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白銀の狼は血に濡れている。  作者: 真田遼一朗
白銀の狼は気高く吠える。
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血狐のレッスン③

「覚悟は良い?」


 分身を二人用意したボスが手に持つ小太刀の一振りを俺に向け、戦闘の準備を問う。


「本当に戦うんですね」


「ああ、さっき言った通り俺に一撃でも喰らわせられれば士狼の勝ちだよ」


 今でもいまいち戦う気になれない俺をよそにずっと変わらないテンションでボスは話を進める。


「君は優しいところはすごく良いと思ってる。声を掛けた理由の一つでもあるしね。でも、これから能力者とやっていくにはもっと強かになった方が良い」


 ボスは俺が思っている以上に俺のことを考えてくれているようだ。


「あと、俺に対する気遣いは不用だよ。だって俺人間じゃ無いし」


「え、冗談ですよね?」


 唐突な意味不明な発言に俺は即座にそう尋ねた。


 だが、静かに首を振り、ボスは冷たい目で言い放った。


「まあそれに関してはこれ以上多くは語らないが、一つ言わせてもらうと士狼、お前じゃ俺を殺すどころか傷すら付けられないよ」


 空気が変わった。対峙するボスから戦う意志を感じる。


 いくら言っても気の乗らない俺に業を煮やしたのか、今にも攻撃を仕掛けてきそうな様子だ。


 ボスの強さはよく分からない。


 知らないって意味じゃなくて強いとか弱いとかそういう次元で測れない実力だという事だ。


 俺はボスの発言や態度から訓練であろうとも戦いは避けられないと知り、いよいよ覚悟を決め戦闘態勢に入った。


「……だから、せめて俺を失望させないでくれよ——」


 言い終わると同時に戦いは始まった。


 分身の銃使いが発砲し、俺の眉間を狙う。


 瞬時に俺は腕、詳しくは能力による爪で二発の銃弾を弾いた。


 連射してこない事を確認すると、俺は装填の隙に奴との距離を詰める。


 が、すかさずもう一人の分身の槍使いがその長いリーチを生かし攻撃を仕掛けてくる。


 攻撃を難なく避け、俺は槍使いに反撃の拳を喰らわせた。


 槍使いはその槍で俺の攻撃を受け、完璧にいなし、ただ後退するだけに勢いを留めた。


 戦況は変わらず槍使いと銃使いに挟まれたまま、少し離れたボスは諦観しているのみ。


 そんな中、未だ吹っ切れていない俺は心の奥で思考した。


 やはり、気が乗らない。


 別に俺はボスが言う様な良い人間では無い。


 説明を受けた以上、戦う事自体に抵抗感はもう無くなった。


 しかし、気が乗らないのは相手がボスだからだ。


 だって、そうだろう。今日だけでも色々と世話になった相手と訓練とは言え戦うなんて俺はやりたくなかったのだ。


 けど、ここまでボスに言わせたんだ。いい加減ちゃんとしなくちゃならない。


 俺は本気で戦う覚悟を決めた。


 とは言っても勝てる気は依然しないけど——。


 感覚を極限まで研ぎ澄まし、敵を倒すべく俺は仕掛ける。


 あくまでも訓練である事から分身とボスの使える戦闘方法はそれぞれ一つ。


 実際はもっと色々と出来るんだろうけど、それは除外して良い。


 そんな無茶苦茶な事はしないと、この約二時間でのやりとりから信頼できる。


 この条件であれば、ボスの言っていた通り俺の能力がいかに戦闘に向いているかが分かる。


 銃使いが先程と全く同じ所作から全く同じ場所に二発の赤い弾丸を放ってきた。


 リロードした素振りは無かった。


 恐らく武器を作った時と同じ様に能力で銃の内部に直接作り、装填したのだろう。


 連続で撃てなくてもリロードを効率化することで隙を最小限にしている。


 なら、狙うのはこちらではなく槍使いの方だ。


 弾丸なら片手間でも俺の能力で簡単に対処できる。


 しかし、銃使いを倒そうとすれば槍使いは背後から必ずその長い槍で邪魔してくる。


 全速力で駆け抜けてもいいが、まだ動きのない本体であるボスの攻撃が少し怖い。


 よって槍使いを最優先に排除する。


 俺は定期的に飛んでくる弾丸を弾きながら槍使いに接近した。


 槍使いも応戦してくるが、俺は強化された動体視力で全てを躱す。


 躱した瞬間体を低くし槍使いの足元に滑り込み、腹に拳を叩き込む。


 諸にくらった槍使いは後方へ吹っ飛んだ。これで俺を取り囲む陣形が崩れた。


 銃使いは依然として同じ攻撃を止めない。


 元から攻撃の脅威が然程ない上に前衛のいなくなった中衛は優先度が低い。


 俺は弾丸を弾きながら一直線にボスの元へ走り出した。


「——ブラッドスラッシュ」


 ボスが手に持った小太刀二振りで放った赤い十字の斬撃が俺を襲う。


 俺はすんでのところで左方に転がり避け、馬鹿でかい範囲攻撃をやり過ごした。


