「城下町の市場調査-巡礼編XXXⅦ 家政婦体験篇XXⅧー」
そしてさ、あの男――
見えない縄でさ、あーしのこと引っ張ってんじゃね?って、マジで思ったわけ。
……でもさ、それ。
完全にあーしの“勘違い”だったんだよね。
要するにさ、
認識、ガッツリズレてたってやつ。
【介錯不一致】ってやつ、マジでそれな。
でさ、このオタクなおじさん、
窓にベッタリ張り付いてさ、
外の様子、ガン見してたってワケよ。
……マジ何してんのって感じなんだけど。
なんつーかさ、あの人――
それとなく胡散臭いっていうか、
ぶっちゃけ一ミリも信用できないんだけど。
もうさ、どうしようもないレベルでダメなおじさんなワケよ。
……でもさ、
そんなのに限って気になるじゃん?
だからあーし、普通に声かけちゃったんだよね。
⦅ねぇ、なんか見えてんの?
つーかさ、何見たいワケ?⦆
あーしの聲さ、部屋中にブワッて広がったんだけど!
なのにあのおじさん、窓に映った、あーしをチラ見するだけなんだけど?
でさ、あいつ!!いつものクセ出てんの。
──指を上下にフリフリしたり、今度は左右に振ったりしてさ。
……いや何?って感じなんだけど。
絶対なんか言いたげなんよね、あれ。
おじさんさ、外の景色ずっと見ててさ、
窓に指でコツコツ叩いてたんよね。
(---・/・・-・・/・---/・・-・-/・-・-/)
……いやさ、なにそれ。
パッと見じゃ全然わかんないんだけど。
あーしさ、それ理解するのにさ――
普通に数分かかったんだけど。
⦅は?遅くね?って思ったっしょ?
いや無理だから、こんなん一発で読めるやついねぇって⦆
でもさ、気付いた瞬間マジでゾワッときたわ。
「あ、これ……外見ろってやつじゃん」って。
外見たらさ――普通に空、見えてんだけど。
⦅は?ちょ待って……⦆
あーしたちさ、エレベーター降りてからずっと、
ここ洞窟の中だと思ってたじゃん?
なのにさ、目の前に広がってんの、
どう見ても“外”なんだけど。
……いや、何それ。
どっからどう見てもおかしいっしょ。
オジサンはまた、コツコツと鳴らし始めた。
(-・・・/・・-・/--・-・/・・/・・-/・-・/・-・/-・-/・---/--/・・-・-/・-・/・-・・・/・---・/)
……いやさ、もうこれ完全に“何か送ってきてる”じゃん。
⦅ちょ、またモールス?
しかもさっきより長くね?ダル……⦆
でもさ、ここで無視ったら負けな気がしてさ、
あーし、必死こいて解読したワケよ。
……で、分かった瞬間。
⦅は?マジでそれ言ってんの?⦆
ってなった。
だってこれ――
“ここは中じゃない”とか、
“外だって気付け”みたいなニュアンスなんだもん。
……いや遅ぇよ。
もう見えてるっつーの、空。
オジサンは最後にコツコツとリズムを撃った。
(・-・・・/・-・・/--・-・/・-/----/・・-・・/・---/・-/・・-)
(-・-・・/・・-・-/-・・・/・-/-・・-/-・-・・/-・/・・--/-・-・/・-・-・-/-・・-・/・・-/・・-・-/-・/・・-・・/・-/・--・/-・/)
──オジサンは未だ、碧と蒼の意味を知らない。
──────アヴェーラにやや遅れて、
フィーネが降り立った。
「此処が例の屋敷の片割か?
……どうもきな臭いな。アヴェーラ」
フィーネはエレベーター内のやりとり――
成り行きは知っている。
だが、理解はしていない。
此処は“屋敷の片割れ”と呼ぶには、
余りにも──徴が、無さすぎた。
(……いや、違う。
確かに、あった。
ただ――あまりにも儀式めいていて、
“見慣れたもの”として、流してしまったんだ)
「フィーネ様……。その“徴”というのは……」
エスリンさんが、確かめるように口を開く。
「――ううん、待って。
今の、見過ごしてる。もう一度振り返った方がいいよ!」
ヴィーウィ先輩が、被せるように遮った。
私とフィーネは振り返った。
――――確かに、そこにあった。
エレベーターホール。
そして、エレベーター。
私達は、そこから降りてきた。
……なのに。
気づくのが、遅すぎた。
それは、箱ではなかった。
蔦を絡め、編み上げた――籠。
(……そうだ。
私は、見ていたんだ)
(アヴェーラの言葉を追い、
門の形をなぞり――)
(けれど。
肝心なものから、目を逸らしていた)
(見ていて、見ていなかった)
「フィーネ様は、至って正常なのです。
基調が“碧”――つまり、静と均衡に寄りすぎている」
エスリンさんは、やわらかく言葉を選ぶ。
「ですから、異質を“異質として拾わない”。
……見落とされたのです」
「つまり?
