「城下町の市場調査-巡礼編XXXⅥ-家政婦体験篇XXⅦ-」
あーしの隣に居るオタク君は、来た道をじっと見つめたまま、ボケっと立ち尽くしていた。
⦅さっきまで騒がしかった癖に、急に電源でも落ちたみたいに静かでさ。正直、ちょっと不気味なんだけど……⦆
オジサンってさ、基本ずっと素っ頓狂で、突拍子もないじゃん?なのに今はさ、静寂とかいう意味わかんないオーラ纏って、ボケっと突っ立ってんの。
⦅なにそれ、急にキャラ変? キモ……。⦆
【俺はまた、同じことをした……。ギャルにはちょっと難易度高すぎたかね? でもさ。君の感情も思考も――わりと全部、読めてるんだよねぇ?】
彼はゆっくりと、あーしに振り返った。
その眼は、恐ろしいほどに冷静で。
――しかし、口元だけが。嘲りを含んだ笑みを、歪に張り付けていた。
⦅へぇ? ⦆
あーしはわざと笑ってやった。
⦅じゃあさ。今あーしが何考えてるか、言ってみ? ⦆
一歩、詰める。
⦅分かってるんでしょ? オジサン⦆
【あぁ……くっそきめぇな。 急に変なキャラになるな、だろ】
背筋が、ぞわっとした。
【私はね……女性詞が好きなのだよ。 ――分かるかね?】
オタク君は、楽しむみたいに、ゆっくりと言った。
【私はね……女性が〖パティシエール〗であるのに、それを『パティシエ』などと曖昧にするのが嫌いなんだ……。あれはね。
―――言葉の死だよ。分かるかね? ギャル君。】
⦅……あー、要はさ⦆
あーし、少しだけ考えてから口を開く。
⦅“女ってこと消すな”って話?⦆
自分で言ってて、ちょい雑だなって思う。
⦅でもさ、それって別に あーしらが困ってるわけじゃなくね?⦆
【いいや、駄目だね……。何故、女性詞がある? 何故、それが残されてきた? それを消すというのはね――イスラムの文学に、喧嘩を売る行為だよ】
⦅……いやいやいや⦆
あーし、普通に手ぇ振った。
⦅飛びすぎだって。なんで急にイスラム文学出てくんの? ⦆
眉ひそめて、ため息ひとつ。
⦅パティシエールの話してたよね? スケールバグってんだけど、オジサン ⦆
――でも。
⦅……つーかさ⦆
ちょっとだけ、言葉が引っかかる。
⦅“消すな”ってのは、まぁ……分かるけど⦆
自分で言ってて、なんかムカつく。
⦅ だからって、あーしにそれ押し付けてくんのは違くね? ⦆
一歩、踏み込む。
⦅結局さ、オジサンが気に入らないだけじゃん ⦆
【――ああ、そうだが? 君がギャルなのも、まさにそれだ。……いやぁ、面白いね。自分で墓穴掘ってるじゃないか】
オジサンは、わずかに首を傾げる。
【君は今、“どっちでもいい”と言った。パティシエールでも、パティシエでも構わない、と。】
一拍。
【だが君は、自分のことを“ギャル”と呼ばれることを、やめてはいない。】
視線が、まっすぐに突き刺さる。
【何故だ?“どちらでもいい”のなら、その呼称も、捨てられるはずだろう?】
口元だけが、ゆっくりと歪む。
【つまり君は――自分に都合のいい“差異”だけを残し、都合の悪い“差異”を消している】
ほんの僅かに、間を置いて。
【それを、人はね。恣意的と言うのだ。―――君はギャルを演じている。君はギャルという女性詞を、捨て切れてはいないのさ!!】
男は、冷ややかな嘲笑を浮かべ、あーしに指を上下に揺らした。
――まるで、この場全体を支配しているかのように。
⦅ ……はぁ? 何それ⦆
あーしは思わず眉をひそめ、声を少し上げた。
⦅ ていうか、意味わかんないんだけど、オジサン! 急に何言い出してんの?⦆
指を上下に揺らす彼を見つめながら、ちょっとだけ息が詰まる。
でもすぐに肩をすくめ、強がる。
⦅ ……はぁ、もう、めんどくせーな。でも、そっか……ギャルって演じてるって?ふーん……まぁ、ちょっとは分かるかも、かな⦆
一歩踏み込んで、自分なりに整理してみる。
⦅ でもさ、それってあーしがどうとか関係なくね? 結局、オジサンが勝手に騒いでるだけじゃん⦆
