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最終話 「世界の真価」

 空は、黒かった。



 王都上空を覆う黒石本隊旗艦。


 大陸ほどの巨体が、ゆっくりと降りてくる。


 その影の下で、人々は武器を握り、杖を構え、祈る代わりに前を見た。



「全軍、配置完了!」


「海洋艦隊、魔導砲準備!」


「砂漠騎兵隊、外縁防衛線へ!」


「北方弓兵隊、対空陣形!」



 世界連合軍。


 国も言葉も文化も違う者たちが、今だけは同じ空を見上げている。


 その中心で、レインは黒い旗艦を見据えていた。


「……行くぞ」


 隣でミラが短剣を回す。


「最後くらい、格好つけなさいよ」


「面倒だ」


「ほんと最後までそれね」


 共有観測核が、胸の奥で脈打つ。


 黒と金の光が絡み合い、二人の視界が重なる。



【対象:黒石本隊旗艦】

【分類:文明回収機構】

【中枢:旗艦核】

【目的:価値ある文明の保存】



「保存……?」


 ミラが眉をひそめた。


「侵略じゃなくて?」


 レインは目を細める。


「向こうの理屈ではな」



 旗艦の腹が開いた。


 無数の黒い棺が落ちる。


 量産観測者。


 黒石兵。


 異界砲台。


 王都を飲み込むための軍勢。



 その瞬間、地上から光が上がった。



「撃てぇぇぇぇ!!」


 グラムの咆哮。


 魔導砲が空を裂き、海洋艦隊の水槍が黒い棺を貫く。


 砂漠騎兵が落下地点へ突撃し、北方弓兵が核を狙い撃つ。


 王都の兵も、市民義勇隊も、誰一人として逃げていなかった。



「補給線、東へ回してください!」


 指揮塔でリリアが叫ぶ。


「負傷者は地下三区画へ! 弾薬は西壁じゃなく中央広場に集めて! そこが次の防衛線になります!」


 エルミナが通信魔法を繋ぎ、セリスが戦況を読み、ノアが影のように敵中枢へ斬り込む。



 世界が戦っていた。



 レインは笑った。


「十分だ」


 ミラが横を見る。


「何が?」


「俺たちだけの戦いじゃないってことだ」


「……そうね」


 二人は同時に跳んだ。



 空中に光の足場が生まれる。


 黒と金の軌跡が、旗艦へ向かって一直線に伸びる。


 迎撃砲が降る。


 黒い腕が伸びる。


 量産観測者が空中で待ち構える。



「これは紙だ」


「これは脆い硝子」


「これは、終わった罠だ」


 二人の言葉に合わせ、敵の兵装が次々に崩壊する。


 だが旗艦は止まらない。


 外殻を破って中へ入り込んだ瞬間、二人は息を呑んだ。



 そこは墓場だった。



 無数の都市。


 無数の塔。


 無数の王宮。


 すべてが黒い結晶の中に閉じ込められている。


 滅ぼされた文明。


 回収された世界。


 保存という名の牢獄。



「……何よ、これ」


 ミラの声が震えた。


 レインの視界に文字が流れる。



【保存文明数:七百二十一】

【保存理由:価値消失防止】

【結論:文明は放置すれば滅ぶ】

【処理:価値ある段階で停止・保管】



 奥から声がした。



「文明は、いずれ壊れる」



 巨大な白い瞳が開く。


 旗艦核。


 黒石本隊の意思。



「争い、飢え、老い、裏切り、忘却」


「すべての文明は自らの価値を失う」


「ゆえに、最も価値ある瞬間で保存する」


「それが救済」



 レインは黙って聞いていた。


 ミラは短剣を握る。


「ふざけないで」


 旗艦核は揺らがない。



「観測者よ」


「お前たちも理解しているはずだ」


「価値は失われる」


「ならば、失う前に止めるべきだ」



 レインの脳裏に、過去がよぎる。


 役立たずと蔑まれた日。


 追放された日。


 価値がないと言われた日。


 それでも拾った秘宝。


 救った人々。


 出会った仲間。


 泣いて、怒って、失敗して、また立った者たち。



「……違うな」



 レインが一歩前へ出る。


「価値は、止めた瞬間に死ぬ」


 旗艦核の瞳が細くなる。


「矛盾」


「滅びは損失」


「保存は価値維持」


「違う」


 レインは胸を叩いた。


「価値ってのは、変わるから価値なんだよ」



 ミラが笑った。


「珍しく良いこと言うじゃない」


「黙れ。今いいところだ」



 レインは旗艦核を睨む。


「失敗しても」


「老いても」


「争っても」


「忘れられても」


「それでも次に繋げる」


「それが文明だ」



 旗艦核が黒い光を集める。



「非合理」


「観測者を排除する」



 旗艦内部全体が敵になった。


 閉じ込められた都市群が砲台へ変わり、無数の黒腕が伸びる。


 レインとミラは背中合わせに立つ。



