第113話 「守る価値」
空が埋まった。
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王都上空。
無数の小型円環。
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黒い輪が幾千と浮かび。
その全てが地上へ向いている。
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【都市殲滅砲列 展開完了】
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「……冗談でしょ」
ミラが息を呑む。
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地上では悲鳴が広がる。
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「空が……!」
「何あれ!」
「逃げろ!!」
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だが、逃げ場はない。
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王都全域が射程内。
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城壁。
市街。
避難区画。
王城。
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全部だ。
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指揮塔でリリアの顔色が消える。
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「……無理です」
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補給線も。
誘導も。
路地戦術も。
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一斉砲撃の前では意味がない。
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エルミナが必死に術式を走らせる。
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「都市結界、全層展開!」
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「持って十秒です!」
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グラムが地上で吼える。
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「十秒あれば十分だ!」
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「何する気ですか!」
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「叫ぶ!」
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「雑!」
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空。
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レインは黒い砲列を見上げていた。
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数千。
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一つ一つ破壊は間に合わない。
迎撃も無理。
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なら。
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都市ごと守るしかない。
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「……やるなよ」
ミラが低く言う。
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「何を」
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「その顔、嫌いなのよ」
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レインは笑う。
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「どの顔だ」
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「全部背負う顔」
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共有感覚で伝わる。
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彼女は分かっていた。
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これから使う技が。
命を削るものだと。
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「……止めるなら今よ」
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「無理だな」
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「理由は?」
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レインは下を見る。
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王都。
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戦っている兵。
泣いている子ども。
走るリリア。
指揮を続けるエルミナ。
血まみれのグラム。
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「価値がある」
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「守る理由として十分だ」
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ミラの胸が強く鳴る。
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共有感覚越しに、自分の感情が流れ込む。
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焦り。
怒り。
恐怖。
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そして。
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好きだ、という感情。
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「……っ!?」
ミラが赤くなる。
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「今それ感じるの最悪なんだけど!?」
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「何の話だ」
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「鈍感!!」
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レインは気づかない。
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もう砲列が光り始めていた。
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【一斉射撃まで 3】
【2】
【1】
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レインの眼が、深く輝く。
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【広域観測権限 要求】
【代償予測:高】
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「受ける」
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世界が止まった。
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音が消え。
風が止み。
人々の動きも止まる。
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レインだけが歩く。
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静止した王都の上空を。
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「……全部見える」
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砲撃軌道。
建物の強度。
人の位置。
地下空間。
避難者数。
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都市全体の価値構造。
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今まで一つずつ見てきたものが。
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一度に流れ込む。
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「……ぐっ」
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鼻血が落ちる。
髪がさらに白く染まる。
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寿命が削れる音がするようだった。
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それでも。
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手を広げる。
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「この都市は――」
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静止した世界へ告げる。
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「砕けない」
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瞬間。
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王都全域を包む、巨大な透明結晶が生まれた。
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城壁。
街路。
地下区画。
塔。
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都市そのものが、一つの宝石のように覆われる。
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時間が戻る。
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同時に。
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数千の黒光線が降り注いだ。
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轟音。
閃光。
衝撃。
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だが。
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透明結晶は砕けない。
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王都は守られた。
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「……っ!!」
リリアが涙ぐむ。
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「守った……!」
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エルミナが震える声で言う。
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「都市全域を……価値固定した……」
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セリスが低く呟く。
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「……規格外」
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グラムが笑う。
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「気に入ったぁぁ!!」
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だが空では。
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レインが落ちていた。
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「レイン!!」
ミラが飛び込む。
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抱き止める。
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彼の髪は半分以上白くなっていた。
呼吸も浅い。
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「……馬鹿」
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「誰が頼んだのよ」
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涙が落ちる。
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共有感覚で伝わる。
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彼が苦しいこと。
それでも後悔していないこと。
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そして。
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自分を心配していることまで。
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「ほんと、最悪」
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ミラは笑って泣いた。
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その時。
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総司令体の中央白眼が、ゆっくり開く。
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【脅威度更新】
【対象:レイン】
【最優先排除へ変更】
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巨大な口が開いた。
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その奥に。
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王都一つを消し飛ばす黒い光が集まり始める。
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――第113話 完