眉間に小さなシワを寄せながら、ギャルの口調はふざけつつも、内心で少しだけ“刺さった”ことを自覚する。
『そうだね? それもそうだ! そうだった。そうでしたね?』
男は、自分の言葉を反芻し、指先で空気を切るように揺らす。
――その度に、周囲の空気が密かに空気が騒めいた。
【アハハハハハハ!! そうだった! そうだった!! 君って、造られた存在だったんだ。だから、君っていうラベルなんて、
最初から無かったんだ!!】
男は笑いながら、指を上下に揺らす手を止めず、その狂気混じりの発見をあーしにぶつけるように見つめた。
【こりゃぁ……好い!『あーし!』とか言って、固有名詞が無いとは!! ガハハハハハ!! 君に、“ギャル”という固有名詞は存在しないのだ。こんな、馬鹿々々しいことがあるとは――ね?】
笑い声は、場の空気をねじ曲げるように響き、上下に揺れる指先は、まるで“世界のルールを揺さぶっている”かのようだった。
『素晴らしい! 素晴らしいねぇ? レッティーナは何がしたい? 』
オタク君は狂気の笑みを張り付けたまま、静寂に似た瞳であーしを見つめた。
あーしは眉をひそめ、思わず声を荒げる。
⦅ちょ、ちょっと待ってよ! 何それ、急に何言い出してんの、オジサン? ⦆
狂気の笑みを張り付け、静寂の瞳で見つめるオタク君に、あーしは少し息が詰まるのを感じた。
⦅ていうか、あーしに何がしたいとか聞かれてもさ……別にオジサンの都合に合わせる義理ないんだけど?⦆
それでも、心の奥のどこかで、指の揺れと笑みの圧がほんの少しだけ、刺さっていることに気づいていた。
⦅……いや、でもさ!⦆
あーしは一歩前に踏み出し、強がりを見せながらも、内心で冷や汗を感じていた。
【あぁ~あ! 時間切れェ! 惜しかったねぇ? 僕が赦してあげようと思ったのに……時間切れだ!!】
【仕方ない! 私が着飾ってやろう……? 君には⦅固有名詞⦆があっても、『女性詞』がないのだから。私が肖ってやろうではないか!!!】
―――――――静寂を切り裂くようにして、物語は動き出した。
アヴェーラが対岸の扉をゆっくりと押し開くと、
そこから吐息のように冷たい静けさが漂ってきた。
まるで洞窟の奥深くに潜り込むような、ひんやりとした空気。
こちらも、かつて辿った来た道と同じように、
暗く湿った岩肌に囲まれながら進むしかないのだと、身体が密かに緊張する。
扉の向こう側は漆黒で、視界は殆ど何も映さなかった。
私はゆっくりと視線を左右に動かす。
―――――あった。
まるで「ここにあるのは当然」とでも言うように、カンテラと蝋燭が置かれていた。
淡い光が網目模様の影を壁へと落とし、ゆるやかに揺れている。
静寂の中に、わずかな安心を齎していた。
アヴェーラは五つの蝋燭すべてに灯を点けるため、備え付けの火打ち石を手に取った。
火花が小さく散り、ひとつ、またひとつと蝋燭の炎が静かに灯っていく。
「はい。ナーレ。 皆に渡して頂戴?」
アヴェーラの両手には、温かく揺れる火の灯った蝋燭とカンテラが載せられていた。
その光は暗闇に対して細やか勇気のように輝き、私はそっとそれを受け取る。
私は蝋燭をカンテラに入れ、そっとフィーネに手渡した。
「フィーネ? 後ろに回して頂戴?」
「あぁ! 分かった」
フィーネはすぐに意図を理解し、静かにヴィーウィ先輩へと手渡す。小さな火の灯りは、まるで波紋のように洞窟内を少しずつ照らしていった。
ヴィーウィ先輩は軽く会釈を返し、慎重にエスリンさんへと手渡していく。その光の輪は少しずつ広がり、暗闇の中に人々の存在を浮かび上がらせていく。この作業を三度繰り返し、全員の手にカンテラが行き渡った。
ヴィーウィ先輩に続き、最後尾のエスリンさんもゆっくりと洞窟内に入った。洞窟はまだ薄暗いままだが、しかし確かに、人々の存在を感じさせる温かい光で満たされていた。
その光は、暗闇にぽつりぽつりと灯る小さな希望のようだった。エスリンさんは背後の扉に振り返り、眉を顰める。
