第16話 受け入れる理由、断る理由
語り手:町役場職員 中島勇(31歳)
◇
問い合わせの件数を、月ごとに記録している。
今年に入ってから、数字が変わった。一月は三件だった。二月は五件。三月は九件。四月は十二件。
増え方が、緩やかではない。
◇
役場に勤めて八年になる。住民窓口を三年やって、今は移住相談の担当になって二年目だ。
最初の頃は、問い合わせ自体が少なかった。月に一件あるかないか、という時期もあった。
それが今は、週に三件を超えることがある。
対応しながら、追いつかなくなる日が来るかもしれないと思い始めた。
◇
問い合わせの内容は、だいたい似ている。
移住を検討している。町のことを知りたい。生活環境を教えてほしい。
丁寧に答える。町の概要、気候、交通、医療、教育。
だいたいそこで、相手が少し静かになる。医療費がかからない、と言ったあたりで。
「本当ですか」
「ええ」
「住民税もですか」
「そうです」
しばらく間が空く。
「なぜそんなことが」
「町の財政の構造上、そうなっています」
「財源は」
「特定の産業からの収益です」
「どんな産業ですか」
「農業関連です」
「農業で、そんなに」
そこで、私は言葉を選ぶ。
「詳しい内容については、お答えできる範囲に限りがあります」
相手は、大抵もう少し聞こうとする。私は、同じ答えを繰り返す。
◇
問い合わせのあった人が、実際に移住を希望するケースは、今のところ多くない。
話を聞いて、腑に落ちないまま終わる人が多い。それでいいと思っている。
ただ、中には本気で来たいという人がいる。そういう人への対応が、難しい。
受け入れ枠は、限られている。
誰を受け入れて、誰を断るか。その判断を、私がしなければならない。
◇
基準は、文書にはなっていない。
町長に聞いたことがある。着任して最初の頃だ。
「移住の受け入れ基準って、どこかに書いてありますか」
「書いていない」
「判断は、どうすれば」
「話してみれば、分かる」
「何が分かるんですか」
「この町で生きていける人かどうか」
それ以上は、教えてもらえなかった。
◇
話してみれば分かる、という言葉を、最初はうまく使えなかった。
何を話せばいいのか。何を聞けばいいのか。
試行錯誤しながら、二年やってきた。
今は少しだけ、分かることがある。
この町に来たい理由が、この町の「恩恵」だけの人は、長続きしない。
住民税がないから。医療費がかからないから。そういう理由だけで来る人は、たいてい一年以内に出ていく。
逆に、長続きしそうな人には、共通点がある。
うまく言えないが、この町の「静けさ」に対して、拒否反応がない人だ。
説明されないことを、不満に思わない人だ。
◇
先月、一人の女性から問い合わせがあった。
三十代で、都市部でデザインの仕事をしているという。リモートワークができるから、場所を選ばない。自然の近くに住みたい。
話を聞いていて、最初は「恩恵目的」の人かと思った。
医療費や住民税の話を出すと、少し驚いていた。ただ、そこで食いついてくることはなかった。
「それより、海が近いのがいいんですよね」と言った。
少し続けて話した。
「静かな場所がいいんです。説明しにくいんですけど、騒がしくない場所で仕事したくて」
私は、少しだけ聞き方を変えた。
「この町には、分からないことが多い。聞いても教えてもらえないことも、ある。それは大丈夫ですか」
女性は少し考えてから言った。
「分からないことがあるのは、普通じゃないですか」
その答えを聞いて、この人は大丈夫かもしれないと思った。
◇
断るのは、難しい。
相手に悪意はない。この町に来たいという気持ちも、本物だ。
それでも断らなければならないことがある。
断った後、理由を文書で出してほしいと言われることがある。
「受け入れ枠の都合上、今回はご希望に添えません」と書く。
それ以上は、書けない。書ける言葉が、手元にない。
◇
明文化されていないものを運用する、ということの難しさを、この二年で少しずつ理解してきた。
基準がないのではない。ある。
ただ、言葉にすると、嘘になる。言葉にした瞬間に、その基準ではなくなる気がする。
そういうものが、この町にはいくつかある。
◇
先週、町長と短く話す機会があった。
「問い合わせが増えています」
「知っている」
「対応が追いつかなくなるかもしれない」
町長は少し考えてから言った。
「急がなくていい」
「断る件数が増えることになります」
「それでいい」
「理由を聞かれます」
「答えられる範囲で答えればいい」
それだけだった。
◇
今日も、三件の問い合わせがあった。
一件は、話を聞いて終わった。二件は、資料を送ることになった。
三件とも、最終的にどうなるかは分からない。
電話を切るたびに、少しだけ考える。
この町は、何を守ろうとしているのか。
受け入れる理由と、断る理由の、どちらにも共通して、何かがある。
それが何なのかは、まだ言葉にできていない。
ただ、二年前よりは、少しだけ近づいている気がする。
それだけで、今はいいと思っている。




