「城下町の市場調査-巡礼編XXXⅤ 家政婦体験篇XXⅥー」
【夢が終わるといつも思う───
未だ、視てないんだって……】
眼を醒めた瞬間、確かに何かを見ていたはずなのに、
その“何か”だけが、綺麗に『すっぱり』───と抜け落ちている。
残っているのは、触れたはずの温度と、
言葉にならない感情だけ。
まるで──
核心だけを奪われた夢みたいに。
「……今の、一体なんだったんだ?」
思い出そうとするほど、遠ざかる。
掴もうとするほど、霧散する。
それでも確かに、
あれは“夢”なんかじゃない。
【もう一度、寝ようかな……?】
微睡みの淵をなぞるように、
そっと──眸を閉じる。
あの続きを、今度こそ掴める気がして…。
けれども。
どれだけ意識を沈めても、
どれだけ深く、静寂に身を委ねても──
──────訪れなかった。
【……ああ……】
そのとき、ようやく理解する。
私はもう、
醒めてしまっている。
夢からではなく、
――“夢へ至る淵”から。
【“夢へ至る道”は、何処だったけぇ……?】
――――忘れてしまって、久からず。
淵の端にて……
あっちへ、ふらり。
こっちへ、ぶらり。
進むでもなく、
帰るでもなく。
――往く途は、もう無い。
だから結局、
この場所に留まったまま、
唯、微睡んでいる。
………………だけなんだな。
───────モノローグを始めよう……。
時間も空間も、光も風も─────
悠久を携えて、ただ過ぎ去っていく…………。
留めるものは何もなく、
私はその流れの縁に、取り残されている。
やがて。
私の意識が、幾許か白み始めた。
遠くから差し込む陽光に、
小刻みに、躰を揺すられている気がした。
「うぅ……ん……」
――誰かに、呼ばれているような気がする。
けれど、その声は判然としないまま、
意識の底を掠めては消えていく。
重たい瞼の奥で、
まだ夢の名残が絡みついて離れない。
それでも。
ひとつ、息を吐いて――。
私はゆっくりと伸びをした。
指先から、現実の感触が戻ってくる。
そして――
褥を、そっと捲った。
私は、見慣れない部屋に居た……。
どこか現実味の薄いまま、
ゆっくりと視線を巡らせる。
(……そういえば)
その一言が、沈んでいた記憶を引き上げた。
昨日の出来事が、
水面に浮かぶように蘇り――
ようやく、
この部屋にいる理由を思い出す。
(っ!! レッティーナは?)
(ねぇ!? 聴こえる? レッティーナ!?)
――――返るものは無い。
静音だけが、
この部屋に満ちている……。
そこで、
私はベッドへと視線を移す――
そこには、
誰かが居た気配だけが、微かに残っていた。
私は指先で皺を整え
何もなかったかのように、ベッドを直し、
それから、私は部屋を後にした……。
通路に出ると、
晴れやかな朝日に、思わず目を瞬かせる。
エレベーターホールは、昨日と同じ静けさ。
誰も居なかった。
それが当然であるかのように、
静けさだけがそこにある……。
私は何も考えず、
エレベーターの呼び釦を押し込む。
彼は、いつものように軋んだ音を立て──
ゆっくりと、階層表示を点滅させる。
それは無言のまま、
下降していることだけを示していた。
そのとき――
『ナーリュ! 此処に居たんだ!?』
声が、上から降ってくる。
見上げると、
エレベーターの向こう側に、ヴィーウィ先輩の姿があった。
「ヴィーウィ先輩!!」
応えるより早く、
箱はそのまま下階層へと滑り落ちていく。
蛇腹式の扉越しに、
彼女の姿が、ゆっくりと遠ざかっていった──。
やがて、エレベーターは何事もなかったかのように、
再び箱は昇ってくる。
軋んだ音とともに扉が開き――
「えへへ……行き過ぎちゃった!」
ヴィーウィ先輩が軽い調子で降りてきて、
ひょいと顔を覗き込んできた。
「ごめんごめん! ナーリュのこと、探してたんだよ〜」
昨日と何も変わらない調子。
――さっきのことなど、無かったかのように。
「いいえ……! 私こそ。昨日、確認していれば……」
そう返しながらも、どこか腑に落ちないものが胸の奥に残る。
昨日のこと、アヴェーラや皆の動き――どうも引っかかる。
「ねぇ? 早く! 皆、待ってるよ?」
ヴィーウィ先輩が、軽く手を伸ばして私の手をひょいと取る。
その柔らかい感触に、私は一瞬立ち止まった。
「……あ、はい」
小さく頷くと、先輩はくいっとエレベーターの方へ引く。
私は自然に、その手に従いながら歩き出す。
一歩、踏み入れた瞬間――
外の空気が、ふっと切り離された。
蛇腹の扉が閉まり、
軋む音とともに、箱が密室へと変わる。
先輩と、二人きり。
その距離が、不意に近く感じられた。
「エレベーターで乗ると、最初のことを思い出すね!」
その言葉だけが、この閉ざされた空間に不釣り合いに響く。
まるで、時間だけが止まったかのように。
ヴィーウィ先輩は、ためらいもなく行先釦を押す。
その動作は自然すぎて――逆に、胸の奥がざわついた。
(なんで、こんなに自然なんだろう……?)