「これでは……火が消えてしまいます」
その言葉に、私は一瞬だけ息を呑んだ。
―――――そして、エスリンさんは静かにカチリと音を立てて、扉を閉めた。洞窟内の空気が身動ぎ、やがて、静寂が訪れた。
「行きたい処があります。エスリン……。Λιβροσμού・Μνήμειον≪リブロスム・ネーミオン≫の鍵はありませんこと?」アヴェーラがそっと口にしたその言葉は、洞窟内の静寂に溶け込み、ゆっくりと広がっていった。
冷たい空気の中で、
微かな余韻となり、
壁に反響しながら人々の胸に届く。
エスリンさんが私たちの横を静かに通り過ぎ、
アヴェーラの傍に立った…。
「お嬢様……あそこは、行く必要は……」
言葉は低く途切れ、しかし声には迷いではなく慎重さが滲む。エスリンさんの手には、茨を意匠した青銅の鍵がしっかりと握られていた。ゆっくりと差し出される鍵を、アヴェーラは両手で受け取る。 その瞬間、洞窟内の空気がわずかに張りつめ、光と影の間に静かな緊張が走った。
アヴェーラは少しだけ目を伏せ、視線を床に落としたまま言葉を紡ぐ。
「私達は『上』に行く必要があります。そうするなら……理解しなければなりません。誰一人、『達した者』はいませんもの……」
言葉の一つひとつが、洞窟内の静寂に染み込むように響いた。
目を伏せたままのその姿に、決意と覚悟が静かに、しかし確かに滲んでいる。
「お嬢様……『最上階』に行く……そういうことですか?」
ヴィーウィ先輩は、静かにその意味を私たちに告げる。
言葉は重く、洞窟の薄暗い空気に静かに沈み、しかし確かに響いた。
その一言で、皆の胸に小さな覚悟の震えが走る。
最上階――それはまだ誰も辿り着いた者のいない場所。
「えぇ……二代目が到達した。―――それ以降、彼はそのことを隠してしまったのです。私達はΑισελιφεγκαλοαντιφυπος≪アイセリフェンガロアンティフュポス≫の『最上階』に往くのです」
言葉のひとつひとつが、洞窟の冷たい空気に溶け込むように響き、胸の奥に重く落ちた。
その瞬間、全員の心に、小さな覚悟と緊張が芽生えるのを感じた。
「Ἀληθῶς, ἑώρακα, ἐν γῇ βλεπομένῃ·τὰ ὄντα κεῖσθαι αἰωνίως, τῷ χρόνῳ ἀεί,」
ヴィーウィ先輩は、声を潜めるように独り言ちた。
その言葉は洞窟内の暗闇に溶け込み、壁を伝うように静かに反響する。
小さな光の輪が揺れる中、重く響くその響きが、空気に張りを与えていた。
「えぇ…先回りされてしまいましたわ。でも―――それ以降、『先回り』されて、いませんことよ?」
アヴェーラは、微かに口元を緩め、いつもの癖をさり気なく見せつけた。その仕草には、軽やかな自信と、場の空気をちょっと揺らす小さな遊び心が宿っている。
「それでは参りましょ♪」
アヴェーラは微笑みを浮かべ、洞窟内の階をひとつひとつ確かめるように踏みしめながら、ゆっくりと下り始めた。
蝋燭の淡い光が足元の岩肌を照らし、影が揺れる中、
彼女の明るい声だけが静寂を柔らかく包み込む。
「参りましょう……」
エスリンさんは静かに私達に告げ、決意を込めた足取りでアヴェーラの後を追った。蝋燭の光が揺れる薄暗い洞窟内で、彼女の存在は確かに頼もしさを放ち、前方へと進む道に小さな安心を齎していた。
残された三人。ヴィーウィ先輩はそっと私の手を取り、片手に握っていたカンテラを私に渡す。次に、フィーネの手を取ると、私たちを先導するかのように歩き出した。
「ヴィーウィ先輩……『最上階』とは?」
「そのままの意味だよ。ナーレも視えたでしょ? あの屋敷の最上階……屋上に行くってことだよ」
ヴィーウィ先輩の言葉は、薄暗い洞窟内に静かに響き、私の胸に少しずつ覚悟を刻み込む。
その響きが、光の揺れる影と重なり合い、空間に小さな緊張を生んでいた。
――――――私たちは降りていくと、見慣れた空間、見慣れた階層表示が目に入った。
(また、君なの?)
