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第116話 「立つ理由」

 歓声は、消えた。



 つい先ほどまで勝利に沸いていた王都。



 だが今は。



 誰一人、声を出せない。



 空を覆う影。



 黒石本隊旗艦。



 大陸ほどの巨体が、ゆっくりと降下してくる。



 雲を砕き。


 太陽を隠し。


 昼を夜へ変えていく。



「……あれと戦うの?」


 リリアが震える声で言う。



 誰も答えられなかった。



 連合軍の兵士たちも。


 各国将軍たちも。


 英雄視されていた者たちでさえ。



 ただ見上げるだけ。



 絶望は、静かに広がる。



 砂漠将軍が低く呟く。



「軍でどうにかなる規模ではない」



 海洋女王も扇を閉じた。



「撤退して海へ逃がすべきかしら」



 北方老将は杖を震わせる。



「逃げても追われるだけだ」



 議論ですらない。



 諦めの確認だった。



 指揮塔でも、空気は重い。



 エルミナが計測結果を読み上げる。



「旗艦外殻強度……測定不能」


「搭載兵装……数不明」


「侵攻速度……このままなら半日で王都直上」



 ノアが珍しく笑っていない。



「最悪だね」



 グラムは大剣を地面へ突き立てた。



「斬れる気がしねぇ」



 ミラも空を睨んだまま黙っている。



 共有感覚越しに伝わる。



 焦り。


 苛立ち。


 そして少しの恐怖。



「……珍しいな」


 レインが言う。



「何がよ」



「お前が弱気」



「違う」



「腹立ってるだけ」



 だが声に勢いはない。



 王都全体が沈みかけていた。



 このままでは、戦う前に終わる。



 レインはため息をつく。



「面倒だな」



「何が?」


 リリアが聞く。



「俺が喋る流れになってる」



「なってますね」


 エルミナが即答した。



「嫌です」



「却下です」



「おい」



 数分後。



 王都中央広場。



 避難途中の市民。


 負傷兵。


 各国代表。


 連合軍兵士。



 全員が集められていた。



 壇上へ上がるレイン。



「……似合わない」


 ミラが小さく笑う。



「黙れ」



 ざわめく群衆。



「総司令だ……」


「何か策があるのか?」


「助かるのか……?」



 レインはしばらく無言で空を見た。



 巨大旗艦。



 勝てる保証はない。


 正直、面倒だ。



 でも。



 ここで黙れば、終わる。



「……聞け」



 一言で広場が静まる。



「俺は演説とか嫌いだ」



 ざわ、と笑いが漏れる。



「励ますのも得意じゃない」



「知ってる!」


 誰かが叫び、空気が少し緩んだ。



「だから事実だけ言う」



 旗艦を指さす。



「あれはでかい」


「強い」


「たぶん相当面倒だ」



 兵士たちが苦笑する。



「でも」



 レインの声が低く響く。



「さっきまで、お前らは“勝った”」



 量産観測者軍団。


 総司令体。


 誰も無理だと思った敵。



 それを、ここにいる全員で止めた。



「砂漠の騎兵が突っ込んだ」


「海の槍兵が核を貫いた」


「北方の弓兵が空を落とした」


「王都の奴らは逃げずに支えた」



 リリアが目を潤ませる。



「俺一人じゃ無理だった」



 ミラが横目で見る。



「珍しく素直」



「うるさい」



 レインは続ける。



「次の敵は、もっとでかい」



「だから次は――」



 拳を握る。



「もっと大勢で勝つ」



 一瞬、静寂。



 そして。



 広場のどこかで、笑い声が上がった。



 次に拍手。



 歓声。



「そうだ!」


「やってやる!」


「俺たちはもう一回勝てる!」



 絶望が、熱へ変わっていく。



 グラムが大剣を掲げる。



「聞いたかぁぁ!!」



「もっと大勢で勝つぞぉぉ!!」



 連合軍が咆哮した。



 ミラが肩をすくめる。



「……悪くない演説」



「二度とやらん」



 エルミナが走ってくる。



「作戦案が出ました!」



 魔法地図が展開される。



 旗艦中央部。


 一つだけ、異常に強い反応点。



「動力中枢です」



「ここを落とせば、全体機能停止の可能性があります」



 ノアが笑みを戻す。



「つまり潜入ミッション?」



 海洋女王が頷く。



「囮は私たち艦隊がやる」



 砂漠将軍が腕を組む。



「地上砲撃は我らが受け持つ」



 北方老将が杖を鳴らす。



「若いの、登ってこい」



 全員の視線がレインとミラへ向く。



「……また俺らか」



「人気者ね」



 共有感覚越しに、同じ高揚が流れた。



 怖さもある。


 でも、それ以上に。



 燃えていた。



 空の旗艦が、さらに降下する。



 決戦まで、残りわずか。



――第116話 完

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