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第82話 「知りすぎた者たち」

 交流は、想像以上に早く進んだ。



 こちら側へ来る者。


 向こう側へ戻る者。


 その流れは、日ごとに洗練されていく。



 裂け目は細く保たれ。


 通行数は制限され。


 秩序は維持されていた。



「……すごいですね」


 リリアが呟く。


「普通こういうのって、もっとグチャグチャになりません?」


 エルミナが静かに微笑む。


「ええ」


「ですが、彼らはすでに“社会”を持っています」


 セリスが低く言う。


「……規律がある」


 ノアが笑う。


「賢いね」



 先頭に立つのは。



 やはり、最初に越えた個体だった。



 彼は、こちら側に来る者へ順番を決め。


 戻る者から情報を聞き。


 向こう側で何かを指示している。



「……完全に管理者ですね」


 リリアが言う。


 アレンが小さく頷く。


「……統治者だな」



 その日。



 一体の個体が、こちら側で立ち止まる。



 目の前にあるのは――


 ただの石。



 だが。


 こちら側の石は、向こう側と質が違う。


 密度も、硬度も、形も。



 個体はそれを持ち上げる。


 叩く。


 削る。


 確かめる。



「……」


「……学んでる」


 リリアが呟く。


 エルミナが頷く。


「ええ」


「素材の差を理解しています」


 セリスが低く言う。


「……比較検証」


 ノアが笑う。


「楽しい時期だね」



 別の個体は、水を見る。



 こちら側の流れ。


 透明度。


 反射。



 手を入れ。


 掬い。


 落とす。



 何度も。



「……すご」


 リリアが言う。


「全部勉強してる……」



 彼らは。



 観光客ではない。



 探検家でもない。



 “学習者”だった。



 見るものすべてを。


 吸収しようとしている。



「……」


 アレンは、その姿を見ていた。



 悪くない。



 むしろ、理想的だ。



 暴れず。


 奪わず。


 知ろうとする。



 だが――



「……早いな」



「何がです?」


 リリアが聞く。



「吸収速度だ」



 エルミナが静かに続ける。


「……向こう側へ還元されるまでの速度も、ですか」


 アレンは頷く。



 その日の夕方。



 向こう側。



 戻った個体たちの報告を受けた集団が。


 すぐに動き始める。



 こちらで見た構造を再現する者。


 素材を模した加工を試す者。


 配置を変える者。



「……」


「……早っ」


 リリアが目を見開く。


 セリスが低く言う。


「……学習→共有→実装」


 ノアが笑う。


「効率良すぎるね」



 数日で。



 向こう側の拠点は変わった。



 道は整えられ。


 火の配置は最適化され。


 住居構造は広がる。



 文明の進化速度が、跳ね上がる。



「……これ、すごくないですか?」


 リリアが言う。


「一気に時代進んでません?」


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「交流による技術飛躍です」


 セリスが低く言う。


「……文明加速」


 ノアが笑う。


「歴史イベントだね」



 だが。



 問題も、同時に生まれていた。



 一部の個体たち。



 彼らは、こちら側に来る頻度が高い。


 多く学び。


 多く持ち帰る。



 結果――



 向こう側で、影響力を持ち始める。



「……あれ」


 リリアが目を細める。


「なんか……偏ってません?」


 エルミナが静かに頷く。


「ええ」


「知識格差です」


 セリスが低く言う。


「……情報を持つ者が強くなる」


 ノアが笑う。


「いつの時代も同じだね」



 こちら側へ来られる者。


 来られない者。



 知る者。


 知らぬ者。



 差が、生まれる。



 そして。



 差は、力になる。



「……」


 アレンの目が細くなる。



 その時。



 向こう側で。



 一体の個体が、他の個体へ命じていた。



 以前なら横並びだったはずの関係。


 だが今は。



 上下がある。



「……」


「……支配?」


 リリアが小さく言う。


 エルミナが静かに続ける。


「知識による優位です」


 セリスが低く言う。


「……階級化の兆候」


 ノアが笑う。


「来たね」



 アレンは、黙る。



 これが危険だった。



 教えること自体ではない。



 “偏って教わること”。



 一部だけが進み。


 一部だけが力を持つ。



 それは。



 文明を伸ばすが。



 同時に歪める。



「……」


 リリアが言う。


「どうするんです?」


 エルミナも静かに見る。


「介入されますか」


 セリスが低く言う。


「……判断点」


 ノアが笑う。


「先生、どうする?」



 沈黙。



 アレンは裂け目を見る。



 並ぶ個体たち。


 学ぼうとする目。


 向こう側で起きる変化。



 そして。



 小さく息を吐く。



「……制限する」



「……え?」



「知識は流す」


「でも」


「一部独占はさせない」



 リリアが目を見開く。


「教育改革……!」


 エルミナが微笑む。


「公平化ですね」


 セリスが低く言う。


「……情報分配」


 ノアが笑う。


「面白い」



 アレンが手を上げる。



 裂け目の構造が変わる。



 一人ずつではない。


 複数ルート。


 複数地点。



「……っ」


 向こう側の個体たちがざわめく。



 独占ルートが消えた。



 誰か一人の管理ではなく。



 “共有の窓”へ変わる。



「……」


 最初に越えた個体が、アレンを見る。



 一瞬。


 理解した目だった。



 そして。



 ゆっくり頷く。



「……いい奴ですね」


 リリアが呟く。


 アレンが小さく言う。


「……賢い奴だ」



 文明は進む。



 だが。



 進むほど。



 問題も増える。



 それでも。



 止める理由にはならない。



 アレンが空を見る。



「……次だな」



 知識は、広がった。



 その次に来るのは。



 “欲望”か。


 “秩序”か。



 まだ、誰にも分からない。



――第82話 完

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