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こちらは神材派遣管理会社「ユル」でございます。  作者: U-SAN
「冒険譚を欲する少女達」
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「喪われた三枚銅貨-調査編Ⅱ-」

 私達はアヴェーラの父が出資するパン屋「クリー・チェ」で起きた、銅貨一枚の消失を追っていた。


 僅かな差異に過ぎないはずの不一致は、日々の営みの中で積み上げられた信頼を静かに侵していた。

 消えた銅貨。鍵は夫婦のどちらにも渡っていた。


 だが金庫にもレジにも破損や盗難の痕跡はなく、帳簿はあくまで整っていた。

 まるで、最初から帳尻が合わせられていたかのように。


 調査の糸口は、そこで途切れた。だが、偶然は重なる。

 店を離れ、街へ出たアヴェーラ一行は、人波の中でふと目を見張る。


 ――夫・キーラン。その人物が、買い物袋を抱えながら歩いていたのだ。

 だが彼の足取りはどこか妙だった。

 いつしか夕刻を迎えると彼は突然と歩調を早め、賑わいを抜けて、港町の波止場へと姿を消す。


 市場の喧騒は、やがて夜の気配に塗り替わり、酒と潮の匂い、怒号と笑い声が交錯する。

 もう一つの顔を街に与えていた。


 辿り着いたのは、「ネァド・ナ・グクレフ(クレイトの巣)」と呼ばれる場末の酒場。

 常連客達は皮肉を込めてこう呼ぶ――“Dor Beetle(ドァ・ビートル)”、糞を転がして巣に運ぶ虫達、運を転がす虫達の隠れ家だと。


 私達は、波止場の影に真実が隠されていることをまだ知らない。

 だが、今度こそ核心に触れる。銅貨と嘘、その裏に潜む賭けと秘密――。

 調査は、再び静かに動き出す。

 波止場の空気は、昼の市とは違っていた。


 酒と潮、汗と獣脂の匂いが混ざり合い、ひとつの場所に夜の顔を持たせている。

 その一角――港の古びた通りに、場末の酒場があった。店の表には黒ずんだ看板。


 煤けた木板に「ネァド・ナ・グクレフ(クレイトの巣)」と刻まれているが、もうほとんど判別できない。虫のような図案だけが、風雨にさらされながら、なおも羽を広げている。

