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第83話 「要求」

 知識は、止まらなかった。



 裂け目を通じて流れる情報。


 向こう側へ戻る者たち。


 共有される技術。



 そのすべてが。



 世界の速度を変えていた。



「……もう別世界ですね」


 リリアが呟く。


 かつて森だった場所。


 そこには今――


 整えられた道。


 区画分けされた住居。


 火を扱う施設。


 水を集める構造。



 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「文明段階が急速に進行しています」


 セリスが低く言う。


「……集落から都市へ」


 ノアが笑う。


「楽しくなってきたね」



 以前の塔は。



 今や中心施設となっていた。



 象徴であり。


 集会所であり。


 管理拠点。



「……神殿兼役所ですね」


 リリアが言う。


 アレンが小さく頷く。


「……便利なもんだ」



 さらに。



 新しい変化が起きていた。



 一体の個体が。


 壁に線を刻む。



 短い線。


 長い線。


 丸。


 交差。



「……?」


「……落書き?」


 リリアが首をかしげる。


 エルミナが静かに言う。


「いいえ」


「記号化です」


 セリスが低く言う。


「……文字の前段階」


 ノアが笑う。


「来たね」



 記録。



 口伝だけではなく。



 残す。



 知識を。


 命令を。


 歴史を。



「……」


 アレンがそれを見る。



 速い。



 予想以上に。



「……ここまで来るか」



 農耕も始まっていた。



 水辺の近く。


 一定範囲に種を集め。


 守り。


 増やす。



「……え、もう?」


 リリアが驚く。


 エルミナが静かに頷く。


「ええ」


「定住化に伴う必然です」


 セリスが低く言う。


「……食料安定」


 ノアが笑う。


「人口増えるね」



 そして。



 人口が増えれば。



 必要になるものがある。



 “制度”。



 争いの仲裁。


 役割分担。


 保管管理。


 通行順。



「……完全に国じゃないですか」


 リリアが呟く。


 エルミナが言う。


「ええ」


「国家の萌芽です」


 セリスが低く言う。


「……権力集中」


 ノアが笑う。


「いつもの流れだね」



 中心にいるのは。



 最初に越えた個体。



 彼は今や。



 単なる先駆者ではない。



 統治者。



 決定者。



 象徴。



「……王だな」


 アレンが小さく言う。



 その個体は、賢かった。


 独占しすぎない。


 分配する。


 秩序を守る。



 だが。



 それでも。



 力は集中する。



「……」


 リリアが言う。


「このまま平和に行きます?」


 アレンは少し考え。


「……行かないな」



「……え?」



「次に来るのは」



 空を見る。



「……要求だ」



 その時。



 広場。



 多数の個体が集まる。


 中心には王。


 周囲に民。



 ざわめき。



 以前とは違う。



 不満。


 期待。


 欲望。



「……」


「……空気、変ですね」


 リリアが言う。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「生活が安定すると、次を望みます」


 セリスが低く言う。


「……余剰欲求」


 ノアが笑う。


「人っぽくなってきた」



 一体の個体が前へ出る。



 王に向かって、声を上げる。



 強く。


 長く。



「……」


「……文句言ってる?」


 リリアが呟く。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「分配要求です」


 セリスが低く言う。


「……資源格差」


 ノアが笑う。


「来たね」



 別の個体も出る。



 こちらは空を指す。


 裂け目を指す。


 王を指す。



「……?」


 リリアが首をかしげる。


 アレンが小さく言う。



「……神へ会わせろ、だな」



「……え?」



 ざわめきが広がる。



 こちら側を知る者。


 知らぬ者。



 知った者は、もっと望む。


 知らぬ者は、不公平だと怒る。



「……」


 エルミナが静かに言う。


「情報格差が、政治問題化しました」


 セリスが低く言う。


「……当然の帰結」


 ノアが笑う。


「面白い」



 王は、黙っていた。



 そして。



 ゆっくりと。



 空を見る。



 アレンを見る。



「……」


 視線が合う。



 そこにあるのは。



 助けを求める目ではない。



 “確認”。



 ここまで進めた。


 次はどうする。



「……」


 リリアが小さく言う。


「……見てますよ」


 アレンは、ため息をつく。



「……自分で決めろ」



「……え?」



「王なんだろ」



 エルミナが微笑む。


「ええ」


 セリスが低く言う。


「……介入拒否」


 ノアが笑う。


「いいね」



 下では。



 王が前へ出る。



 声を上げる。



 静かに。


 だが強く。



 民衆が止まる。



 聞く。



 理解する。



 完全ではない。


 だが。



 収まっていく。



「……」


「……すご」


 リリアが呟く。



 アレンが小さく言う。



「……ちゃんと王だな」



 文明は進む。



 技術も。


 制度も。



 だが。



 次に問われるのは。



 “統治”。



 そして。



 神は。



 願われる存在から。



 “要求される存在”へ変わり始めていた。



 アレンが空を見る。



「……面倒になってきたな」



――第83話 完

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