「最後よ」


 ミラが言う。


「寿命、足りる?」


「足りなきゃ借りる」


「誰に?」


「世界に」



 その瞬間、地上から声が届いた。



 リリア。


 エルミナ。


 セリス。


 ノア。


 グラム。


 王都の兵。


 各国の民。


 誰もが叫んでいた。



「レイン!!」


「ミラ!!」


「負けるな!!」


「帰ってこい!!」



 共有観測核が震える。


 それは命の共有ではない。


 価値の共有。


 世界中の「まだ終わりたくない」という意思が、二人へ流れ込んでくる。



【共有観測核:限界突破】

【世界価値接続】

【代償分散】



 ミラが目を見開いた。


「……なにこれ」


 レインは笑った。


「言っただろ」


「借りるって」



 二人は手を重ねる。


 黒と金の光が、白く変わる。



「これは墓じゃない」


 レインが言う。


「これは保存じゃない」


 ミラが続ける。


「これは――」


 二人の声が重なる。



「まだ続く世界だ」



 旗艦内部に亀裂が走った。


 閉じ込められていた都市の結晶が砕ける。


 滅んだはずの文明の残響が光となり、空へ昇る。


 旗艦核が初めて叫んだ。



「価値消失」


「保存失敗」


「文明崩壊」



「違う」


 レインは核へ手を伸ばす。


「解放だ」



 白い光が旗艦を貫いた。


 黒石の外殻が崩れ、空を覆っていた影が割れる。


 大陸ほどの黒い船が、音もなくほどけていく。



 王都の空に、太陽が戻った。



 地上では、誰もが空を見上げていた。


 黒い旗艦は消えていく。


 その中から、無数の光が世界中へ散っていく。


 保存されていた文明の欠片。


 知識。


 記憶。


 歌。


 言葉。



 破壊ではなく、継承。



 レインとミラは空から落ちた。



「また落ちるのかよ……」


「最後まで締まらないわね……」


 地上からリリアの悲鳴。


「二人ともぉぉぉ!!」


 だが、落下途中でノアが影を伸ばし、エルミナが風を重ね、グラムが受け止める準備をした。



 どしゃり。



「……痛ぇ」


「受け止め方、雑すぎ」


 グラムが笑う。


「生きてるから問題ない!」



 王都に歓声が爆発した。



 世界連合軍が武器を掲げる。


 兵士たちが泣き、抱き合い、笑う。


 リリアはレインに飛びついた。


「帰ってきた……!」


「重い」


「今それ言います!?」


 ミラが横から不満げに見る。


「共有してるから私にも衝撃来てるんだけど」


「知るか」



 そのとき、人混みの奥に、かつてレインを追放した仲間たちがいた。


 ボロボロの装備。


 青ざめた顔。


 彼らは震える声で言った。



「レイン……」


「戻ってきてくれ」


「お前がいないと、俺たちは……」



 レインは、しばらく彼らを見た。


 かつて欲しかった言葉。


 認められたかった相手。


 だが、もう胸は痛まなかった。



「悪いな」



 短く告げる。



「もう遅い」



 彼らは言葉を失う。


 レインは背を向けた。



「俺の価値は、もう俺が決めた」



 リリアが笑う。


 エルミナが静かに頷く。


 セリスが腕を組む。


 ノアがにやにやする。


 ミラは少し照れたように横を向いた。



「で?」


 ミラが言う。


「これからどうするの?」


 レインは空を見上げる。


 黒石は消えた。


 だが、散った光は世界中へ広がっている。


 新しい秘宝。


 新しい遺跡。


 新しい価値。



「決まってる」



 レインは歩き出す。



「見に行く」



「また面倒ごと?」


 リリアが呆れる。


「当然だ」


 ミラが隣に並ぶ。


「一人で行けると思わないことね」


「感覚共有、早く切りたいんだが」


「私だって切りたいわよ」


 ノアが笑う。


「でも切ったら寂しいんじゃない?」


「違う!」


「違うわ!」


 二人同時。



 仲間たちの笑い声が、王都の空に広がった。



 役立たずと蔑まれた鑑定士。


 外れ職と笑われた男。


 だが彼だけが、世界の真価を見抜いた。



 物の価値。


 人の価値。


 失敗の価値。


 続いていくことの価値。



 そして。



 自分自身の価値を。



 レインは振り返らない。


 もう、戻る場所を探す必要はない。



 彼の行く先に。


 まだ誰も見つけていない価値がある。



 だから進む。



 世界はまだ、鑑定され尽くしていない。

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