上のエレベーターホールから操作されていたって訳か?」
フィーネはエスリンさんに問いかけながら、
天井の奥――エレベーターホールのあるはずの位置を指し示した。
「……あれは、操作というより――選別です」
エスリンは、僅かに言葉を探るように間を置いた。
「右に往くものは、最初から“上”へ。
左に往くものは、最初から“下”へ」
「じゃあ、選ばれなかったらどうなる?」
「……開けません」
エスリンさんは一度、言葉を切った。
「――いえ。
正確には、『終/対の扉』は、開かないのです」
「そのために、鍵があるのですよ?」
エスリンは、確かめるように微かに首を傾げる。
まるでそれが、
当然の理であるかのように。
――アヴェーラが、
当然のように鍵を指先で遊ばせながら、門の前に立つ。
門の中央には、ただ一つ。
蒼の薔薇の意匠。
彼女はそれを、静かに左へと滑らせた。
――露わになる。
それは、錠前だった。
アヴェーラは、迷いなく鍵を差し入れ、
捻る……。
――リブロスム・ネーミオンの顎が拓く。
私達を、迎え入れるために。
其処は――
暗闇が、主のように佇む場所だった。
静かに、
それでいて確かに、
闊歩している。
アヴェーラの左手に掲げられたカンテラが、
足元を幽かに照らす。
その灯りの中で、
床に点在する蝋燭の列が、ようやく浮かび上がった。
……気づくのが、遅すぎた。
この場所は、
初めから“灯りを前提に作られている”。
アヴェーラは迷いなく先頭へ出ると、
何やら手元で探るように動き出す。
「ナーレ? 少し鍵を持っていて欲しいのです。
一旦、『コレ』に火を灯さないと……」
そう言って、彼女はすっと鍵を私に預けた。
「これは何? アヴェーラ?」
「見ていて……。
少し、時間が掛かります」
アヴェーラはそう言って、
カンテラの灯り一つを頼りに、
暗闇の中へと進んでいく。
蝋燭の火が、順に灯っていく。
一つ、また一つと。
……その度に、
暗闇の“形”が定まっていく。
アヴェーラが振り返った。
「ナーレ! フィーネ!」
呼びかけは、もはや合図に近い。
「中へ。右側の壁にレバーがありますの。
――それを、下ろして」
「――だってさ?
……さてと、何が始まるんだろうな」
フィーネは訝しげに、しかし足を止めることなく、
暗がりの内へと踏み込んでいく。
「ちょっと! 待ってよ……」
私は、僅かに躊躇ってから、
数歩遅れてその後を追った。
………中に足を踏み入れた瞬間、
蝋燭の灯りが壁面を、その『息吹』でなぞり――
見えていなかったはずのそれが、
遅れて、現れる。
……レバー。
手を伸ばせば、触れられる距離に。
「これだよな?」
「……これしか、見えてない」
――互いに確認するようで居て。
「下、だったな?」
「……最初から、下にしか来てない」
どこか、そう言わされているようでもあった――。
「……降ろすぞ」
フィーネが両手でレバーを握り、
一度だけ、息を整える。
そして――
定められた動作をなぞるように、下ろした。
ゴゥ……っと。
遅れて、空間の奥で何かが動き出す。
それは、
まるで“満ちる”ための音だった。
「おっと!」
フィーネは身じろいだ。
蝋燭がひとりでに上へと移動している――ように見えた。
(いや、違う!)