私はつい、目で釦に視線を落としてしまう。
空間の静けさに、押された釦の小さな光だけが孤独に揺れていた。
(今は、私だけ……)
誰にも頼れない状況を、ようやく理解する。
(だったら――見極めるしかない)
「――先輩、これも家政婦体験なのでしょうか?」
視線を外さず、さりげなく呼び鈴へ指をかける。
手の感触が、ほんの少しだけ緊張を伝えてくる。
そのまま、静かに押し込む。
――反応を、確かめるように。
「ナーレはどう思ったの? “家政婦体験”は?」
問いかけは柔らかい声なのに、
閉ざされた空間にぽつんと響き、胸の奥に小さな緊張を落とす。
ヴィーウィ先輩は、少し考え込むように目を伏せ、
それから困ったように首を傾げた。
「そうですね……エスリンさんの身振りが、おかしかった。
私は、そう思います」
口にした瞬間、ばらばらだった感覚が一つに繋がった。
昨日の違和感の正体が、
今になって、ようやく形を持つ。
視線の先にいるヴィーウィ先輩もまた――
どこかが、ほんの少し“ズレている”。
『あれは、誘いだったんですね……
最初から、私は……』
けれど同時に、
それを認めることへの躊躇いが、胸を締めつけた。
『フィーネちゃんにはお暇を貰ったんだ。
あの子が居ると、“お嬢様”が怒るからね』
あっけらかんとした口調。
その言葉が、妙に軽く耳に残る。
ヴィーウィ先輩も――
エスリンさんも……
点と点が、静かに繋がっていく。
(グル、だったんだ……)
「どうして……こんな、まどろこっしいことを?」
私はわざと言葉を区切り、間を置く。
相手の反応を、逃さぬように視線を走らせる。
「お嬢様のしたいことを、私はしてるだけだよ。
エスリン婦長も、そうなんだと思う」
まるで、それが当然であるかのように、軽やかに言葉が紡がれる。
「お嬢様の狙い? ……分からないよ?」
首を傾げる仕草だけが、やけにゆっくりで、
その間に、胸の奥に微かな違和感が忍び込む。
私とヴィーウィ先輩の、微妙な探り合いの中で、
エレベーターは一階に到着することを告げる。
減速する感覚、わずかな揺れ――。
――やがて、扉が開いた。
「その……一度、訪ねたいんです……
この屋敷の逸話って、本当なんですか?」
どうしても、それだけは確かめておきたかった。
向こう側に――皆がいる。
まず、アヴェーラ。
視線が絡んだ瞬間、彼女は露骨に顔を背けた。
次に、エスリンさん。
その動きを追うように目を動かすと、一度だけ私と目が合う。
――そして、視線は床へと落ちた。
最後に、フィーネ。
ただ一人、何も感じていないかのように、
まっすぐ私を見つめていた。
ヴィーウィ先輩は私を残し、
静かにエレベーターホールへと降りていった。
足を止めることもなく、
独り言のように口を開く。
『逸話は本当です』
『日誌はありますし……
お嬢様は、ご機嫌ナナメです。
────それに、多分、目的は……』
――そこで、言葉は途切れた。
まるで、“それ以上は言ってはいけない”かのように。
言葉の続きを、自分で切り落としたようだった。
ヴィーウィ先輩は振り返らない。
そのまま、他の皆の中へと紛れていく。
誰も、続きを口にせず、
――静寂が、空間を満たす。
「お~い。ナーレ、早く行くぞ!」
フィーネの声に導かれ、私は小さく息を吐いて歩き出す。
視線を上げると、フィーネがわずかに首を傾げていた。
口だけが動くその様子に、頭の中で問いかける。
⦅また、アヴェーラに変な気が起きたのか?⦆
声はないのに、
言葉だけが、はっきりと伝わってくる。
私は咄嗟に、フィーネへ口だけで返す。
⦅寝室に連れて行かれた。
……迫られた⦆
フィーネは一瞬だけ固まる。
そして額に手を当て、困ったように視線を逸らした。
――まるで、“やっぱりか”とでも言うように。
フィーネは周囲を気にしながら、さりげなく指を動かす。
蛇、鳥、兎――
見慣れた並びの、私たちだけのハンドサイン。
(……ああ)
一拍遅れて、意味が浮かび上がる。
(――アヴェーラの調子を戻せ)
視線を巡らせ、私は足元で小さく合図を返す。
靴先で二度、床を打ち、続けて踵で軽く鳴らす。
――それだけで、十分だった。
フィーネはくるりと回れ右し、
それ以上、こちらを見ることはなかった。
(――全て任せた……)
⦅ナーレっち、なんか楽しいことしてんじゃん?⦆
――唐突に、声が割り込む。
静寂を裂くように。
(……今?)
やっと届いたはずなのに、
そのタイミングが妙に引っかかった。
(レッティーナ! 何してたの?)
