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こちらは神材派遣管理会社「ユル」でございます。  作者: U-SAN
「冒険譚を欲する少女達」
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「喪われた三枚銅貨-調査編Ⅲ-」

 港の場末の酒場で、私とフィーネはついにキーランの“裏の顔”を目撃した。イカサマサイコロ。老練な手つき。そして、疑惑を残さぬ勝ち逃げの手腕。


 アヴェーラに報告すべきか――迷いながらも、私たちはひとつの答えにたどり着く。「なぜ、彼は勝ちすぎないのか?」「なぜ、あの“三枚の銅貨”なのか?」


 次第に明らかになる、“帳尻を合わせ続けた男”の痕跡と、“正しさ”の綻び。 彼の目的は何だったのか。


  そして、誰のために――。

 私達は、先ほど目にした光景にただ唖然として、思わず店を出てきてしまっていた。ほんの一呼吸、心を整えるために――。


 酒と潮の匂いが混ざる夜風に吹かれながら、私達は黙って並んで立っていた。頭のどこかでは、あの男の行動を冷静に反芻しようとしているのに、胸の内はまだざわついていて。


 それほどまでに、さっき見た“真実”は衝撃だったのだ。


「……マジかよ、あいつ……やってたじゃん」


 フィーネが低く唸るように言った。唇は強く噛みしめられていた。


 私は無言のまま、波止場の灯を見つめていた。

 目の前にいた男――キーランの所作を、声色を、サイコロの転がる音を、脳裏で何度も再生している。


 あの無表情。あの静かな手つき。

 隙間なく繰り返される、帳尻を合わせるための賭け。


「見たよね……あのサイコロ。すり替えてた。

 全部……やってるって、あれはもう、慣れてる」


 私の声は震えていなかったが、その奥に潜む動揺は明らかだった。

 それは怒りや非難ではなく、何かを知ってしまった者の、静かな痛みだった。


「けどさ、気になるんだよ」


 フィーネがぼそりと続けた。「あの人、勝ってるのに、顔が……全然、嬉しそうじゃなかった」


 私は短く息を吸う。


(たしかに――そうだった。まるで“帳尻を合わせる”ためだけにそこにいたみたいに、

 賭けること自体に意味なんてなかったみたいに)


