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第81話 「侵入者」

 裂け目は、閉じなくなっていた。



 以前は、一瞬。


 次に、数秒。


 その次に、維持。



 そして今。



 “常時開放”。



「……これ、もう門ですよね」


 リリアが呟く。


 境界だった場所。


 そこに揺らぐ空間。


 小さく、だが確実に開き続ける通路。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「現象として固定化しています」


 セリスが低く言う。


「……恒常接続」


 ノアが笑う。


「すごいね」



 アレンは、何も言わずにそれを見ていた。



 止められる。



 今でも。



 だが。



 まだ壊れていない。



 だから――



 見ている。



 下では。



 個体たちが、秩序立って並ぶ。



 以前のような熱狂はない。


 混乱もない。



 順番に。


 裂け目へ向かう。



「……ルール化してる」


 リリアが言う。


 エルミナが頷く。


「ええ」


「完全に社会制度です」


 セリスが低く言う。


「……選抜制」


 ノアが笑う。


「文明だね」



 最初に越えた個体。



 あの存在が先頭に立つ。



 もう誰の目にも明らかだった。



 指導者。



 開拓者。



 象徴。



「……進んだな」


 アレンが小さく呟く。



 その個体が。



 裂け目を越える。



 こちら側へ。



 そして――



 戻らない。



「……え?」


 リリアが固まる。


「……戻らない?」


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「滞在しています」


 セリスが低く言う。


「……初の長期越境」


 ノアが笑う。


「来たね」



 個体は。



 こちら側の地面を歩く。



 見る。


 触れる。


 確かめる。



 だが。



 荒らさない。


 壊さない。



 ただ――



 “学ぶ”。



「……」


 アレンがその姿を見る。



 恐れもない。


 傲慢さもない。



 純粋な探究。



「……厄介だな」


 小さく呟く。



「何がです?」


 リリアが聞く。



「悪意がない」



「……え?」



「止める理由が弱い」



 エルミナが静かに目を伏せる。


「……確かに」


 セリスが低く言う。


「……排除の正当性がない」


 ノアが笑う。


「いいね」



 その個体が。



 アレンの近くまで来る。



 以前、一度だけ触れた距離。



 そして。



 膝をつく。



「……っ」


 リリアが息を呑む。


「……服従?」


 エルミナが静かに首を振る。


「いいえ」


 セリスが低く言う。


「……敬意」


 ノアが笑う。


「わかってるじゃん」



 個体が顔を上げる。



 目が合う。



 そこにあるのは。



 願いでも、恐れでもない。



 “提案”。



「……」


 アレンが目を細める。



 伝わる。



 完全ではない。


 だが、分かる。



 もっと知りたい。


 もっと行き来したい。


 もっと広げたい。



「……」


 リリアが小さく言う。


「……なんて?」



 アレンは短く答える。



「……交流だ」



「……え?」


 エルミナが静かに言う。


「世界同士の、ですか」


 セリスが低く言う。


「……拡張要求」


 ノアが笑う。


「欲張りだね」



 その時。



 空間が揺れる。



 今までとは違う。



 大きく。



「……!」


 リリアが後ずさる。


「何これ!?」


 エルミナが静かに言う。


「裂け目の負荷が増大しています」


 セリスが低く言う。


「……許容量超過」


 ノアが笑う。


「来たね」



 下を見る。



 裂け目の前に。



 大量の個体。



 順番を待つ列。



 増え続ける希望者。



「……」


 アレンの表情が、初めて変わる。



 僅かに。



 険しく。



「……これか」



 危機。



 初めて明確に理解する。



 一体の越境は問題ない。


 二体も、おそらく。



 だが。



 “文明全体”がこちら側へ流れ込めば。



 均衡は壊れる。



「……」


 リリアが声を潜める。


「……まずい、ですよね」


 エルミナが頷く。


「ええ」


 セリスが低く言う。


「……侵食開始」


 ノアが静かに言う。


「ねぇ」


「ここからどうする?」



 アレンは、裂け目を見る。



 列をなす者たち。


 こちらを見上げる目。


 希望。


 好奇心。


 未来。



 そして。



 揺らぐ空間。



「……」


 ゆっくりと息を吐く。



「……人数制限だ」



「……え?」



「一度に通す数を絞る」



 リリアが目を見開く。


「……入国管理!?」


 エルミナが小さく笑う。


「合理的です」


 セリスが低く言う。


「……段階的接続」


 ノアが笑う。


「好きだよ、そういうの」



 アレンが手を上げる。



 空間に線が走る。



 裂け目が細くなる。



 通れる幅が、限定される。



「……っ」


 下の個体たちがざわめく。



 だが。



 最初に越えた個体が振り向き。


 何かを告げる。



 列が整う。



 混乱は起きない。



「……すご」


 リリアが呟く。


「従うんだ」


 エルミナが静かに言う。


「信頼されています」


 セリスが低く言う。


「……秩序維持成功」


 ノアが笑う。



 アレンは、その個体を見る。



 やはり厄介だ。



 賢い。


 理性的。


 そして人望がある。



「……」


 小さく呟く。



「……敵なら最悪だったな」



 リリアが苦笑する。


「味方でよかったですね」



 だが。



 問題は終わっていない。



 裂け目は開いている。


 往来は始まった。


 世界は繋がった。



 そして、一度繋がったものは。



 もう簡単には切れない。



 アレンが空を見る。



「……さて」



 共存は。



 ここからが本番だった。



――第81話 完

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