610話 黙っておけばよかったのに
一ノ宮耀がSNSに投稿したメッセージ、三門玲司の帰省に同行するという予告が、知り合いの間で物議を醸し出した。
先月に故郷からの侵攻事件があったばかりだ、よりによってターゲットだったヒカリを連れていくのか、と批判の嵐に見舞われるレイジは、ヒカリが勝手に言っただけで同伴は未確定だと言及して、騒ぎを鎮めた。
「皆反対する」
「そりゃそうよ」
決して辺境の地ではない。観光客も多く訪れる街で、レイジ以外にもこの島に転入してきた生徒もいる。
だが彼にとっては地獄と呼べる場所であり、先月の文化祭は彼を苦しめるためにヒカリを標的にして侵攻してくる事件が起こった。
彼が憎まれる理由は、ある日右目に宿した悪夢の瞳。その瞳は見た者の夢を叶わなくさせてしまい、夢を叶えることに注力するその故郷では疫病神も同然の扱いを受けていた。
瞳の力は有限だが、尽きれば空から赤い光が降ってくる。そこでレイジを追い詰め瞳の力を貸して使い果たし、降って目に入る瞬間を阻止することで力の喪失に成功し、侵攻に終止符を打った。
なら安心して帰省できるか、となると怪しいわけで、皆が反対する理由はそこにある。
「黙っておけばよかったのに」
「分かっていたなら止めてよ」
誰にも言わなければ止められずに済んだのにとレイジはぼやく。対してヒカリは、自分の行動を読めていて結果も想定していたのなら、未遂に留めてほしかったと文句を言う。
彼は瞳の力こそ失ったものの、心を読む能力は健在であり、他人がどんな行動をとるかは予測できる。
ヒカリとしては、問題がある行動ならレイジが止めてくれる。裏を返せば止めにこないことは何でもしていいと認識しており、黙ってアクションに出た自分ではなくストッパーの役目を果たさなかった彼に非があると考えていた。
「それに、レイジこそ行くの止めたら? お盆とはいえ」
ヒカリは、止められるのは自分だけではないはずだと主張する。レイジ本人に牙を剥いても、殺意を瞳で打ち消されてしまい生還されてしまう。だから今まで生きられているとはいえ、しつこく嫌がらせを受けてきたのも事実。
ほとぼりが冷める前に帰省するのは命とりだと考え、レイジもまた止められる立場だと意見した。
「俺はほら、生還……生きて還った実績あるから」
レイジとヒカリの違いは、生き延びた経験の有無。彼は拉致されても島に帰還したことがあるから、また訪れても大丈夫と思えるだけの土台がある。対して行ったことがないヒカリは未知数。
危険と見做されるのはヒカリの方だと、レイジは自分を棚に上げて説得を試みた。
「助けてもらったおかげでしょ?」
「俺の実力だ」
自信満々に生還したと主張するも、自力で達成したわけではない。拉致されたことを察知した“ノーツ”持ちの仲間たちが故郷へ乗り込んできてくれたおかげだ。
だが救援に来てもらっても助からないことはある。だから助かったのは自分のスペックが優れていたからでもあると反論した。
それに助けにきてくれるのも人望ありき。それも含めての実力だと言い張った。
「そもそも、ヒカリが行く理由はない。連中の俺への当たりを確かめる役目は、お前じゃないといけない理由はない」
ヒカリが故郷の訪問を反対され、それに逆らう理由はないとレイジは告げる。彼女が同伴すると決めた背景には、瞳の力を失った彼が、以降も忌み嫌われる存在になってしまうのか確かめたい思いがある。
しかしそれはヒカリ自身で確かめる必要はない。他の人に頼めることだ。
特に狙われる存在でなく、万が一レイジが狙われても援護できる人が望ましい。
“ノーツ”と呼ばれる特殊な力を持つ人がいるこの島なら、適任者を探すのは難しくない。現に何人か候補を考えてある。
「私はレイジの運命の相手でしょ?」
何一つ迷いなく、ヒカリは主張する。レイジは心を読めるせいで、この言葉が心から真っ直ぐな本音だという事実が分かってしまうだけに、言い返す言葉が出てこなかった。
最近ヒカリは運命という言葉をよく口にする。きっかけはレイジが瞳の力を失い“ノーツ”の評価がBランクに下がったこと。それにより彼女と同じ階級になり、元々クラスや星座、“ノーツ”覚醒時期と様々な共通点があった中にランクも同じという要素が追加され、運命の相手と捉える気持ちが強まったのだ。
一月経っても相変わらずなので、レイジは再び悪夢の瞳を宿して元のSランクに戻れば、元のヒカリに治るのではと思いつつも、それは口に出さない。
「だったら一緒に行く。当然でしょ?」
「逆だ。しばらく別れよう」
「もうずっと別れているよ」
運命の相手は運命共同体とは別物、と説得すれば同行は免れる。そう考えるレイジだったが、破局して一年以上経っていることを挙げられては言い返せる言葉が浮かばない。
破局の原因は、レイジの本命の相手がヒカリではないとバレたこと。だが愛想を尽かしたわけではなく、彼の想いが自分に向くと信じて待っている。
付き合う相手は、自分を受け入れてくれる人なら誰でもいいと思っていたレイジは、ヒカリを納得させる方法を思いつかず、中途半端な気持ちを引き摺っている。
そもそも高校卒業後、離れ離れになる彼女とは疎遠になる可能性が高いわけで、今さら復縁しようという意欲が湧かないのだ。
「一緒に行動するのを我慢しようってことだ」
