表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/117

第94話 「もう一度」

 雨は、恵みだった。



 だが。



 一度降った恵みは。



 二度目を求められる。



 都市では、新王の命令により工事が進んでいた。


 貯水池。


 井戸。


 新たな水路。



 石を積み。


 土を掘り。


 人々が汗を流す。



「……ちゃんと動いてますね」


 リリアが呟く。


 エルミナが静かに頷く。


「ええ」


「一定数は理解しています」


 セリスが低く言う。


「……長期合理層」


 ノアが笑う。


「でも全員じゃない」



 その通りだった。



 広場の別側。



 工事へ向かわぬ者たちが集まっていた。



 白布。


 光の印。


 そして声。



 “もう一度、雨を”。



「……うわ」


 リリアが顔をしかめる。



 彼らは悪人ではない。



 老いた者。


 病を抱える者。


 日雇いで疲れた者。


 明日の糧すら不安な者。



 彼らにとって。



 井戸完成は遠い未来だ。



 奇跡は、今すぐの救いだった。



「……」


 アレンは黙って見る。



 責められない。



 苦しい者ほど、今日を求める。



「……厄介ですね」


 エルミナが静かに言う。


「理屈ではなく、切実さです」


 セリスが低く続ける。


「……正論で切れない」


 ノアが笑う。


「こういう時が一番難しい」



 新王は広場へ出る。



 歓声と怒号が同時に飛ぶ。



 奇跡を呼べ。


 神に願え。


 王ならできるだろう。



 新王は静かに聞く。



 そして。



 水路の図面を掲げる。


 貯水池の進捗を示す。


 収穫予測を示す。



「……」


 リリアが苦笑する。


「真面目すぎる……」



 民衆の一部は頷く。


 だが一部は怒る。



 今欲しいのは図面じゃない。


 水だ。



「……」


 アレンが小さく息を吐く。



 新王は間違っていない。



 だが。



 今苦しい者に、未来計画は薄い。



 その夜。



 街角で新しい歌が流れ始めた。



 “神は優しい”


 “王は神を隠している”


 “願えば雨は降る”



「……また来ましたね」


 リリアが呆れる。


 エルミナが静かに言う。


「扇動です」


 セリスが低く続ける。


「……奇跡ポピュリズム」


 ノアが笑う。


「言葉強いね」



 翌日。



 工事現場で争いが起きた。



 働く者たちが言う。


 自分たちは汗を流している。



 祈るだけの者たちは言う。


 神を信じることも働きだ。



「……地獄」


 リリアが呟く。



 石が投げられる。


 殴り合い。


 道具が壊れる。



 新王は兵を出し、止めさせる。



 だが。



 止めても。



 割れた心は戻らない。



「……」


 高台。


 新王が一人で立つ。



 アレンが現れる。



 新王は振り返らない。



 ただ。



 都市を指す。


 割れた広場を指す。


 空を指す。



「……」


 エルミナが静かに読む。


「あなたなら止められる」



 続けて。



 新王は自分の胸を叩く。


 首を横に振る。



「……」


 セリスが低く言う。


「……自分では届かない」



 リリアが息を呑む。


「……頼んでる」



 アレンは黙る。



 ここで雨を降らせれば。



 争いは止む。


 王も救われる。


 民も喜ぶ。



 だが。



 また次が来る。



 雨。


 病。


 飢え。


 戦争。



 そのたびに。



 神を呼ぶ世界になる。



「……」


 ノアが珍しく真顔で言う。


「これ、神として最悪の選択だね」



 沈黙。



 アレンは都市を見る。



 泣く子。


 疲れた母。


 怒る男。


 働く者。


 祈る者。



 皆、生きようとしている。



「……」


 リリアが小さく言う。


「どっち選んでも、誰か泣きますね」



 アレンは少しだけ笑う。



「……だから嫌なんだよ」



 そして。



 前へ出る。



 都市全体の上空へ。



 全員が見上げる。



 神だ。



 再び。



 歓声が上がる。


 涙が流れる。



 祈りの声。



 アレンは手を上げる。



 雲が集まる――



 かと思われた。



 だが。



 降ったのは、雨ではなかった。



 空に巨大な図が描かれる。



 水路の完成図。


 貯水池の位置。


 井戸の掘削点。


 畑の区画整理。



「……え?」


 リリアが固まる。



 都市中が静まる。



 アレンの声が、直接響く。



「……奇跡は一度だ」



 さらに。



「次は、お前らが作れ」



 沈黙。



 誰も動けない。



 雨を期待した者は呆然とし。


 働く者は目を見開き。


 新王は、静かに笑った。



「……」


 エルミナが小さく微笑む。


「見事です」


 セリスが低く言う。


「……救済ではなく指針」


 ノアが笑う。


「教育型神様だ」



 アレンは最後に。



 工事現場を指す。


 祈る群衆を指す。


 そして。



 同じ場所を指した。



「……一緒にやれ」



 その一言で。



 広場の空気が変わる。



 祈る者も。


 働く者も。



 少しずつ、動き始める。



 完全ではない。



 だが。



 割れた世界が。


 再び繋がり始めた。



 新王は高台からアレンを見る。



 深く頭を下げた。



 今度は王としてではなく。



 一人の人として。



 アレンは鼻で笑う。



「……礼はいらねぇ」



 空へ消える。



 都市では。



 初めて。



 神に頼らず。


 神に学んで。



 人が動き出していた。



――第94話 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