白銀の狼は夜を切り裂く。
時刻は十一時半、仕事の為に俺は嵐山の外れにある竹林の中を歩いていた。
今夜ここで能力犯罪者と一戦を交えるらしい。
ボスから渡された資料をスマホで確認しながら標的を探す。
ボスから貰った狐面を片手にいつでも戦闘に入れるよう準備した。
やがて資料に明記されていたターゲットを発見し、なるべく音を立てずにゆっくりと近づく。
大きく息を吐き、辺りの心象力を感知する。
異常はない。奴らは能力をまだ発動していないようだ。
接敵まであと十メートル。
戦闘の前に俺は今一度、ボスの説明を思い出すのだった。
◇
「今から今回の仕事について説明していくよ」
長い長い訓練が終わった後、ボスによる仕事の説明が始まった。
「まずは連絡用のスマホを渡しておくね。詳細な情報は追って他の部下から連絡されるよ」
渡されたスマホをポケットにしまい、俺はボスに大まかな説明を求めた。
「どうやって標的の能力犯罪者と戦うんですか?」
「これを使う」
そう言ってボスが取り出したのは出会った時にも付けていた狐の面だった。
訓練の時に渡されていた事を思い出し、懐から同じ狐の面を俺も取り出した。
「今まで能力犯罪者を誘き出すのに流した情報が狐の面を付けた能力者が能力の秘密を知っているってものなんだ」
「なるほど、狐の面を持っていれば勝手にあっちからやってくると……」
「ああ、だから士狼は能力犯罪者と会敵してからの事だけを考えていれば良いんだよ」
世界中の能力者において能力の先の秘密は囮として十分すぎる情報だ。俺がこの狐面を持っている限りどう足掻いても戦うのは必然という事だ。
「敵は二人、能力を連携させてくる可能性も考えて慎重に行動すること。二人の基本情報は既にスマホに送っておいた。あとで確認しておいてね」
「了解です。仕事までの時間はどうすれば?」
「好きに街をブラブラしてて良いよ。時間になったら連絡するし」
自由時間か何しようかなあ、と耽っているとボスからの補足が飛んできた。
「ちなみに俺は別の仕事があるから緊急時以外は手伝わないから、よろしく」
そう言ってボスはこの部屋をあとにした。
まあボスは他にも仕事があるだろうし、そんな気はしていた。
仕事について有り難いことに戦闘以外は一人では無いらしい。
直接出会う事はあまり無いだろうけど、色々なサポートを期待しておこう。
「あと、相手を殺すかどうかは君の裁量に任せるよ。捕まえられればそれで良いから、じゃあね」
ひょっこり戻ってきたボスから俺にとって一番大事な事について言及された。
これで少しは気が楽になった。
そんな感じで居なくなったボスに続いて俺はその場をあとにし、街で暇潰しに勤しむのであった。
◇
「あいつらが今回のターゲットか……」
標的の能力犯罪者二人にはまだバレていないようだ。もしくは分かっていて俺の接近を許しているのか……。
余計な心配はすべきではないと切り捨て状況がどう転んでも良いように心を備えた。
まあ暗闇でスマホ使ったり、すでに能力を使用している俺に気付いて無かったら相当のバカって事になるけどな。
俺はもう一度確認の為、スマホの資料に目を落とした。
狼の目は夜の暗闇の中でもよく見える。
向かって右の臆病そうな男がネス・テレキス、二十代後半つまりはアラサーだ。その紫の髪は能力の影響なのだろう。
そして、その隣の覚悟が決まってそうな青年がタイト・ビジュー・ミヌレ、俺より若い十代でスラム街出身らしい。金髪に銀の目は外人だからなのか、能力のせいなのか……。
ともかく目の前の二人は目的の能力犯罪者に間違いない。
「——待て、そこから動くな」
確信を得てさらに近付こうとした俺に、向かって左の青年——タイトがはっきりと俺の目を見て警告してきたのだ。
さすがに見えていたらしい。
しかし、能力犯罪者を誘き出す囮としては十分な成果だ。
俺はその場——彼らから五メートル離れた地点——で足を止め、相手の反応を待った。
「何者だ? 狐面の能力者では無さそうだが……」
探るようにタイトは俺を観察している。不用意に攻撃してこないあたり、相当戦い慣れているのだろう。
「いやいやいや、どう考えたって怪しすぎるって。一旦、殺しとこう」
一方ネスは得体の知れない俺の存在が不安なのか物騒なことを言い出した。
「——はあ、落ち着けみっともない。こいつがどっちでも情報は必要だ」
そんなネスを嗜め、タイトは冷静に俺を見つめている。隙が出来そうに無いだろうな。
このままでは埒が明かないので俺は口火を切る為の会話を仕掛けた。
「あんたらが知りたいのはこれの事だろ?」
そう言って俺は狐の面を奴らの前に突き出した。
「まさか、お前が……いや、違うな。聞いていた話とは印象が違う」
タイトは俺をボスとは違う敵であると判断したらしい。
「じゃあ、どうすんだよ。依頼は失敗か?」
さっきから狼狽えっぱなしのネスにタイトは落ち着いた様子で自分の考えを話す。
「いいや、こいつが狐の面を持っているなら本当の持ち主についても何か知っているはずだ。それを聞き出す」
どうやら、やる気らしい。
しかし、主導権は渡すつもりは毛頭ない。
「……悪いけど、あんたらにはここで俺にやられてもらう」
俺の言葉に二人は心象力を心の奥から体全体へ立ち昇らせた。臨戦態勢だ。
俺は先手を取るべく、様子見していた二人より僅かに早く能力を発動させた。
