第90話 「呼ぶ者」
敗れた者ほど、危険になる。
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神殿派は追い詰められていた。
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地下拠点は摘発され。
過激派は捕らえられ。
民衆の支持も失いつつある。
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新王の支持は高い。
食料は安定し。
法は機能し。
都市は静けさを取り戻していた。
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「……終わりそうですね」
リリアが呟く。
エルミナが静かに首を振る。
「いいえ」
「追い詰められた思想は、最も危険です」
セリスが低く言う。
「……合理を失う」
ノアが笑わずに言う。
「ここからだよ」
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その夜。
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塔の地下、さらに奥。
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古い石室。
初代時代の遺構。
誰も使わなくなった空間。
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そこに。
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老いた神殿長と、少数の信奉者がいた。
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中央には。
古い記録板。
裂け目の図。
初代王の痕跡。
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「……」
アレンの目が細くなる。
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嫌な場所だ。
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古い記録ほど、誤読される。
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神殿長は空を指し。
裂け目の図を叩き。
拳を握る。
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「……何て?」
リリアが聞く。
アレンが低く答える。
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「……神は沈黙していない」
「呼び方を忘れただけだ、ってな」
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「うわ……」
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エルミナが静かに言う。
「初代時代の接触記録を儀式書と誤認しています」
セリスが低く続ける。
「……危険」
ノアが笑う。
「来たね」
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彼らは準備を始めた。
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塔の中心軸。
かつて象徴だった場所。
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そこへ。
火を円形に配置する。
石板を並べる。
複数人で同時に声を出す。
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「……あれ」
リリアが顔色を変える。
「昔の次元干渉、再現してません?」
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アレンは答えない。
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その沈黙が、答えだった。
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彼らは知らない。
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初代が到達できたのは。
進化と偶然と積み重ねの果てだ。
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形だけ真似ても。
普通なら、何も起きない。
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普通なら。
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「……」
アレンが空を見る。
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だが今は違う。
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境界は以前より薄い。
交流で揺らぎ続けている。
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条件が悪い。
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新王にも報告が届いた。
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深夜の王宮。
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側近たちが慌ただしく動く。
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神殿派残党が塔を占拠。
儀式を実施中。
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「……止めますよね」
リリアが言う。
エルミナが静かに頷く。
「当然です」
セリスが低く言う。
「……武力制圧」
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だが。
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新王は即答しなかった。
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塔を壊せば象徴を傷つける。
神殿派を殉教者にする危険もある。
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「……賢いですね」
リリアが言う。
「すぐ突っ込まない」
アレンが小さく頷く。
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「……学んでる」
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新王は自ら塔へ向かった。
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兵を最小限に。
民衆には知らせず。
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混乱を広げないためだ。
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塔内部。
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火は揺れ。
神殿長は狂気じみた目で声を上げる。
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新王が前に出る。
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武器を向けず。
ただ止めるよう促す。
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神殿長は笑う。
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王は偽物。
法は鎖。
神が真実を示す。
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「……テンプレですね」
ノアが笑う。
「黙れ」
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その瞬間。
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空気が、沈んだ。
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「……っ」
リリアが息を呑む。
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火が一斉に揺れる。
塔の石が軋む。
空間が微かに捻れる。
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「……まずい」
アレンが初めて即答する。
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エルミナが静かに言う。
「干渉が始まっています」
セリスが低く続ける。
「……小規模裂け目形成」
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神殿長たちは歓喜する。
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見ろ。
神は応えた。
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だが。
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違う。
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応えたのではない。
こじ開けかけているだけだ。
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制御なしに。
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「……新王、逃げろ」
アレンが低く呟く。
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新王は異常を理解した。
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兵へ退避を命じる。
民衆封鎖も指示する。
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判断が早い。
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「……やっぱ優秀ですね」
リリアが言う。
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だが。
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神殿長は退かない。
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さらに火を足し。
さらに声を上げる。
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裂け目が、開く。
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小さい。
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だが黒い。
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今までの交流の裂け目とは違う。
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荒れている。
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「……っ」
エルミナが目を細める。
「不安定です」
セリスが低く言う。
「……崩壊型」
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塔全体が揺れる。
石が落ちる。
火が走る。
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民衆は外で混乱する。
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神殿長は笑い続ける。
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神が来る。
神が裁く。
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「……」
アレンの目が冷える。
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ここまで見守ってきた。
彼らの選択を尊重してきた。
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だが。
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これは違う。
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世界そのものを壊す行為だ。
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「……」
リリアが小さく言う。
「……動きますか」
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沈黙。
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次の瞬間。
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アレンが一歩、前へ出た。
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空間が止まる。
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火が静止する。
石の落下が止まる。
裂け目の揺れも止まる。
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「……っ!?」
新王が初めて、空を見る。
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そこに。
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“本物”がいた。
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神殿長の笑顔が凍る。
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呼んだつもりの神は。
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願いを叶える存在ではなかった。
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ただ。
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世界の管理者だった。
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アレンが静かに言う。
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「……呼ぶ相手、間違えたな」
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――第90話 完




