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第69話 「同じ空」

 境界は、もはや“壁”ではなかった。


 かつて火と祈りが睨み合ったその場所は、今や――


 “交差点”になりつつある。



 森の外縁。


 疑う者たちの拠点。



 整然と並ぶ火。


 規則的に配置された構造物。


 そして、記録の痕跡。


「……変わりましたね」


 リリアが小さく呟く。


「なんか……落ち着いてる」


 エルミナが頷く。


「ええ。無駄な衝突を避けています」


 セリスが低く言う。


「……判断が早い」


 ノアが笑う。


「経験が積み上がってる証拠だね」


 アレンはその様子を見ながら、静かに言う。


「……余裕が出てきたな」



 一方で。



 森の中央。


 信じる者たちの拠点。



 塔は完成に近づき、動きは最小限に抑えられている。


 だが。


 その静けさの中に――


 確かな“統一”がある。


「……こっちも変わりましたね」


 リリアが言う。


 エルミナが静かに続ける。


「ええ」


「無駄な祈りが減っています」


 セリスが低く言う。


「……効率化」


 ノアが笑う。


「信仰も合理化するんだね」


 アレンが小さく頷く。


「……形になったな」



 そして。



 その日。



 両者は、再び境界へ集まった。



 だが。


 以前とは、まったく違う。



 誰も、武器を構えない。


 誰も、膝をつかない。


 ただ――


 “見る”。



「……」


 リリアが息を呑む。


「……静かすぎません?」


 エルミナが言う。


「ええ」


「これは……」


 セリスが低く言う。


「……対話の準備」


 ノアが小さく笑う。


「来たね」


 アレンは何も言わない。



 疑う側のリーダーが、前に出る。



 地面に線を引く。


 図を描く。


 火を使う。


 変化を示す。



 “説明”。



 だが。


 以前と違うのは――


 “止まる”ことだった。



 信じる側の反応を待つ。



「……」


 リリアが小さく言う。


「待ってる……?」


 エルミナが頷く。


「ええ」


「一方的ではありません」


 セリスが低く言う。


「……共有しようとしている」


 ノアが笑う。


「いいね」



 信じる側のリーダーが動く。



 その図を見る。


 火を見る。


 変化を見る。


 そして――


 空を指す。



 だが。



 否定ではない。



 “繋ぐ”。



 言葉を発する。


 ゆっくりと。


 丁寧に。


 まるで――


 “翻訳するように”。



「……」


「……分かってる?」


 リリアが呟く。


 エルミナが静かに言う。


「ええ」


「理解しています」


 セリスが低く言う。


「……意味付けしている」


 ノアが笑う。


「これだよ」


 アレンが小さく頷く。



 火は燃える。


 それは事実。



 だが。



 それが“なぜ存在するのか”。



 そこに意味を与える。



 科学と信仰。



 二つは――



 “繋がり始めていた”。



 その時。



 一体の個体が。



 ゆっくりと。


 境界を越える。



「……っ」


 リリアが息を呑む。


 疑う側の個体。


 信じる側の領域へ。


 だが。


 攻撃はない。


 拒絶もない。


 ただ――


 見る。


 観察する。


「……」


 エルミナが小さく言う。


「……初の越境」


 セリスが低く言う。


「……共同行動の始まり」


 ノアが笑う。


「来たね」



 続いて。



 信じる側の個体も。



 境界を越える。



 火を見る。


 触れる。


 少し驚く。


 だが。


 逃げない。


「……」


 リリアが小さく呟く。


「すごい……」


 アレンは静かにそれを見る。



 初めて。



 “同じ場所”に立つ。



 同じものを見る。


 同じ現象を共有する。



 そして――



 同時に。



 空を見上げる。



「……」


 全員が。


 同じ方向を向く。


 同じものを見る。



 その視線は。



 恐怖でも。


 盲信でもない。



 “認識”。



「……」


 リリアが小さく言う。


「……バレてますね」


 エルミナが静かに頷く。


「ええ」


「完全に」


 セリスが低く言う。


「……観測対象」


 ノアが笑う。


「ついに来たね」



 アレンは。


 その視線を、受け止める。



 逃げない。


 隠れない。


 ただ――


 そこにいる。



「……」


 ほんの一瞬。


 だが。


 確実に。



 “認識された”。



「……いいね」


 アレンが小さく呟く。


 リリアが苦笑する。


「いや、もう隠す気ないですよね?」


「最初からない」


 エルミナが微笑む。


「ええ」


 セリスが一言。


「……観測完了」


 ノアが笑う。


「これで完全に逆転だね」



 神は。



 見る側ではなく。



 “見られる側”になった。



 そして――



 その先にあるのは。



 “理解”か。


 それとも――


 “到達”か。



 アレンが空を見上げる。


「……さて」



 世界は。



 次の段階へ進む。



――第69話 完


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