 思い返せば、サイコロを振る前に、キーランがふと下を見た瞬間。

 あれは、何かを拾って、懐にしまう動作だった。証拠を――いや、後ろ暗いものを消す仕草。


 それでも、どこか決して悪びれては見えなかった。

 むしろ――何かを「守ろうとしているような」背中だった。


「……一度、戻るね。少し、奥を確かめておきたい」


 私の言葉に、フィーネが驚いたように振り返る。


「戻る? まさか、また中に? あんな場所に……?」


「フィーネは、アヴェーラのところに行ってて。……きっと、寂しい思いをしてる」


 夜の潮風が二人の間を通り抜ける。

 私の表情は静かで、だが決して諦めてはいない顔だった。


「風見鶏の下で合流ね、あそこなら目立たないし」


「うん、あとで」


 そして私は踵を返す。

 再び、あの濁った闇の中へ。

 見えなかった何か――いや、「見てしまったものの奥」を潜るために。


 残された私は、ひとつ深く息を吸ってから、再び酒場の扉に目を向ける。


 ネァド・ナ・グクレフ(クレイトの巣)その暗き底に。


 私は扉を開いた。


 変わらぬ賭卓のざわめき。

 サイコロの音、銅貨が滑る音、乾いた笑いと罵声――


 そこにはさながら、昼間とは別の顔をした“もう一つの街”が息づいていた。


 私は、目立たぬようカウンターの端に腰を下ろし、静かに周囲を見渡す。

 慎重に。だが、物珍しげに見上げる“客”には見えないように。


 やがて視界の隅に、見慣れた後ろ姿が映った。

 キーラン。そしてその隣に、煤けた麻の上着を羽織った男。

 肩まで伸びた黒髪が乱れ、足元は履きつぶれた長靴。見るからに粗末な風体。


 ふたりは酒を干し、

 何か言葉を交わした後に奥の階段へと姿を消す。


 その動きに、私の眼差しが鋭くなる。

 ――やはり、ここにはまだ“続き”がある。


 卓の影を縫うようにして立ち上がると、私は静かに階段へ向かった。

 酒場の喧騒に紛れながら、物音ひとつ立てず、その足取りは影のように滑らかだった。


 そこには地下に続く階段。


 灯りは乏しく、湿った空気が満ちていた。

 そこに一枚の扉がある。


 飾り気のない鉄枠と、

 手垢の染みついた木板。


 私は耳を寄せ、息を殺す。

 ――静かに、しかし確かに、男達の声が漏れ出していた。


 扉の向こうは、わずかに籠もった音で会話が交わされていた。

 厚い木板が全てを遮るわけではない。静かに耳を寄せれば、断片的ながら言葉は届く。


「……本当に、今夜で済むんだろうな?」


 低く擦れた声。口調からして、酒場で見かけたあの男――キーランの隣を歩いていた者だ。


「間違いねぇ。あと一回。それで終わりだ」


 聞き覚えのある声が返す。キーランだ。抑えた調子には、焦りよりも、疲れと確信が滲んでいる。


「……パトロンの件がなけりゃ、こんなことにはならなかったんだがな」


「ふん、あの時は浮かれてたっけな。パン屋ひとつに後ろ盾が付いたって話で」


「……悪かったよ」


 キーランが自嘲気味に笑ったような気配がある。


「……銀細工師に頼んでな、花の冠をこしらえたんだ、

 銀婚の節目に合わせて。

 ……あいつが、ずっと憧れてたって言ってたからさ」


 その声は、ほんの一瞬だけ、過去を見つめるように柔らかかった。


 だがすぐに、現実が追いつく。


「身の丈に合わねぇ贈り物だな、まったく」


「分かってる。……けど、あれだけは、どうしても――」


 私は、息をひそめたまま目を伏せた。


 “どうしても”――

 その短い言葉の中に、彼の抱えてきた感情の輪郭がにじんでいる。


 扉の向こうでは、さらに金の話へと移っていた。


「借金取りのほうは、何て言ってた?」


「……“次で全部返せ”ってさ。もう延ばせねぇ。

 だから、今夜もう一度勝つ」


「勝てるのか?」


「帳尻は……合ってる。そうなるよう、動いたからな」


(帳尻……)


 私は思わず眉を寄せる。


 もう、十分だった。

 聞くべきことは、全て耳にした。


 キーランの背後にあった事情。

 美しくも歪な贈り物の代償。

 そして、“一枚の銅貨”が語る、隠された真実。


(でも――それでも、

 許されることと、

 許されないことがある)


 私が身じろぎしようとした、その瞬間。


 ギィ……ッ。


 金属の軋む、嫌な音。

 目の前の床下から、木製の扉がゆっくりと開かれていく。


(しまった!)


 私は反射的に踵を返し、通路の曲がり角の陰に身を隠した。

 そこは物置のように古樽が積まれており、視線が通りにくい。


 軋む階段を登ってくる足音。

 先に現れたのは、煤けた麻の上着を羽織った黒髪の男だった。

 そのすぐ後ろに、帽子を深く被ったキーランが続く。


 階段を上がりきったところで、男が立ち止まり、視線を横に流す。

 私は息を殺し、影の中でじっと身を縮めた。


「なあ、“Dor Beetle(ドァ・ビートル)”。ほんとに今夜が最後なんだよな?」


「それで、終わるんだよな?」


 キーランは頷かなかった。ただ、少しだけ顎を引き、前を向いた。


 男は鼻を鳴らして笑った。だが、そこに愉快さは無かった。


「勝ったとしても、残らねぇぞ。

 負けたら、借金と一緒に“沈む”んだ。

 ……それでも、あの女房に、銀の冠を渡したいのかよ」


 その一言に、キーランの足が一瞬止まりかけた。

 けれど彼は、返事をしないまま、再び足を動かし始めた。


 そして、その直後――


「……さて。お前ら、そろそろ潮時だ」


 酒場中央から、ディーラーの声が響いた。


「今夜の最終戦だ。三ラウンド制。賭ける奴は、席に着け」


 空気が、ざわつく。

 火の粉が弾けるように、銅貨が跳ね、男達の視線が一点に集まり始める。


 私は再び階段をのぼった。

 湿った空気を背に、夜の酒場へと戻る。


 そして、自分の中で結論をひとつだけ定めた。


(私は、見届ける。全てを)