「……本当に入るのか?」


 フィーネが肩をすくめながら訊く。私は、小さく頷いた。


「ええ。ここにキーランさんが入っていった……私達がこの目で見たじゃない」


 扉を押すと、鈍い音とともに、粘り気を帯びた空気が漏れ出してくる。


 油煙と酒精に染みこんだ空間――そこでは、いくつもの賭卓が並び、男達が杯を打ち鳴らし、サイコロの目に一喜一憂していた。


「……うわ、これはまた……くせえな」


「静かに」


 私はフィーネの袖を軽く引き、周囲を見渡す。店の奥には、丸腰とは思えない視線の男達がいくつもあった。


 すぐには動かない。まずは周囲を観察する――それが私達の判断だった。


 二人は空いていた壁際の椅子に腰を下ろし、卓に小銅貨を一枚だけ置く。


「おう、何だ新顔か? “虫かご”に入るつもりなら、財布はしっかり閉めとけよ」


 向かいに座る男が笑った。「虫かご」とは、この場所の常連達が、「クレイトの巣」に群がる客――特にカモになりやすい者達を揶揄して使う隠語だった。


 ――会話の端々には、断片的な情報があった。


「今日の“Dor Beetle(ドァ・ビートル)”は、ずいぶん賭けてたぜ……」

「なあに、あいつは今夜も勝ち逃げだ。」


 “Dor Beetle(ドァ・ビートル)”――それが、どうやらキーランの酒場内での呼び名らしい。


 パン屋の主が、こんな場所で呼ばれていること自体、十分すぎる手がかりだ。


「ナーレ……聞いたか?」


 フィーネがそっと囁く。私は黙って頷くと、カウンターの奥に目を向けた。


 酒場の奥、薄暗い灯りの下に、ひときわ騒がしい卓があった。

 円卓には五人の男達が腰を下ろし、中央には一人のディーラーが座っている。

 その手前には小さな布が敷かれ、三つのサイコロが置かれていた。


「さあて、今夜も始めようか。三本勝負、運と勘で切り抜けろよ」


 ディーラーの声が響くと、卓を囲む男達が次々に銅貨を賭けに出す。


 キーランもその中にいた。帽子を深く被り、顔の輪郭がはっきりとは見えない。

 彼は卓の一番奥、燭台の光が届かぬ席を選んでいる。


 ディーラーが無言で三つのサイコロを掌に包み、重々しく卓に振り下ろす。

 サイコロは短く跳ね、乾いた音を立てて転がり――やがて、すべての目が止まった。


「……合計、十」


 次に振るのは、左隣の筋張った腕の男。手首に巻かれた革紐が、かすかに汗で黒ずんでいる。


「おりゃっ」


 男は勢いよくサイコロを投げ、数字を読み上げた。


「七、二、二……合計十一。悪くねぇな」


 二番手は、陽に焼けた肌の女。口元には不敵な笑みを浮かべながら、サイコロを転がす。


「九、三、一……あら、十三ね」


 三番手の若い船乗り風の男は、緊張からか手元がおぼつかない。


「う、うまく転がれよ……」


 ガチャンと音を立て、サイコロが跳ねる。


「三、四、二……合計九、あー……ダメか」


 四番手の老人は無言でサイコロを振った。手慣れた所作。


「五、六、一……十二。悪運が残ってたかのう」


 そして、五番手――キーランの番だ。


 彼は無言で腰の袋から、よく使い込まれた自前のサイコロを三つ取り出す。

 指先で確かめるように軽く転がし、それから卓の中央へ、静かに放った。


 サイコロは音を立てずに回転し、やがて目を見せる。


「四、四、四……合計十二」


「出目がきれいに揃ったな」


 陽焼けの女がそう呟くが、キーランはただ肩をすくめるだけ。


「なら、勝者は十三を出した――お嬢さん。賭け金の三倍分を回収だ」


 ディーラーが静かに手を差し出し、女がにやりと笑って銅貨をつかむ。


 キーランは、何の表情も見せずに自分の賭け金をそのまま前に残した。


「続けるか?」


 誰ともなく頷く。酒場の熱気が、さらに一段階、濃くなった。


 再び、ディーラーがサイコロを振る。

 乾いた音が酒場に響き、転がったサイコロが止まる。


「……合計、九」


「ふっ、勝てるかもな」


 左隣の革紐の男が自信ありげに笑いながら振る。


「五、五、二……合計十二!」


 陽焼けの女もすぐにサイコロを掴み、さっと振った。


「三、三、三。九、並んだわね」


「今度こそ頼むぜ……」


 若い船乗りが願うように投げ、


「六、二、一……うう、また九か」


 老人は黙々とサイコロを振る。


「四、四、二。十。ん、ひとまず勝ちかの」


 そして、キーランの番。


 カタン。


「一、二、三……合計六」


 一瞬、静まりかえる卓。だが、誰もそれに特別な意味を見出そうとはしない。


