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赤土の畑のとなりで ―人口5000人の町に、何かがある―  作者: 泥靴


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第16話 受け入れる理由、断る理由

語り手:町役場職員 中島勇(31歳)



 問い合わせの件数を、月ごとに記録している。


 今年に入ってから、数字が変わった。一月は三件だった。二月は五件。三月は九件。四月は十二件。


 増え方が、緩やかではない。



 役場に勤めて八年になる。住民窓口を三年やって、今は移住相談の担当になって二年目だ。


 最初の頃は、問い合わせ自体が少なかった。月に一件あるかないか、という時期もあった。

 それが今は、週に三件を超えることがある。


 対応しながら、追いつかなくなる日が来るかもしれないと思い始めた。



 問い合わせの内容は、だいたい似ている。


 移住を検討している。町のことを知りたい。生活環境を教えてほしい。

 丁寧に答える。町の概要、気候、交通、医療、教育。


 だいたいそこで、相手が少し静かになる。医療費がかからない、と言ったあたりで。


「本当ですか」

「ええ」

「住民税もですか」

「そうです」


 しばらく間が空く。


「なぜそんなことが」

「町の財政の構造上、そうなっています」

「財源は」

「特定の産業からの収益です」

「どんな産業ですか」

「農業関連です」

「農業で、そんなに」


 そこで、私は言葉を選ぶ。


「詳しい内容については、お答えできる範囲に限りがあります」


 相手は、大抵もう少し聞こうとする。私は、同じ答えを繰り返す。



 問い合わせのあった人が、実際に移住を希望するケースは、今のところ多くない。

 話を聞いて、腑に落ちないまま終わる人が多い。それでいいと思っている。


 ただ、中には本気で来たいという人がいる。そういう人への対応が、難しい。

 受け入れ枠は、限られている。

 誰を受け入れて、誰を断るか。その判断を、私がしなければならない。



 基準は、文書にはなっていない。


 町長に聞いたことがある。着任して最初の頃だ。


「移住の受け入れ基準って、どこかに書いてありますか」

「書いていない」

「判断は、どうすれば」

「話してみれば、分かる」

「何が分かるんですか」

「この町で生きていける人かどうか」


 それ以上は、教えてもらえなかった。



 話してみれば分かる、という言葉を、最初はうまく使えなかった。

 何を話せばいいのか。何を聞けばいいのか。


 試行錯誤しながら、二年やってきた。


 今は少しだけ、分かることがある。


 この町に来たい理由が、この町の「恩恵」だけの人は、長続きしない。

 住民税がないから。医療費がかからないから。そういう理由だけで来る人は、たいてい一年以内に出ていく。


 逆に、長続きしそうな人には、共通点がある。

 うまく言えないが、この町の「静けさ」に対して、拒否反応がない人だ。


 説明されないことを、不満に思わない人だ。



 先月、一人の女性から問い合わせがあった。


 三十代で、都市部でデザインの仕事をしているという。リモートワークができるから、場所を選ばない。自然の近くに住みたい。


 話を聞いていて、最初は「恩恵目的」の人かと思った。

 医療費や住民税の話を出すと、少し驚いていた。ただ、そこで食いついてくることはなかった。


 「それより、海が近いのがいいんですよね」と言った。


 少し続けて話した。


「静かな場所がいいんです。説明しにくいんですけど、騒がしくない場所で仕事したくて」


 私は、少しだけ聞き方を変えた。


「この町には、分からないことが多い。聞いても教えてもらえないことも、ある。それは大丈夫ですか」


 女性は少し考えてから言った。


「分からないことがあるのは、普通じゃないですか」


 その答えを聞いて、この人は大丈夫かもしれないと思った。



 断るのは、難しい。


 相手に悪意はない。この町に来たいという気持ちも、本物だ。

 それでも断らなければならないことがある。


 断った後、理由を文書で出してほしいと言われることがある。


 「受け入れ枠の都合上、今回はご希望に添えません」と書く。


 それ以上は、書けない。書ける言葉が、手元にない。



 明文化されていないものを運用する、ということの難しさを、この二年で少しずつ理解してきた。


 基準がないのではない。ある。


 ただ、言葉にすると、嘘になる。言葉にした瞬間に、その基準ではなくなる気がする。


 そういうものが、この町にはいくつかある。


 先週、町長と短く話す機会があった。


「問い合わせが増えています」

「知っている」

「対応が追いつかなくなるかもしれない」


 町長は少し考えてから言った。


「急がなくていい」

「断る件数が増えることになります」

「それでいい」

「理由を聞かれます」

「答えられる範囲で答えればいい」


 それだけだった。



 今日も、三件の問い合わせがあった。


 一件は、話を聞いて終わった。二件は、資料を送ることになった。

 三件とも、最終的にどうなるかは分からない。

 

 電話を切るたびに、少しだけ考える。

 この町は、何を守ろうとしているのか。

 

 受け入れる理由と、断る理由の、どちらにも共通して、何かがある。

 

 それが何なのかは、まだ言葉にできていない。

 ただ、二年前よりは、少しだけ近づいている気がする。

 

 それだけで、今はいいと思っている。



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