目線の高さまで来たところで分かる。
蝋燭は蝋止めの台座に据えられたまま、
台座ごと上昇していた。
私は、ゆっくりと視線を上へと向ける。
蝋燭が昇るにつれて、
隠されていたものが、順に剥がれていく。
……シャンデリア。
一つではない。
縦に連なり、幾層にも重なっている。
それらが、まとめて天井へと引き上げられていく。
中心には、縄。
等間隔に結ばれた結び目が、規則正しく並ぶ。
まるで、何かを測るかのように。
それによって、
シャンデリアは吊り上げられていた。
シャンデリアが昇る、
灯りが揺れる。
その度に、
リブロスム・ネーミオンの輪郭が、
欠けたまま、順に現れていく。
通路。
絵画。
本棚。
机。
……それらは、繋がっているのに、
どこかで噛み合っていない。
それでも確かに、
一つの“屋敷”として成立していた。
とうとう、シャンデリアが天井にその舌先を伸ばした時、――次の瞬間。
光が、弾けるように広がる。
壁が。
床が。
同時に、発光する。
(ゴゥ……)
(この音、この光――)
(……覚えている)
記憶が、先に反応する。
視界よりも早く、
私をこの場所へと引き戻した。
湿った情緒が、静かに私を侵していく。
視線を動かした、その瞬間――
背後に、気配が揃っていた。
……振り向く。
エスリンさんとヴィーウィ先輩が、
当然のように、そこに居る。
「どうかなさいましたか? ナーレ様?」
二人は、同時にそう口にした。
「ううん! ちょっと変な機構だなって」
私はそう返す。
「……私たちは、寄っただけですよ?」
ヴィーウィ先輩は、
噛み合っていない返答を、
何の疑いもなく口にして――にこりと、笑った。
「フィーネ様、ナーレ様……お嬢様がお待ちです」
私達は視線を向ける。
そこに、アヴェーラが居た。
最初からそうであったかのように、
机に一人、座っている。
「……エスリンさん達は?」
口にした瞬間、
それが“今さらの疑問”であることに気づく。
「……私共は、『保護者筆頭』でございます
元より、そのように在ります」
「ナーレもフィーネも、『そう』だったでしょ?」
声が重なる。
逃げ場のない調子で。
それは、答えではない。
それでも――
正しいものとして、私の中に置かれていく。
「はやくしましょ? ナゾを解くのよ♪」
アヴェーラは、弾むような声でそう言って、
何の迷いもなく、本を取り出した。
フィーネと視線を絡ませた。
一瞬で、思考が走る。
困惑。違和感。
ここまでの道中の景色――。
それらは、
一本ではない。
いくつもの“支線”として、
私の中を奔っていた。
フィーネが、何も言わず頷いた。
それだけで、分かる。
(ずっと、寝かされてきた催し物)
私たちは――
ずっと、この流れの上に居た。
(お嬢から、逃れられない……)
その事実が、
遅れて、私の中に定着していく。
……レッティーナの言葉が、
ようやく“意味”になる。
「さ! 二人とも座って?」
待ちきれない様子で、アヴェーラは小走りで私たちのところまでやってきた。
そして、私達を目的の場所に連れ立った。
──私とフィーネは視線を合わせ、
そっと腰を下ろす。
アヴェーラは嬉しそうに笑いながら、私たちの前の椅子を軽やかに引いた。
「ほら、座ったらすぐ始めるのよ♪」
彼女の声は弾んでいて、部屋の重苦しい空気も少しだけ揺らぐ。
椅子に腰を下ろすと、
アヴェーラは目を輝かせながら、
本をさっと開き、私たちに見せた。
「これは、初代の遺したもの。
見た目は本ですが――
中身は絵画そのものなのです。」
本の中には、確かに絵が描かれており、
裏には文字が記されていた。
「あれ……確か文字は書けないはずじゃ?」
初代の顔を思い浮かべながら、私は口にした。
「私が思うに、曾おばあ様だと思いますわ……」
アヴェーラは間髪入れず、そう補足した。
私は絵画の裏のページを読んだ。
≪Vir copiam olei tenens,
“Hic domum aedificabimus!” inquit.
Statim intellexi consuetudinem eius impetus.
Vir avidus erat artium, —
fortasse hanc montium seriem videns captus est.
Tum hanc picturam mihi misit.
