「面談? 裁判! 被告人は俺!?」(In.Ⅱ)
俺は最奥の扉の前にたどり着いた。
そこに佇んでいた女性はスーツ姿だったが、かなり奇抜な装いをしていた。
スーツは左右で白黒に分かれたツートンカラー。ヒールや帽子まで統一されていて、どこかコスプレに近い印象すら受けた。
それに、やたらと若い。二十歳にも満たないように見える。
ぱっと見では十八歳くらい――いや、さすがにそんなはずはないと思いつつも、なぜかそう断言できない自分がいた。
「夏枝様ですね? こちらの先が面談室となっております。前の方がまだ面談中ですので、しばらくお待ちください」
その言葉に、俺はお辞儀をするしかなかった。思考がまたこの世界から引き剝がされ、何か重力のようなものに引き寄せられる感覚に囚われていたのだ。
「夏枝様、お待たせしました。前の面談が終了いたしましたので、チラシをお渡しください」
俺はカバンからチラシを取り出して手渡すと、彼女はその裏面をじっと見つめながら、扉を示した。
――今から始まる。
犇々(ひしひし)と、運命という獣が息を潜めてこちらを見ている気がした。
まるで、俺という存在を丸ごと噛み砕こうと、口と目を大きく開いているようだった。
面談室に入った瞬間、違和感が全身を駆け巡った。
もう、俺にとって「異様」「異質」「面妖」なんて言葉は、もはや隣人レベルで身近な存在だ。
だが、今回は次元が違った。
そこは面談室ではなかった。陪審法廷だったのだ。
しかも、裁判長、陪審員、傍聴人までいる。
どう頑張っても「面談」なんて言えたもんじゃない。
「皆の者――静粛に!」
裁判長の大声が響くと、森閑としていた法廷がさらに静まり返った。
「プロメ、裁判の開始を」
裁判長の言葉に応じて、俺の左前、十一時の方向に座っていた青年が、金色の山車のような模型を手にしながら宣言した。
「これより、裁判を開始します」
「うむ。被告人、夏枝 重よ、前へ出よ」
促されるまま、戸惑いながらも前に進むと、裁判長の横にはさっきのツートンカラーの女性が立っていた。
彼女は俺から受け取ったチラシを裁判長に手渡し、懐から二冊の巨大な本を取り出すと、裁判長の隣に座った。
――すごい睨んでくる……
彼女は白と黒、二冊の本を机に並べた。黒い本は白い本の三倍ほどあり、重々しく開かれた。
それから、ずっと俺のことを睨みつけていた。
(誓って言うけど、俺、彼女に何かした覚えは一切ないぞ……)
「被告人、夏枝 重よ。貴殿の業は重く、極めて深い」その声に、我に返った。
「貴殿の罪は、独身罪、棄損罪、不労働罪、不貞罪、不敬罪――」
(え、なにその罪!?)
「貴殿は人としての務めを著しく損ない、よって辺獄――行きが決定しておる」
「この原罪に、不服はあるか?」
裁判長の問いに、陪審員も傍聴人も俺をじっと見つめてきた。
「裁判長。独身罪、棄損罪、不労働罪、不貞罪、不敬罪……その内容に、まったく覚えがありません。その理由を教えてください」
「うむ。貴殿は人の務めである繁栄を怠り、独身を貫いておる。それゆえ独身罪」
「また、職もなく、不労働罪が妥当。そして神への寄進もせず、感謝の念も足らぬ。不貞罪」
「さらに、酔った勢いで我が主を冒涜したため、不敬罪も妥当である」
「現世でこれを贖うには時間が足りぬ。故に貴殿はステュクスを上り、アケローンを渡って、辺獄へと赴くことが定められておる」
「――だが、辺獄行き以外の道も、ないわけではない」
「俺にどうしろと?」
「今、我らは深刻な状況にある。かつて信仰を集めた神が倒れ、臣民たちは迷い、混乱しておる」
「そこでだ。貴殿がその神として働き、その罰を浄めるのであれば、辺獄行きは免除されよう」
「――弊社は、そんな“ジンザイ”を求めているのだ」
俺は考えた。
どのみち、死からは逃れられないのだとしたら……
「わかりました、裁判長。死んで辺獄へ行くよりも、その神として働く方がまだ救いがある気がします」
「そうか。我々は貴殿の入社を心より歓迎する」
「プロメ、裁判の終了を」
「裁判を終了します!」
裁判長、陪審員、傍聴人たちは静かに立ち上がり、去っていった。
「貴殿――ステュクスを上り、アケローンを渡らねばならぬ」裁判長はそう言って振り返り、さらにこう続けた。「ジル、この者に金貨を」
“ジル”と呼ばれたツートンカラーの女性がスタスタと近づき、金貨を一枚、俺に手渡してきた。
「これは……?」
「もちろん、駄賃です」
(は?)
「冥界へ渡るには、これが必要なのです」
意味は分からなかったが、この金貨が大切なものだという感覚だけは確かだったので、俺はそれを胸ポケットにしまい込んだ。
「さあ、参りましょう」
ジルはそう言って、被告人席の奥にある唯一の扉を開けて歩き出した。
俺は、訳も分からぬまま――
この謎めいた水先案内人の後に、ついていくしかなかったのだった。