「おいおい、どうした、常連さん?」


 革紐の男が茶化すように笑う。


 キーランは愛想笑いすらせず、手元の酒をひと口あおるだけだった。


 ディーラーが小さく頷き、勝者達に賭け金を配分する。


「……まだ続けるか?」


 誰ともなく頷く気配が伝わる。


 勝負は、いよいよ第三ラウンドへ。

 キーランが“帳尻を合わせる”本命の一戦が始まる。


「……さて、最後の一戦だ」


 ディーラーが三つのサイコロを掌に乗せ、軽く上下させてから放る。

 石の卓上を転がったそれらは、軽快な音を立てながら止まり、静かに数を示した。


「合計……十だな」


「うまい数字だな」


 フィーネは思わず口の中で呟いた。


 出目としては中庸。勝ってもおかしくない、だが負けるにも理屈が立つ――まさに“泳がせるための餌”だった。


 革紐を巻いた太い腕の男が、口の端を歪めてサイコロを振る。


「四、三、一……チッ、八だ。くそったれ」


 続いて、片目を隠した女が静かに投げる。


「五、五、二。十二、ね。悪くないわ」


 若い船乗り風の男は肩をすくませながら投げた。


「三、二、五……十。おっ、並んだ……!」


 老人の出目は「六、三、二」で十一。

 卓の誰もが大きく勝ち越してはいないが、微妙な差が積み重なる。


 そして――


「……おい、見ろよ」


 フィーネは小さく私の袖を引く。


 キーランの手が、懐から何かをさっと取り出していた。それは――

 サイコロだ。見慣れたようで、どこか違う形。


「やっぱり、やってるな……」


 そう呟いたときには、キーランはすでに全財産を賭け皿に置いていた。

 サイコロを転がす手つきには、一切の緊張がない。


(何かを“整える”為の勝負……って顔だな)


 カラン、と小さな音。


「五、六、二。合計十三」


 誰よりも高い出目に、卓が一瞬ざわつく。

 ディーラーは感情を見せず、淡々と口を開いた。


「勝者、キーラン。十三が最も高い出目だ」


 フィーネは、そのときにはっきりと見た。


 キーランの目に宿る、乾いた光――後ろ暗さを悟らせないほどに冷めたそれを。


(なるほどな。バレないように“勝ち越し”だけするってわけか。やり慣れてやがる)


 ディーラーの声が響いたとき、他のプレイヤー達はそれぞれに呻ったり、頭を抱えたり、椅子に体を預けて落胆していた。

 その一瞬。


 キーランは手を膝の下へ滑らせ、静かに何かを拾い上げた。

 ――イカサマのサイコロ。


 彼はそれを、まるでパンくずを払うようにさりげなく懐へ戻した。


(……やっぱり、だ)


 フィーネの目がわずかに細められる。


 誰もが勝負に気を取られていたその隙に、老練な男はすべてを終えたのだ。

 何事もなかったかのように銅貨をひとつずつ手元へ引き寄せながら。


(勝って当然、って顔。……クセになってる)


 私が思わず手を握り締めたのが、隣の気配から伝わってくる。


 卓を離れるキーランの背を、ふたりは静かに見送った。

 まるで、この街の誰にも彼の裏側が見えていないように。


 それでも、彼が銅貨に固執する理由も、秘密を巧妙に隠しながら転がし続ける姿も、すでに見えていた。


 老練な男はまさに――フンコロガシであった。


 最後までお読みくださり、ありがとうございます。


 今回の「調査編Ⅱ」では、銅貨の謎を追う過程で、街の夜の顔や、キーランという男の裏の一面を少しずつ浮かび上がらせる構成となりました。


 酒場「クレイトの巣」、通称“虫かご”で行われるサイコロ賭博の描写は、ナーレとフィーネの視点を通して、静かな緊張感と観察の妙を味わっていただけたら嬉しいです。


 キーランがなぜそこまでして“勝ち越す”ことに執着するのか――。


 その理由はまだ明かされていませんが、「銅貨を喪う」ということが、この物語において単なる物理的な損失ではないことを、少しずつ読者の皆様にも感じていただけるのではないかと思っています。


 老練な男、まさにフンコロガシ。

 どんな場所にいても、巧妙に転がし、都合のいい方向へ導いていく姿には、どこか滑稽さと哀しさが同居しています。


 果たして彼は、転がすものを操っているのか、それとも操られているのか――。


 次回、「調査編Ⅲ」では、いよいよキーランの過去と銅貨の核心に迫る一幕を描いていく予定です。

 どうぞ、引き続きお付き合いいただければ幸いです。


 それではまた、次の扉でお会いしましょう。

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