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第17話 値段のつかないもの

語り手:企業担当者 藤堂修(50歳)



 断られた理由を、帰りの車の中でもう一度考えた。


 聞いた。答えも返ってきた。

 ただ、意味が分からなかった。



 商社に勤めて二十六年になる。


 主に国内の農業関連事業の投資と提携を担当してきた。

 大きい話も、小さい話も、数えきれないほどやってきた。

 断られることも、もちろんある。


 ただ、断られ方には、だいたいパターンがある。

 条件が合わない。時期が悪い。社内の合意が取れない。


 そのどれでもなかった。



 この町に目をつけたのは、半年ほど前だ。

 調査部門から上がってきたレポートがきっかけだった。


 人口規模の割に、生産量が異常だという指摘があった。

 財政規模も、説明がつかない水準だった。


 何かある、と思った。

 何かあるところには、ビジネスがある。


 それが、この仕事の基本だ。



 アポを取るのに、一ヶ月かかった。


 窓口が分かりにくかった。役場に連絡すると、担当部署に回された。

 担当者は丁寧だったが、話が前に進まなかった。

 三回やりとりして、ようやく町長との面会が取れた。


 来る前に、提案書を作った。

 共同出資による生産拡大。販路の全国展開。技術のライセンス化。


 どれも、相手にとって悪い話ではないはずだった。



 町に着いたのは、朝だった。


 想像より、静かな町だった。

 スーパーがある。病院がある。学校がある。

 ただ、どこも、急いでいない。


 役場の応接室で待っていると、町長が来た。

 五十五歳だと聞いていた。

 穏やかな人だった。圧を出してくる感じではない。


 ただ、こちらの話を、静かに聞いている。



 一時間、話した。


 用意してきた資料を使いながら、丁寧に説明した。

 生産量の拡大によるスケールメリット。外部資本の導入による設備投資。全国流通に乗せることで得られる利益の試算。


 町長は、最後まで聞いた。

 途中で遮ることも、メモを取ることも、しなかった。


 ただ、聞いていた。


 説明が終わると、少し間を置いてから言った。


「ありがとうございます。お断りします」



 想定はしていた。最初からうまくいくとは思っていない。


 理由を聞いた。そこから交渉に入るつもりだった。


「理由を教えていただけますか」


 町長は少し考えてから言った。


「必要がないからです」


 私は続けた。


「生産量を増やすことで、収益は大きく改善できます。今の設備では、ポテンシャルの三割も使えていないはずです」

「そうかもしれません」

「それでも、必要がない、と」

「ええ」


 間が空いた。私はもう少し踏み込んだ。


「今の収益に満足している、ということですか」

「満足、というより」


 町長は少し言葉を選んでから続けた。


「今の量が、適切だと思っています」

「適切、というのは」

「これ以上増やす理由が、今のところない」



 私には、その答えの意味が分からなかった。


 増やせる。増やせば儲かる。なぜ増やさないのか。

 ビジネスの論理では、説明がつかない。


 利益を最大化しない選択を、経営判断として取る理由が、見えなかった。


 もう一度聞いた。


「町の財政をさらに豊かにする機会です。住民へのメリットも大きい」

「今の住民は、今の水準で困っていません」

「将来的なリスクヘッジという観点では」

「それは、私たちが考えます」


 静かな言い方だった。


 拒絶、というより、終わり、という感じだった。



 帰り際、案内の職員に少しだけ話しかけた。


 三十代の、おとなしそうな男だった。


「こういう話、よく来るんですか」


 男は少し間を置いてから答えた。


「増えてきてはいます」

「みんな、断られるんですか」

「だいたいは」

「なんで断るか、あなたは分かりますか」


 男は少し考えた。


「必要がないからじゃないですか」


 町長と同じ言葉だった。



 車に乗って、来た道を戻った。


 助手席に、使わなかった提案書がある。

 必要がない、という言葉を、何度か頭の中で繰り返した。


 ビジネスの場で、その言葉を聞くことはある。

 ただ、あの言い方は、少し違った。


 強がりではない。

 突っぱねているわけでもない。

 本当に、必要がない、と思っている顔だった。


 そういう顔を、長い仕事の中で、あまり見たことがなかった。



 会社に戻って、上司に報告する。


 断られた。条件の問題ではない。

 先方に、外部と組む意思がない。

 それだけを言う。


 それ以上は、うまく説明できない。


 必要がないから断った、という理由を、会社の言葉に直す方法が、今のところ見つからない。



 帰りの道で、一度だけ振り返った。


 町が、遠くなっていた。

 海が見えた。畑が見えた。

 あの赤土が、何を生んでいるのかは、結局教えてもらえなかった。


 ただ、あの町が何を必要としていないかは、少しだけ分かった気がした。

 それが何の役に立つのかは、分からない。


 ただ、帰り道ずっと、そのことを考えていた。



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