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第86話 「見た者、知らぬ者」

 時は、流れた。



 都市はさらに広がり。


 道は石で固められ。


 建物は高くなり。


 火は生活の一部となった。



 文字は増え。


 記録は積み重なり。


 制度は洗練される。



 文明は、進んだ。



「……なんか普通に国ですね」


 リリアが呟く。


 市場には物が並び。


 役人が記録を取り。


 水路には人が集まる。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「成熟段階に入りました」


 セリスが低く言う。


「……安定国家」


 ノアが笑う。


「退屈なくらい平和だね」



 だが。



 平和の裏で。



 別の変化が起きていた。



 王。



 最初に越えた個体。


 都市を導いた存在。



 その歩みが、遅くなっていた。



「……」


 アレンが黙ってその姿を見る。



 背は少し丸まり。


 動きは慎重になり。


 以前の鋭さは薄れている。



「……老いたな」



 リリアが小さく言う。


「……ああいうのもあるんですね」


 エルミナが静かに頷く。


「ええ」


「生命が続く以上、当然です」


 セリスが低く言う。


「……支配者にも終わりがある」


 ノアが笑う。


「ここから面白いよ」



 王は今も尊敬されている。



 だが。



 未来永劫ではない。



 誰もが知っている。



 “次”が必要だと。



 広場では。


 若い個体たちが議論していた。



 力ある者。


 知識ある者。


 血縁らしき近しい者。


 人気のある者。



「……選挙みたいですね」


 リリアが言う。


 アレンが鼻で笑う。


「……派閥争いだ」



 一方で。



 もっと深い問題があった。



 新しい世代。



 彼らは。



 “神を見ていない”。



「……あ」


 リリアが気づく。


「そっか」


「今の若い子たちって……」


 エルミナが静かに言う。


「裂け目の制限後に生まれた世代です」


 セリスが低く言う。


「……体験がない」


 ノアが笑う。


「伝聞だけ」



 彼らにとって神とは。



 王の時代の伝説。


 古い記録。


 親の語る昔話。



 実感のないものだった。



 若者たちは笑う。


 裂け目の話を。


 “誇張だ”と。



「……」


「……あるあるですね」


 リリアが苦笑する。



 逆に。



 一部の若者は。



 過剰に神へ傾倒した。



 見ていないからこそ。


 理想化する。



 空想する。



 “神は万能で、すべてを救う”。



「……極端ですね」


 エルミナが言う。


 セリスが低く続ける。


「……現実を知らぬ信仰」


 ノアが笑う。


「人類って感じ」



 都市の一角。



 新しい集団が現れていた。



 白い布をまとい。


 古い記録を掲げ。


 王の時代を神聖視する者たち。



「……また面倒そうなの来ましたね」


 リリアが顔をしかめる。


 アレンが小さく息を吐く。



「……神話化だな」



 事実だったものが。



 時間とともに。



 物語へ変わる。



 裂け目は一瞬で空を割った。


 王は神と語った。


 神は王を選んだ。



 どれも。



 少しずつ。



 盛られていく。



「……」


 アレンが空を見る。



 面白い。



 そして面倒だ。



 その夜。



 王が一人で座っていた。



 静かな高台。


 都市を見下ろす場所。



 アレンは姿を見せない。


 だが見ている。



 王は空を見る。



 昔と同じように。



「……」


 何も言わない。



 ただ。



 疲れた目だった。



「……」


 リリアが小さく言う。


「……寂しそう」


 エルミナが静かに頷く。


「ええ」


「自分の後に続く者たちを案じています」


 セリスが低く言う。


「……最後の責任」


 ノアが笑わずに言う。


「王って大変だね」



 翌日。



 王は民衆を集めた。



 中央広場。



 静まり返る都市。



 王はゆっくり前に出る。



 そして。



 自分の胸を叩く。


 次に、地面を指す。


 そして。



 若い者たちを指した。



「……」


「……譲る?」


 リリアが呟く。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「継承宣言です」


 セリスが低く言う。


「……退位」


 ノアが笑う。


「綺麗だね」



 ざわめきが広がる。



 王は続ける。



 空を指す。


 首を横に振る。



 そして。


 民衆を指す。



「……?」


 リリアが首をかしげる。


 アレンが小さく答える。



「……神は答えない」


「決めるのは、お前らだ」



「……」


 広場が静まる。



 それは。



 王の最後の教育だった。



 神に頼るな。


 伝説に逃げるな。


 未来は、自分たちで選べ。



「……」


 リリアが目を潤ませる。


「……いい王ですね」


 アレンは少しだけ笑う。



「……ああ」



 王は、空を見上げる。



 ほんの一瞬。



 アレンと視線が合う。



 そして。



 静かに頷いた。



 礼だった。



 アレンも。



 わずかに頷き返す。



「……」


 ノアが笑う。


「エモいね」


「うるせぇ」



 時代は変わる。



 見た者は去り。


 知らぬ者が残る。



 だが。



 それでいい。



 文明とは。



 そうやって続くものだ。



――第86話 完

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