 サイコロが止まった音を合図に、ディーラーは片肘をついたままゆっくりと身を起こした。


 酒と煙と人いきれに満ちた酒場の奥、その小さな円卓に、重々しい声が落ちる。


「……さて。お前ら、そろそろ潮時だ」


 賭卓の奥、酒場全体を支配するような声が響いた。


「今夜の最終戦だ。三ラウンド制、銅貨を賭ける者は、今ここに座れ」


 ディーラーが、最後の賭けを告げる。

 その宣誓は、まるで夜の儀式の始まりを告げる鐘だった。


「最後だとよ……」


「毎度のことながら、ここからが本番ってわけだ」


 賭卓の周囲にいた常連達が、思い思いにグラスを置き、立ち上がる。


 それぞれが懐の銅貨を確認しながら、円卓の椅子を引く。

 無言の者もいれば、笑みを浮かべる者もいた。


 一人、また一人と卓に加わっていく中――

 酒場の扉近くにいた男が、ゆっくりと歩を進めてくる。


 ――キーランだ。


 誰とも目を合わせず、誰の呼びかけにも応じず、

 ただ静かに、まっすぐにその席へ向かう。


 軽く煤けた上着、帽子の奥に沈んだ視線。

 その手は、懐から革の財布を取り出し、躊躇いも無く中身を皿の上へ。


「全部、だな」

 ディーラーの目がわずかに細まった。


 ――何も言わない。ただ頷くだけ。


 卓に集った者達はそれぞれに身を乗り出し、

 サイコロを確かめ、

 銅貨の重みを手の中に測っている。


 空気が一変した。


 浮かれていた酔客達は徐々に声を落とし、賭卓に視線を集め始める。

 この店では知れたこと――。


 “最終戦”は、常に何かが動く。

 銅貨だけではない、誰かの運命、誰かの秘密、誰かの終わりが――。


 私は、その空気の変化をひしひしと感じていた。

 そして、この場面こそが、“帳尻を合わせる”本当の勝負であると悟っていた。


「運と勘、それから……ほんとに覚悟のある者だけが、席に残れ」


 ディーラーがゆっくりと確認する。


「……では、今夜の最終戦、三本勝負を始めるとしようか」


 最初に振るのは、ディーラー自身だ。


「四、二、三……合計九」


 続いて、革紐の男がサイコロを振る。


「六、五、二……合計十三!」


 陽焼けの女が、肩を揺らしながら投げる。


「一、三、四……合計八」


 若い船乗りは、目を閉じてサイコロを転がした。


「五、五、一……合計十一!」


 第二ラウンド

 無口な老人は、淡々とサイコロを振る。


「二、二、五……合計九」


 最後に、キーラン。


 懐から出したサイコロを、慎重に転がす。


「六、六、三……合計十五」


「……!」


 ざわつく卓の空気。キーランの目に、わずかな緊張が走る。


「第一ラウンド勝者、キーラン。配当は三倍」


 ディーラーが静かに新たなサイコロを卓に転がす。


「三、四、三……合計十」


 革紐の男は、余裕の笑みを浮かべながら投げる。


「二、六、一……合計九」


 女は、髪をかきあげながらサイコロを投じた。


「六、五、二……合計十三」


 船乗り風の青年も気合を入れて投げる。


「三、三、三……合計九」


 老人は手首を軽く振る。


「四、六、四……合計十四」


 そしてキーラン。


 再びサイコロを持ち、深く息を吐いてから振る。


「五、四、五……合計十四」


「……引き分け、か」

「勝者は二人。キーランと老人。配当は山分けだ」


 第三ラウンド ―― 最後の勝負

 ディーラーが掌でサイコロを揉むように転がし、力強く放る。


「二、三、六……合計十一」


 革紐の男がサイコロを掴み、振りかぶって投げた。


「五、五、五……合計十五!」


「……おお!」周囲が沸く。


 女もすぐに続けて投げる。


「三、二、二……合計七」


 若者は、何かを祈るようにサイコロを転がした。


「六、一、四……合計十一」


 老人は無言でサイコロを放つ。


「三、三、六……合計十二」


 最後に、キーラン。


 皿の前に残された最後のサイコロ。

 彼は一瞬だけ、懐を探った。――そして、目を伏せ、サイコロを卓へ滑らせる。


「六、六、四……合計十六」


 沈黙。

 賭卓の空気が凍る。


「……勝者、キーラン。十六。これにて三本勝負、終了」


 キーランは、ゆっくりと卓から銅貨を引き寄せた。

 その手つきに、緊張も、喜びもなかった。ただ、必要なものを取り戻した者の静けさだけが、そこにあった。


「……勝者、キーラン。十六。これにて三本勝負、終了」


 ディーラーの声が、空気を切り裂くように響いた。


 次の瞬間、賭卓を囲んでいた男達が一斉に呻き、酒精と諦念を混ぜた吐息を漏らす。


「ったく、今夜もか……」

「やりおるな、“Dor Beetle(ドァ・ビートル)”。最後は必ず運を転がす」

「もう何連勝だ、あの男……?」


 誰も怒鳴らない。罵倒もしない。

 それほど、彼の勝利は“日常”だった。


 だが、私の目には、まったく別の景色が映っていた。


(……違う。運なんかじゃない)