――――――そう。
ここは、やはりエレベーターホールだった。
薄暗い光に照らされるホールは、前と同じだが、どこか違和感を帯びている。まるで、以前とは別の時間軸に踏み込んだかのような感覚が、胸の奥に密かに広がった。
此処には二つのエレベーターがあり、アヴェーラとエスリンさんは、左側の翠のエレベーターで私たちを待っていた。右側のエレベーターは紅に染まり、静かに佇んで私たちを睨みつけるかのようだった。その存在だけで、洞窟内の空気がわずかに張りつめ、自然と身が引き締まる。
私は視線を上下左右に動かした。
――――――そして、銘板がそこにあった。
(道標ね……)
銘板には、見慣れたはずの文字が刻まれている。
しかし、見るたびに重みを帯び、洞窟内の静寂に凛とした響きを放っていた。
≪Οἱ τὴν σοφίαν σημείον ἔχοντες πρὸς τὸ κυανὸν·οἱ δὲ τὴν ἀείβλεπτον ὀψιν αἱροῦνται πρὸς τὸ ἄσκοπον.≫
蝋燭の揺れる光が文字の凹凸を浮かび上がらせ、壁に影を落とす度、ギリシア語の響きが洞窟の空気に深く浸透していくようだった。
訪れた音もなく、碧のエレベーターが下からゆっくりと昇り、静かにエレベーターホールに到着した。 淡い光が扉の隙間から漏れ、ホールの薄暗さを僅かに照らす。その静けさは、まるで空気までもが息を潜めているかのようだった。
「到着したわ、行きましょ?」
アヴェーラは軽やかに乗り込み、当然のように、二人の『黒子』も静かに続いた……。蝋燭の揺らめきが彼女たちの姿を淡く照らし、エレベーター内に緊張と決意の空気が漂う。
「分かったわ。視てやろうじゃない……行くわよ!? フィーネ!」
私はフィーネの手を握りしめ、碧のエレベーターに踏み込んだ。微かに機械音が響き、光が揺れる中、私たちは静かに降り始めた。
「それで? アヴェーラ。貴女の意図、理解したわ。そう、遠回りな引き手数多の手薬煉で、私をどうしたいの?」
私はそろそろ、彼女の真意を知りたかった。
(こんな、まどろこっしいことを……!)
胸の奥で、苛立ちと好奇心が渦を巻く。
アヴェーラの軽やかな笑みに翻弄されながらも、私の目はしっかりと彼女を捉えていた。
「ナーレ、フィーネ? 私は幼い頃から、お父様にこんなことを言われてきました——『お父様はおじい様から凄い話を聞いたんだぞ!』それをずっと尋ね続けてきたのに……それでも、お父様は……!!」
声が震え、言葉の端々に溢れる切実さが洞窟内の静寂を切り裂いた。幼い頃の疑問と、今の苛立ちがひとつに絡み合い、アヴェーラの胸を強く打っているのが伝わってくる。
「私は諦めましたの! 私も見てやろうと想ったのですわ! 『先回り』して御預け——! それはもう、嫌ですわ!」
声が洞窟内に響き、蝋燭の揺れる光が、アヴェーラの怒りと決意を際立たせる。
長年の我慢が解き放たれた瞬間、空気までが張りつめ、私たちの胸に小さな震えを齎した。
「おいおい……それが『家政婦体験』の真実かよ! 飛んだデカいアトラクションだな!」
フィーネはようやく、アヴェーラの全貌を理解し、呆れ果てた表情を浮かべた。
その瞳には、驚きと諦め、そして少しの笑いが混じっていた。
「ごめん遊ばせ! 今まで試してましたの……。『急なことに対応』ができるのか、見定めてましたの」
アヴェーラは軽やかに笑みを浮かべ、私をじっと見返した。
その視線には、からかいと好奇心、そしてほんの少しの確信が混じっている。
洞窟内の薄暗い光が、彼女の表情に柔らかく反射し、状況の緊張と遊び心を同時に映し出していた。
エレベーターは静かに停止した。
―――――最下層に着いた合図だった。
扉越しに見える最下層のエレベーターホールは、碧の光に包まれ、まるで何か神秘的な謎を象徴しているかのようだった。メインの扉には歪な茨と、碧の色をした、野薔薇が鮮やかに彩った。
≪Αισελιφεγκαλοαντιφυπος―Ἀγρός ὀρνίθων ὑδάτινων Agros ornithōn hydatinōn≫
扉の入り口の上に、そう刻まれていた……。
≪Ἀγρός ὀρνίθων ὑδάτινων ἐν σπηλαίῳ φωτεινῷ,ὅπου ἡ ἀείβλεπτος ὄψις διηνεκῶς βλέπει.Agros ornithōn hydatinōn en spēlaiō phōteinō,hopou hē aeibleptos opsis diēnekōs blepei.≫
その銘板は、扉の横に静かに掛かっていた。蝋燭の揺れる光が文字の凹凸を浮かび上がらせ、洞窟内の静寂に、古代の叡知と永遠の視線がひそやかに息づいているようだった……。
私はエレベーターホールに降りた……。エレベーターホールの窓ガラスは、碧と蒼に彩色され、黄色い蔦を思わせる枠で縁取られていた。
(ガラス……じゃない……。 宝石だ……!!)