Hoc ex hoc tempore ad posteritatem relinquendum, hic coniungendum statui.≫
表には利発そうな女性と、背を向いている男性の絵が添えてあり、遠くに山脈が見えた。
「アヴェーラ、この絵……。
男の人が見ているのは、あのエレベーターから降りる前に見えた、あの景色なの?」
「……そうですわ。
彼は、あの山脈の『静謐』を、地下の暗闇に閉じ込めようとした。
そして彼女は、その狂気を『家族の場所』として編み上げたのです」
フィーネとアヴェーラが談義しているところを、
私は横目にして、次のページを捲った。
≪Oleum deficiet! Oleum deficiet!” clamat,
totum corpus vibrans.
“Negotium excitemus! Hic et nunc!
Domum aedificemus, opus magnificum!” inquit impetu pleno.≫
≪Tantum pecuniae non habemus, scis?” monui.≫
≪Quid ergo? Montem patefaciamus!
Pigmentum iam deficere videtur,
forsitan aliquid inveniemus sub terra!” inquit, impetu pleno.≫
≪Impulsu suo subitum, solus montem effodere statuit.
Postea invenit “roseum” et “salsum lapidem”.
Ipsi genas illius tangens, oculi eius illum quasi lambebant.≫
≪“Hoc uno monte lucrum capiemus, certe et vehementer!”
Hoc est gloriosum initium nostrae familiae rei.≫
絵は、桃色の石を手に喜ぶ男の姿を描いており、
同時に女性の呆れた表情も見て取れた。
「桃色の石って?」
私はアヴェーラに質問した。
「ほら? 言ったじゃない?
洞窟を通るときに、鉱石と海塩を取っていたって。
多分、その始まりだと思うの……」
アヴェーラは少し困ったように口にした。
この先のページも同様に、
絵とアヴェーラの曾おばあ様の文字が交互に並び続けている。
「ちょっと、読み飛ばそうか……」
フィーネはそう口にした。
「同感! もう少し、時代を進めましょ♪」
アヴェーラは私たちの横から本を取り、適当な頁を捲る。
「多分、ここからだともう……」
そう言って、改めて本を私たちに見せた。
いつも通りに絵が描かれていた、
そして、裏面を見た。
≪Negotium eius feliciter successit!
Ultra longum, tota vita ludere possit!≫
≪“Hoc puellae causa bibliothecas augere et aulam ampliare debemus!”
Dixit, ostendens mihi consilium pictum.≫
≪Multis pecuniis et virium impenditis, tandem mons factus est “Galanum Cavum”.
Credo eum dolorem sentire, quod spectare eius deformitatem miserrime erat.≫
≪Illam montium catenae quasi pontem utens, domos in extremitatibus construi constituit.
In medio rupis, macula nigra posita erat; quaesivi de ea.≫
≪“Quid est hoc?”≫
≪“Hocne? Multa pulchra nigra lapidea emersa sunt.
Hoc utimur ad aulam mediocrem hic construendam!”≫
≪“Pro meo latere oculus nomen accepit: ‘Onyx Melas’,” inquit.≫
表の絵画には、十歳ほどの少年が二人の間に差し込まれていた。
───私たちは戦慄した。
この少年が、いずれ二代目となる──。
───そう、この人物こそが、
「ヴァーディ・モーレイ」なのだと……。
【『甘いものには塩を振れ!』】
頭の中で自分の声が響く。
あーしはアイスに塩……いや、それはちょっとやりすぎかも。
⦅そしたらさ、チーズとハチミツとかもアリっしょ〜って⦆
───そんな馬鹿げた想像が勝手に広がっていく。
オジサンはあーしの沈黙を見逃さず、にやりと笑った。
【君はどう思う? 】
その笑みには、甘さよりも何か――
ほんの少しだけ、ざらついた感触が混ざっていた。
アイスは冷たいのに、心の奥がじんわり熱くなるような気分。
思わず、視線をそらしてしまった。
【それなら、チョコミントにも塩を振らないとね?
あれも甘いんだ。そうだね?】
おじさんは、僅かに眉を上げて、あーしの目を覗き込む。
同意を求めるその視線には、ほんの少しのからかいと期待が混じっていた。
⦅えー、チョコミントに塩とかマジ無理~w
甘いのは甘いって感じで楽しみたいんだけど!⦆
【えー、そうかなぁ?
『在り、有の、無し!』ってノリじゃないっしょ~w
どっちかって言うと、『アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ』みたいな、
言葉のリズム重視って感じじゃん?】
おじさんは両手をひらりと動かしながら、鼻でクスッと笑う。
言葉遊びを楽しむその表情には、軽い挑発が混ざっていた……。




