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第85話 「裁き」

 言葉で始まった争いは。



 やがて、言葉では止まらなくなる。



 都市は、表面上は静かだった。


 道は整い。


 市場は動き。


 火は絶えず灯っている。



 だが。



 その裏で。



 分断は、深く進んでいた。



「……空気悪いですね」


 リリアが小さく呟く。


 中央広場。


 人は集まる。


 だが、以前のような一体感はない。


 視線が割れている。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「共同体意識が崩れ始めています」


 セリスが低く言う。


「……陣営化」


 ノアが笑う。


「来たね」



 王派。



 秩序と安定を支持する者たち。



 反乱派。



 神の名を掲げ、“真の平等”を訴える者たち。



「……でも平等って言ってるだけですよね」


 リリアが顔をしかめる。


 アレンが短く答える。


「……ああ」


「権力取りたいだけだ」



 その夜。



 都市の倉庫区画。



 火が上がった。



「……っ!」


 リリアが立ち上がる。


「放火!?」


 エルミナが静かに言う。


「計画的です」


 セリスが低く言う。


「……食料庫」


 ノアが笑う。


「過激派になったね」



 混乱が走る。


 食料備蓄が燃える。


 民衆は不安になる。



 そして翌日。



 反乱派は叫ぶ。



 王は守れなかった。


 神は新しい導きを求めている。



「……最低ですね」


 リリアが吐き捨てる。


 アレンの目が細くなる。



 さらに数日後。



 裂け目の近く。



 王派の役人個体が襲われた。



 石器。


 火具。


 集団暴行。



「……」


 エルミナが静かに言う。


「死者が出ました」


 セリスが低く続ける。


「……初の政治的殺傷」


 ノアが笑みを消す。


「ここから重いよ」



 都市は、武装し始めた。



 王派は警備を増やす。


 反乱派は地下で人数を集める。



 路地で殴り合い。


 広場で怒号。



「……もう内戦寸前じゃないですか」


 リリアが言う。


 アレンは黙る。



 原因の一部は、自分だ。



 “神”という概念。


 “裂け目”という特権。



 それが権威になり。


 奪い合いの対象になった。



「……」


 リリアが横目で見る。


「……責任、感じてます?」



 少し沈黙して。



「……少しな」



 エルミナが静かに言う。


「介入されますか」


 セリスが低く言う。


「……今なら抑止可能」


 ノアが言う。


「でもそれ、神の裁きになるよ」



 沈黙。



 もしアレンが動けば。



 一瞬で終わる。


 反乱派の前に姿を見せ。


 否定すればいい。



 だが。



 それは。



 以後ずっと。



 “問題が起きたら神が裁く世界”になる。



「……」


 アレンは空を見る。



 それは。



 彼らの成長を止める。



 その時。



 王が動いた。



 武装兵を率いるのではない。


 ひとりで。



 反乱派の集会所へ向かった。



「……え?」


 リリアが目を見開く。


「一人で!?」


 エルミナが静かに言う。


「命懸けです」


 セリスが低く言う。


「……統治者の賭け」


 ノアが笑う。


「いいね」



 集会所の中。



 怒号。


 敵意。



 だが王は、武器を持たない。



 ゆっくり前に出る。



 反乱指導者が笑う。


 勝ち誇るように。



 そして空を指し。


 神の名を叫ぶ。



 王は黙って聞く。



 それから。



 自分の胸を叩く。


 次に、民衆を指す。


 次に、焼けた倉庫の方向。


 倒れた役人の方向。



 そして。



 反乱指導者を指す。



「……」


 リリアが息を呑む。


「……全部お前が壊した、って?」


 アレンが小さく頷く。



 反乱指導者が怒鳴る。



 だが王は、さらに一歩前へ出る。



 空を指す。


 首を横に振る。



「……」


 エルミナが静かに言う。


「神は命じていない」


 セリスが低く言う。


「……責任転嫁の否定」


 ノアが笑う。


「強いね」



 ざわめきが広がる。



 民衆は知っている。


 倉庫が燃えたこと。


 役人が死んだこと。


 生活が苦しくなったこと。



 “神のため”で腹は満たされない。



 反乱指導者の声が弱まる。



 王は最後に。



 裂け目を指す。


 そして民衆を指す。



 “見に行け”



「……!」


 リリアが言う。


「独占してないって証明した!」


 エルミナが微笑む。


「見事です」


 セリスが低く言う。


「……公開による権威解体」


 ノアが笑う。


「完勝だね」



 反乱派の中から。



 一人。


 二人。



 武器を下ろす者が出る。



 流れが変わる。



 反乱指導者は叫ぶ。


 だが、もう響かない。



「……」


 アレンは小さく息を吐く。



 裁く必要はなかった。



 彼らが。



 自分たちで裁いた。



「……すげぇな」


 リリアが言う。


 アレンが小さく笑う。



「……ちゃんと育った」



 エルミナが静かに言う。


「あなたが手を出さなかったからです」


 セリスが低く言う。


「……自治成立」


 ノアが笑う。


「神様、失業だね」


「黙れ」



 夜。



 都市にはまだ火種が残る。


 死者も出た。


 傷も残る。



 だが。



 それでも。



 この世界は一歩進んだ。



 “神の裁き”ではなく。



 “自分たちの判断”で。



 アレンは空を見る。



「……次は何だ」



 文明は。



 止まらない。



――第85話 完

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