(自分のサイコロで、思う通りの目を出した……いや、“出せる”ようにしていた)


 キーランは勝った。だがそれは、誤魔化しと偽装の上に積まれた勝利だった。

 彼は銅貨の山を丁寧に袋へ収めると、卓を立った。


 一方、ディーラーはしばらく卓の整理に手を動かしていたが、ふとキーランの背中をちらりと見た。

 そして、ごく微かに口元を歪める。


 常連のひとりが、肩をすくめながら言った。


「今日の“虫かご”は、餌も見せ物も一級だったな」


「……だけど、あいつ、いつまで転がし続けるんだろうな。運か、命か、どっちが先に尽きるか……」


 賭卓を離れるその背中――

 重たい袋を肩にかけて、キーランは静かに歩き去っていく。


 私は、その姿から目を逸らせなかった。

 そしてふと思い出す。


(……銀で編まれた花の冠。妻に贈るために……)


 酒場の地下のやり取りで、キーランがぽつりと漏らした言葉。

 パトロンがついて、しばらく浮かれていた頃に話していたという、銀婚式の計画。


(まさか、それが理由だったの?)


 驚きと、やるせなさと、ほんの少しの痛みが胸に広がった。


 キーランは、イカサマをしてまで――

 罪を重ねてまで、たった一日の“祝い”を実現しようとしていたのだ。


 彼女に見合わぬほど高価な冠を。

 もうすぐ迎える、二十五年目の結婚記念日を、忘れられない日にするために。


(……愛情、なんだろう。たぶん)


 けれど、それはとても歪で、破れやすい。

 真っすぐじゃない分、逆に壊れやすくて、誰かを傷つける。


 私は、拳をそっと握りしめた。


(でも……その気持ちが嘘だって、私は思えない)


 真実を知らされた奥さんは、どう受け取るだろうか。

 嘘と裏切りにだけ目を向けるか、それとも、その奥にある想いを見てくれるだろうか。


(伝えなくちゃ……どちらの面も、ちゃんと)


 キーランが選んだ罪も、

 その罪に隠していた祈りのような想いも。


 全部、奥さんに。


 波止場の夜風が、私の髪を優しく揺らす。


 その風の中で私は、胸の奥で言葉を一つだけつぶやいた。


「……きっと、まだやり直せる」


「……フィーネとアヴェーラに合流しなくちゃ。

 きっと、寒い思いをしているんだろうな」


 私はそっと息を吐き、酒場の扉を押して出た。


 夜の風が、潮の匂いを連れて肌を撫でる。

 さっきまでの熱気に満ちた空間から一転、街路は静けさに包まれていた。


 私は足早に石畳を進み、港を少し離れたはずれにある風見鶏へ向かう。


 そこには、風見鶏が月を背に、きぃきぃと音を立てて揺れていた。

 その根元で、二つの影がこちらを向く。


「ナーレ!」

「おかえり……大丈夫だった?」


 フィーネとアヴェーラ。

 待っていた二人の姿を見つけ、私はようやく微笑んだ。


「うん。大丈夫。全部、見届けてきたよ」

「……伝えるべきことがある。ちゃんと、聞いてくれる?」


 アヴェーラは少しだけ目を伏せ、それからゆっくりと頷いた。


 私は、夜の空気を胸いっぱいに吸い込む。


 そして、静かに、真実へと口を開いた。


 ――風見鶏がまた一つ、向きを変える。

 この夜の風は、どこへ吹いていくのだろう。


 物語は、真実へと向かっていく。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


「喪われた三枚銅貨‐調査編Ⅲ‐」では、ついにキーランの“もう一つの顔”が明かされました。


 銅貨の不一致という、ほんの些細なきっかけ。


 けれど、日々の信頼の上に築かれた営みのなかでは、それは亀裂にもなりうるものです。


 キーランはただの“賭博常習者”ではなく、

 かつての若い日の誓い――妻との銀婚式という夢を、どこか不器用なかたちで叶えようとしていました。


 ギャンブルに手を出すという選択が、正しかったのかどうか。


 それは、ナーレにもまだ判断がつきません。


 けれど少なくとも、彼の手にあったサイコロは、家族への想いの重みを帯びていたことだけは確かです。


 この章では、影に潜む動機、秘密と賭け、そして誰にも見せない想いに迫りました。


 次回、ナーレたちは、真実をどこまで受け止め、どう向き合うのか――。


 小さな銅貨に秘められた想いが、少しずつ輪郭を持ちはじめます。


 真相と解決の幕が開けます。


 それでは、また次の章でお会いしましょう。

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