第94話 「もう一度」
雨は、恵みだった。
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だが。
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一度降った恵みは。
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二度目を求められる。
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都市では、新王の命令により工事が進んでいた。
貯水池。
井戸。
新たな水路。
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石を積み。
土を掘り。
人々が汗を流す。
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「……ちゃんと動いてますね」
リリアが呟く。
エルミナが静かに頷く。
「ええ」
「一定数は理解しています」
セリスが低く言う。
「……長期合理層」
ノアが笑う。
「でも全員じゃない」
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その通りだった。
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広場の別側。
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工事へ向かわぬ者たちが集まっていた。
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白布。
光の印。
そして声。
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“もう一度、雨を”。
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「……うわ」
リリアが顔をしかめる。
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彼らは悪人ではない。
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老いた者。
病を抱える者。
日雇いで疲れた者。
明日の糧すら不安な者。
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彼らにとって。
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井戸完成は遠い未来だ。
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奇跡は、今すぐの救いだった。
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「……」
アレンは黙って見る。
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責められない。
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苦しい者ほど、今日を求める。
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「……厄介ですね」
エルミナが静かに言う。
「理屈ではなく、切実さです」
セリスが低く続ける。
「……正論で切れない」
ノアが笑う。
「こういう時が一番難しい」
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新王は広場へ出る。
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歓声と怒号が同時に飛ぶ。
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奇跡を呼べ。
神に願え。
王ならできるだろう。
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新王は静かに聞く。
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そして。
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水路の図面を掲げる。
貯水池の進捗を示す。
収穫予測を示す。
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「……」
リリアが苦笑する。
「真面目すぎる……」
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民衆の一部は頷く。
だが一部は怒る。
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今欲しいのは図面じゃない。
水だ。
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「……」
アレンが小さく息を吐く。
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新王は間違っていない。
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だが。
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今苦しい者に、未来計画は薄い。
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その夜。
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街角で新しい歌が流れ始めた。
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“神は優しい”
“王は神を隠している”
“願えば雨は降る”
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「……また来ましたね」
リリアが呆れる。
エルミナが静かに言う。
「扇動です」
セリスが低く続ける。
「……奇跡ポピュリズム」
ノアが笑う。
「言葉強いね」
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翌日。
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工事現場で争いが起きた。
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働く者たちが言う。
自分たちは汗を流している。
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祈るだけの者たちは言う。
神を信じることも働きだ。
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「……地獄」
リリアが呟く。
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石が投げられる。
殴り合い。
道具が壊れる。
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新王は兵を出し、止めさせる。
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だが。
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止めても。
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割れた心は戻らない。
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「……」
高台。
新王が一人で立つ。
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アレンが現れる。
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新王は振り返らない。
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ただ。
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都市を指す。
割れた広場を指す。
空を指す。
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「……」
エルミナが静かに読む。
「あなたなら止められる」
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続けて。
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新王は自分の胸を叩く。
首を横に振る。
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「……」
セリスが低く言う。
「……自分では届かない」
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リリアが息を呑む。
「……頼んでる」
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アレンは黙る。
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ここで雨を降らせれば。
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争いは止む。
王も救われる。
民も喜ぶ。
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だが。
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また次が来る。
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雨。
病。
飢え。
戦争。
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そのたびに。
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神を呼ぶ世界になる。
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「……」
ノアが珍しく真顔で言う。
「これ、神として最悪の選択だね」
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沈黙。
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アレンは都市を見る。
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泣く子。
疲れた母。
怒る男。
働く者。
祈る者。
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皆、生きようとしている。
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「……」
リリアが小さく言う。
「どっち選んでも、誰か泣きますね」
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アレンは少しだけ笑う。
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「……だから嫌なんだよ」
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そして。
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前へ出る。
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都市全体の上空へ。
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全員が見上げる。
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神だ。
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再び。
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歓声が上がる。
涙が流れる。
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祈りの声。
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アレンは手を上げる。
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雲が集まる――
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かと思われた。
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だが。
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降ったのは、雨ではなかった。
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空に巨大な図が描かれる。
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水路の完成図。
貯水池の位置。
井戸の掘削点。
畑の区画整理。
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「……え?」
リリアが固まる。
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都市中が静まる。
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アレンの声が、直接響く。
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「……奇跡は一度だ」
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さらに。
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「次は、お前らが作れ」
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沈黙。
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誰も動けない。
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雨を期待した者は呆然とし。
働く者は目を見開き。
新王は、静かに笑った。
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「……」
エルミナが小さく微笑む。
「見事です」
セリスが低く言う。
「……救済ではなく指針」
ノアが笑う。
「教育型神様だ」
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アレンは最後に。
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工事現場を指す。
祈る群衆を指す。
そして。
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同じ場所を指した。
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「……一緒にやれ」
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その一言で。
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広場の空気が変わる。
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祈る者も。
働く者も。
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少しずつ、動き始める。
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完全ではない。
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だが。
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割れた世界が。
再び繋がり始めた。
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新王は高台からアレンを見る。
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深く頭を下げた。
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今度は王としてではなく。
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一人の人として。
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アレンは鼻で笑う。
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「……礼はいらねぇ」
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空へ消える。
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都市では。
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初めて。
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神に頼らず。
神に学んで。
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人が動き出していた。
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――第94話 完