「へえ、避けたか。やっぱり戦闘向きの能力だね。さらに上げていくよ」


「——くっ!」


 言葉の通りにボスからの攻撃の激しさは増していった。


 いつの間にか復帰してきた槍使いと銃使いにまた挟まれ、その二人を対処し抜け出そうとするとボスによる範囲斬撃で押し戻されてしまう。


 おまけに感知しようとしても心象力が全く感じられない。実力差が大きいとこんなにも分からなくなるものなのか。それとも、上手く隠しているのか。


 このままじゃ埒が明かないと考えた俺は自分の使える手札を確認した。


 狼の能力は主に接近戦が得意だ。


 まだ本格的に使っていない爪、牙はもちろんやろうと思えば動きを封じる手だってある。


 けど、一気に使えば通用しなかった場合のリスクは計り知れない。


 やはり今の状況で一番使えるのは人間離れしたこの膂力だ。


 大事なのは能力そのものではなく、それを使う人間の知恵であり意志でもある。


 勝利への道筋は見えた。


 あとは、突き進むだけだ。


 心に思うは地を駆ける白銀。


 誰にも捉えられない誇り高き狼。


 心の奥から漲る力が俺を後押しする。


「能力発動【白銀の孤狼】」


 ふと、心から零れる様に俺はその文言を呟いていた。


 次の瞬間、俺は槍使いの方へ真っ向からぶつかりにいった。


 俺は突き出された槍の柄を掴み、グイッと引き寄せた。


 力比べなら負ける気はしない。


 俺は槍を離す気のない槍使いを槍ごと持ち上げた。


 さすがのボスも分身を巻き込んでの攻撃はしてこない。


 俺はそのまま持ち上げた槍使いを反対側の銃使いに向けて砲丸投げみたいに回りながら投げ飛ばした。


 弾丸のリロードが間に合っていようと射線に仲間が居れば撃てない。


 撃てたとしても先程までのような精密な射撃は出来ないだろう。


 狙い通り投げた槍使いは綺麗な放物線を描き銃使いに衝突した。


 間髪いれず俺は最高速度でボスに肉薄する。


 その結果、斬撃を放つ隙さえ与えずに自分の最も得意な間合いに持ち込んだ。


 ボスは逃げずに近距離で迎え撃つつもりだ。


 俺はさらに速度を上げ、二本の小太刀の間を狙い拳を放つ。


 この距離において俺の攻撃を防ぐ術はなく、拳はボスの胸へと叩き込まれた……はずだった。


 気付くとボスの体は無数の紅葉となり、上方へ飛んで行き消えてしまったのだ。


 手応えは確かにあった。だが、あそこまで近づいたにも関わらず心象力は感じ取れなかった。


 あれも偽物だったのか、という考えが過る頃にはもう遅かった。


 注意を払っていた後方の分身の気配も消え、振り返ってもそこには何も残っていなかった。


「何が……」


「ふふ、分からないかい?」


「っ、後ろ——」


 急に現れたボスの背後からの言葉と微かな心象力に振り返るも、一陣の風と共に視界に埋め尽くされる程の数の紅葉が俺をすり抜け反応を一瞬遅らせきた。


「はい、首ちょんぱで死んでお仕舞い、だよ。俺の勝ちだね」


 目を開け、声のした方へ首を向けると、俺の首筋に背後から手刀を当てているボスと目が合った。


「……はあ。何、やったんですか」


 俺は観念して能力を解き、負けを認めてボスに一連の絡繰りを尋ねた。


「心象能力だよ。士狼は勘が鋭いから、ちょっと見える情報をごまかしただけ」


「そんなことまで出来るんですか。全然分からなかった。……俺、やっていけますかね」


 本体の居場所も最初から騙されてたし……と落ち込む俺にボスは訓練の結果を受けてのアドバイスを述べた。


「そうだね、大事なのは先入観に囚われない事と結論を出すのを急ぎすぎない事かな。いかなる状況でもあらゆる可能性を考えて敵を攻略するのが戦いの基本だよ」


「……分かりました」


 とりあえず能力を使って戦う事に関しては感覚としては分かった気がする。


 あとはもっと能力、自分の心を感覚ではなくより明確に知ることが出来れば——。


「その様子だと、自分の心象をもっと理解したいんだろう?」


「なっ、なんで分かったんですか?」


「ふふ、そりゃあ俺に分からない事は無いからね」


 怪訝な表情を返してもボスは構わず話を続けた。


「そんな君にアドバイスだよ」


 そう言ってボスは意味深な事を言い出した。


「心の輪郭をなぞれ。そうすれば、自ずと感覚でだが見えてくるはずだ。自分の本質が……」


 正直、この言葉の詳細なことは何も分からない。


 でも、これからやっていく上で役に立つ気がする。自分の勘だけど。


「よく分かんないけど、覚えておきます」


「まあ、何となくでいいから覚えておくと良いよ」


 ボスは再び赤い小太刀を作り、訓練の再開を提案をしてくる。


「時間もあるし、仕事までにもう少し軽い訓練を続けようか」


「はい。お願いします」


 訓練は仕事の時間までまだまだ続いたのだった。

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