⦅えー? あーし朝ムリなんだよね~。
ナーレっちゴメンだけどさ……
乙女にだって、やることあるっしょ?⦆
一拍置いて、レッティーナが私に返答する。
(レッティーナ……今、それどころじゃないの。
全部、仕組まれてる気がする……)
⦅あー……それ、気づいちゃった?⦆
あっさり、軽く。
――私の胸の奥で、何かがひっかかる。
軽く笑う声の裏に、計算された空気が滲んでいる気がして、
心の奥がぞくりとする。
⦅ならもう、戻れないやつじゃん⦆
(……戻れない?)
⦅うん。“お嬢”が動いてる時点でさ、
もう――逃げ道、ないと思うよ?⦆
(……選ばれてるって、どういう意味?)
声を潜めるように、意識の奥で問いかける。
ほんの一瞬だけ、
レッティーナの気配が遠のく。
⦅あー……そこまで行く?⦆
彼女は軽い調子のまま。
わずかにだけ――“考える間”があった。
⦅説明すんの、ちょいムズいんだけどさ⦆
(いいから、教えて)
私は被せるように返す。
⦅……ナーレっちさ?⦆
⦅その屋敷に“呼ばれた”時点で、
もう――お話の中に入ってんのよ⦆
(……お話?)
⦅そ。“役付き”ってやつ⦆
軽く笑う気配―。
⦅で、お嬢は――
その“配役決めてる側”⦆
(……なにそれ?)
理解が、追いつかない。
⦅据え膳食わぬは男の恥、ってことなんじゃない?⦆
(……それ、答えになってない)
⦅うん、なってないね。
でも、近いとこは突いてると思うよ?⦆
(もうちょっと! 具体的に言って!)
⦅家政婦体験って言ってるけどさ⦆
レッティーナが、ぽろりと零す。
⦅要するに――
“ナゾに首突っ込む役”、やらされてるってことでしょ⦆
その言葉だけが、妙に重く残る。
軽い口調のはずなのに、
そこに含まれた意味だけが、沈んでいく。
(……やらされてる?)
その一言が、引っかかる。
⦅正確にはさ――
初代と、二代目が造ったんだよ⦆
⦅……“やらされ役”をつくる屋敷を――⦆
――そこで、音が途切れた。
「ナーレ………」
すぐ近くで、名前を呼ばれる。
気づけば、アヴェーラが直ぐ傍に立っていた。
「さっきから……何を見てるの?」
「――っ」
一瞬、言葉が詰まった。
「ごめん……アヴェーラを見てたら、
昨日のことを思い出して……」
視線をわずかに逸らして、
私は小さく、恥じらうように笑った。
アヴェーラは、私の反応を見て――
恥じらいながらも、にやりと嗤った。
「あら、良いのよ。
――今日の事は赦してあげる♪」
それは、天使のような笑顔に変わった……。
「さぁ! 行きましょ? ナーレ。別館へ!」
アヴェーラは、躊躇いなく私の手を取る。
その温もりに引かれるまま、
一歩、前へ。
私はフィーネへと視線を送る。
フィーネは、ほんのわずかに頷く。
それだけで、十分だった。
エスリンさんとヴィーウィ先輩もまた、
何も言わずに私たちの後ろへとつく。
まるで、
進むべき方向が決まっているかのように。
『お嬢様の仰せのままに……』
エスリンさんは笑顔のまま、静かに従う。
私たちが歩き出すと、フィーネがそっと耳打ちする。
「ねぇ、ナーレ、別館って、何があるのかな?」
「うーん、多分、何か特別な場所なんじゃないかな…」
フィーネはふふっと笑い、また歩みを進める。
私達は、オニュクス・メラスを背に、
反対側の上げ橋を渡っていく。
来たときと同じように、絶壁が目の前に迫ってきた。
「お嬢様、鍵はお持ちですか?」
エスリンさんは、私たち越しにアヴェーラへ問いかける。
「勿論よ。コレが無いと、進めないじゃない」
アヴェーラはにっこり笑みを浮かべ、鍵を手に握っている。
…………カチャリ。
――静寂を爪弾くように、
大地に女が、眼差しのように穿った……。
その衝撃は、
空気の隅々まで振動となって広がっていく。
振り返れば、
来た道が一直線に面縫いた。
その亀裂は、黒き地層「オニュクス・メラス」を鋭く貫き、まるで巨大な眼球に、光が差し込んだかのような、錯覚を与える。
終/対に――扉が、
…………静かに開かれた。
――『オニュクス・メラスの眼』が、今、拓かれたのである……。
やっぱり、平日業務後に投稿するもんじゃないな……。
完成度悪くなってんじゃん
(どうして、「大地に女が、眼差しのように穿った……。」なんて、
言葉に修正したのか…?)
(――『オニュクス・メラスの眼』ってなんだよ?)
(多分――――こういう事だろうな…。
来た方向から、一直線に途が出来た。
其処から視たら、オニュクス・メラスを貫いて観えるから)
(『オニュクス・メラスの眼』が、今、拓かれたってこと、それらが聖刻を示す。
───針が面を縫うように貫いたんだ…)。




