。

 地味なことが、長続きする。

 長続きするものが、続いていく。


 続いていくものの中に、自分がいる。

 それが今の自分の場所だ、と言い切れるかどうかは、まだ分からない。


 ただ、それが悪い場所だとは、もう思っていない。


 一年前より、少しだけはっきりと。


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