「——能力発動【白銀の孤狼】」
能力の発動と同時に走り出した俺は白銀になりながら標的を定める。
決めた。戦いに自信のありそうなタイトを先に叩く事にした。
「能力発——」
タイトが能力を発動しようとするも、俺の今のスピードには間に合わない。
拳に力を込め、タイトの無防備な腹に繰り出す訓練の末に編み出した技が今、炸裂し……なかった。
俺の拳は、技は、タイトに当たる寸前の位置で鉄の盾で防がれていた。
能力は別に能力名を口に出さなくても発動できる。
しかしながら発揮される効果は言うのと言わないのとでは大きな差があるとボスから教わった。
それにもかかわらずしっかり能力を使った俺の攻撃を防ぐとは、本気で殺しにかからなければ捕まえる事は厳しいだろう。
「能力発動【鉱石の軌跡】」
再度、口上にて能力を発動し十二分に効果を発揮させたタイト。
「のっ、能力発動【リネドー】」
遅れて後ろのネスも慌てて能力を発動した。
見た感じの変化は無いが、何か目に見えないタイプの能力なのだろうか。
これ以上は考えてもしょうがない。
能力は発動されたが、まだ俺の間合いだ。とりあえずもう一発殴っておこう。
至近距離で今度はタイトの胸部を強打しようとパンチを繰り出した。
「無駄だ。もうお前の攻撃は通らない」
再び俺の攻撃を鉄の盾で完璧に受け止めたタイトは冷徹にそう言い放った。
「そして、今度はこちらが攻撃する番だ!」
一旦後ろに退き、体勢を整えようとする俺目掛けて容赦のない追撃が飛んでくる。
狼の動体視力で確認すると、飛んできたのは鉄の斧だった。
即座に爪による攻撃で叩き壊し、撃墜する。
しかし、壊したところでまた新しい鉄の斧が竹藪の隙間を縫って飛んでくる。
防御しながら確認すると、タイトの周りの空間に無数の鉄の斧が漂っているのが見えた。
しかも投擲される度に在庫を補充されていき、無くなる気配が全くない。
上手く射線を竹で切ってやろうかとも思ったが、失敗した時のリスクが大きい。止めておこう。
ちなみに原理はよく分からないが、戦闘による影響で竹藪や建物などが壊れる事は無いそうだ。
だから、気にせず思いっきりやれるという事だ。
それにしても、止めどないな。この斧の投擲はいつ終わるんだ。
異常な攻撃の頻度だ。普通に能力を使ってもここまでの圧は出せないはず……。
いかに能力者として俺より優れていてもあり得ない。
そう判断した俺は鉄の斧の弾幕を弾き落としながら、心象力での感知を試みた。
そうすると見えてなかった相手の状態がより鮮明に見えてきた。
心象力の軌跡が俺に真実を詳らかに明かした。
余りにも影が薄いんで忘れていたが敵は二人だ。
無尽蔵にも思えた鉄の斧の投擲の絡繰りは単純明快、能力の連携によるものだった。
タイトはただ鉄の斧を作っていただけに過ぎない。
その裏で隠れながら能力で操作して俺を狙っていたのがネスだったのだ。
簡素な作りの斧を作るだけなら、作成に特化した能力であれば、使用する心象力は少なく済むのだろう。
なら狙うは後衛のネスだ。
ボスも真っ先に潰すなら面倒な後衛からだと言っていたし、操作しているネスを倒せば自動的にこの攻撃も止まる。
「まずはお前を潰す」
方針を決めた俺はネスを指差し、わざと宣言した。
これでより警戒を強め、前衛であるタイトは俺の動きを強く意識し無視できなくなり、臆病な後衛のネスは俺の攻撃を恐れてさらに距離を取った。
しかしそれは互いの援護が行き届かなくなる行動だ。
聞いていた情報通り雇われた能力犯罪者の寄せ集めである二人の連携は見てわかるくらいの付け焼き刃だ。
だから、陣形さえ崩せば倒すのは容易い。
駆け出した俺を止めようと鉄の斧が四方から迫り来る。
だが、問題ない。
俺は二時と十時の方向から飛んでくる鉄の斧を弾き、五時と七時の方向からやってきた鉄の斧にぶつけた。
ネスの所まで着くのにまだ攻撃は飛んでくるだろう。
なんならタイト本人が俺の動きを止めに真っ向からやってきている。
「——俺が相手だ。これ以上は、行かせない!」
ここで突破しなければまた振り出しに戻ってしまう。
「——今、ここで決める!」
ここが正念場だ。次の選択でこの戦いの行方が決まる。
タイトが眼前に迫る中、大きく息を吸った俺は一度きりの切り札を切ることにした。
その切り札とは——。
「——ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」
俺の渾身の遠吠えが辺りに響き渡る。
これが俺のとっておき、狼の如き雄叫びだ。
「グッ——」
タイトの様子を見るに効果覿面だ。
一時的に体が硬直し、この間は何も出来ない。
透かさず俺は加速し同じく痺れている様子のネスに接近する。
当然、ネスは動けない。
肉薄し間近で見たネスは怯え切った顔をしていたが、まあどうでもいい。
俺は不発だった必殺技を今度こそはとネスの腹に繰り出した。
「狼爪撃!」
——決まった。
「————」
普通の人間なら穴が空いているような重い一撃を腹にぶち込まれたネスは声にならない声を上げ気を失ってしまった。
狼爪撃はオーラのようなもので爪を形どり威力を高め一点突破の一撃を放つ技だ。
多分、並大抵な相手ではまともに当たれば受け切るのは不可能だろう。
「……あとは、お前だけだ」
足元に転がるネスに見向きもせず俺は硬直の解けたタイトにそう告げた。