碧玉と灰簾石が惜しみなく使われ、光を受けて仄かに輝く。
此処から見える窓のすべてが、等しく宝石で飾られていたのだ。
アヴェーラが遅れてエレベーターホールに降り立った。
「皆を此処に連れて、来たかったのです////」
――――――その声質は静寂の中に静謐さを添えた。
煌びやかな 藍/愛を携えて、空間にそっと満ちていった……。
蝋燭の揺らめきや宝石の窓から差す光までもが、彼女の存在を祝福するかのように、柔らかく反射していた……。
【なんだ? ギャルがよぉ……いつものハリキリシャカリキガールは何処にいたんだ? そこで座るな! 床に座るな! だらしない!】
オタク君はそう言って、私を立たせて、あーしの服を汚れを払った。
【ったく。 ガキがよぉ? ガキはハリキリシャカリしてねぇで、何がガキなんだ? 俺を馬鹿にしてんのか? 】
⦅触んなし! キモい! あーしはあんたの駒じゃねぇんだ!⦆
【おうおう……急に元気になったな。まだ舌禍したいのかね? だが、君が私に勝てる訳がない。君は存在すら、ラベルすら無いのだ……。私に……勝てると思うのかい?】
⦅あーし! 絶対に勝つ! バイブスで、あんたを打ち負かしてやんよ!!⦆
レッティーナの声は、反発と熱気で震えていた。
オタク君の静寂に似た瞳を前にしても、怯むことはない。
むしろ、全身で気配をぶつけるように、彼に立ち向かう。
【成程ね……己を持ったか? 善いだろう……そうではないと、意味が無いのだ。――これも計算の裡となったら、どうなるんだろうねぇ?】
男は、狂気の笑みを薄く浮かべ、静寂の瞳であーしを見据えた。
その視線には、挑発と試験の香りが混ざっている。
【さて、君にも叡智勝負をしてやろう? ヴァルが好きらしいし……? これを応えたら君を自由にしてやる】
⦅いいよ、受けて立ってやんよ! 難問だろうがバイブスで解いてやる!⦆
【いいね! コレだから、ガキは辞められない……】
【では、問題を出してやろう。篤と理解するまで、反証してくれ】
男は嘲るように微笑み、指先を揺らしながら、あーしの反応をじっと待っている。静寂に似た瞳に、試験官のような圧が漂っていた。
【最終問題だ―――――『こちユル』のエンディングロール全て答えよ。今、此処でだ。時間は――――――――――】
男は六十六と六を指で示した……。
⦅……答えてやんよ。全部は分かんないけど、あーしが見てきた、あーしが信じてる『こちユル』の終わりはさ……! ⦆
【それも正解だ、しかし不正解だ。やり直せ………………………………】
男は静かに採点した―――――――【A+】
〖踊って魅せてくれ……可能な範囲で。俺と踊ってくれないか? どちらが先にA+に至るのか……。
俺が先に行って、役を貰う! 頂点で、嘲笑ってやるぞ!!〗
男はあーしの脚を引掻けて、一気に加速して駆け出した……!!
『ははは! 鬼さんこちら! 手の為る方へ!! おーい! 俺を捕まえてみろ! 手が成る前に捕まえてごらん♪』
指先を揺らし、笑みを張り付けたままの男が、あーしの反応を楽しむかのように空間を駆け抜けていった。
そのまま、男は掟破りの地元走り(ショートカット)で、五つ先のコーナをクリアしていく。視えない、透明なる途を突き進んで、壁さえも突破し、問答無用にAFを全突っ張り!!
―――――――すっ飛んでいく。
男は亜空間を飛び飛びに駆け、短時間ワープを連続で繰り返す。
明滅する彼の姿により、視界は完全に霧が掛かったように曖昧になり、周囲のすべてが捕えられなくなっていく……。
『へぇ? やるじゃん。君も、こちら側ってことか? 論理的に動くと思ってたんだがねぇ……』
男は薄く笑みを浮かべ、亜空間を駆ける、あーしの動きを観察している。
その瞳には、試験官のような好奇心と、狂気めいた挑発――――。
そして、男は見えない縄で、あーしを引っ張っているのだ……。