交際を終わらせて関係が変わったか、思い返すとそこまで変わっていない。それは距離感が従来通りだからだ。
席替えの度にヒカリはレイジの前をキープし、高校でも多くの時間を共にしている。
その高校が休みのうちに、別々に過ごす時間を作ろうと提案しており、その意味でしばらく別れようと告げたのだと補足する。
「十分我慢したよ」
その夏休みはもう半分終わった。その間、レイジとヒカリは二人で過ごしたことがない。一方で彼女は、他校の男子と出掛けたことがある。
ろくなプレゼントをくれなかったレイジに、普通はもっと良い物を選んでくれるものだと証明するためのお出掛けだった。
改めて彼がプレゼントをくれると期待しているものの、一向に声を掛けてくれないことを、ヒカリはずっと気にしている。帰省はリベンジのチャンスだと内心訴えかけてみるも、レイジの意思は揺らがない。
だからどうすればヒカリを諦めさせるか考えた。他の適任者を挙げようものなら、納得するどころか自分の方が相応しいと言い張って勝負を挑みにいく気なわけで、それは悪手と分かっている。
そこでレイジが考えたのは、どうして自分はヒカリを付き添いに選ぶことに反対しているのか、自分は彼女をどう思っているのかだ。
「ああ、分かったよ。自分のことが」
悪夢の瞳を失った今、自分の本音を自覚した。単純に、ヒカリが嫌いなだけなのだと。
「お前が嫌いだから、連れていきたくない」
ヒカリの身に危害が及ぶことと関係なく。一緒にいることに抵抗感がある。と、レイジは真っ直ぐにぶつけた。
ショックで固まるヒカリに、レイジは心境の変化を語って絶え間なく言葉のナイフを刺す。
「思えば、人から好かれることに夢を見ていたのかもしれない。嫌われる力を宿したせいで、誰でもいいから好きになってくれる人が欲しかった」
レイジにとって、好きな人を選ぶ基準は相手が自分を特別視してくれるかどうかだ。その人にとって特別になれると判断したら距離を詰める。そうしてヒカリの好感度を稼いできた。
夢を壊す力を持って以降、藁にも縋る思いだった。
「でもその力はもうない。万人に嫌われなくなった今、選び放題だ」
前提として人に嫌われる性質があったから、誰であっても受け入れてくれればそれで良かった。だが力を失った今は違う。過剰に嫌われることはなくなったから、他人と同じ扱いをされるようになる。
「好きになってくれる人は大勢できる。その中から好きに選べばいいんだ」
ヒカリに固執する理由はないと遠回しに宣告する。
「なのにわざわざヒカリなんて選ぶのは……好かれてもそんなに嬉しくないし」
何よりヒカリを選びたくない、とストレートに言い放ち、トドメを刺した。別にヒカリのためを思ってわざと傷つけたつもりはない。すべてレイジの本音だ。
「だからもう帰って」
最後に突き放し、背を向けた。
「……そんなに嫌だったんだね」
内面や外見で好かれていないことは、前々から分かっていた。単に共通点が多かったから、ヒカリから自分を特別に思ってくれると踏んで親しくなって、そして付き合ったことも聞かされていたし、本命の相手が他にいたことも受け入れていた。
それでも嫌われているとは考えておらず、今レイジから告げられた本音は、とても苦しいと感じる。
付き合いの長さ、近さが却って負の面を見せる機会の多さに繋がり、嫌いな気持ちを蓄積させてしまったのだと考えた。
心を読む力は持たなくても、レイジが本音と建前どちらを言っているかは目を見れば分かるようになっていた。だからこそ疑いようのない事実に、逃避したくなる。
「……今日をやり直そうって思ったけど。それも結局結論の先延ばしなんだよね」
その逃避する方法をヒカリは持っていることに気づき一瞬希望を抱く。だが根本的な解決に至らないことを理解し、同時に、その手段を決行することが間違いだとレイジが言っていた意味に気づいた。
「やり直して歴史を変えても余計につらい未来が待っているだけだって、レイジが言ってた意味が分かったよ」
レイジはなぜヒカリの“ノーツ”を使って一日をやり直さないのかという疑問に対し、リトライによって進んだ先で当初より重大な過ちを冒すことになるからと持論を貫いている。
だからヒカリを抑止してきたが、今となってはどうでもよく、かといってわざわざ言わなくていいと判断し、黙って相槌を打つ。
「じゃあ、せめて私を盾にして」
嫌われて終わるのは嫌。そう願うヒカリは、最後にレイジの役に立ちたいと思い、帰省して襲われたら身代わりにしてほしいと訴えかけた。
「嫌だ。そもそもお前がついてこなければ襲われる心配ないんだよ」
「じゃあ変装していく、から……」
ヒカリは提案したが、その手は使えないことに気づく。文化祭の事件にて、レイジがタイムスリップして過去の自分と遭遇した結果、故郷へ行ったことがない彼女の情報が住民に知れ渡り、対策として他人の体に精神を入れて隠れた。
だが体を貸してくれた人がからくりを暴露し、変装をしてもなおヒカリは狙われた。
元の姿も変装した姿も知られているから、提案は通用しないと自己解決したのだ。
「それにそんなことをしたら、俺が皆から非難される」
ならば他の人に協力してもらい第三の顔を作ればいいという発想に至るが、レイジがすかさず潰す。ヒカリを犠牲にしようものなら、この島の知り合いたちから恨まれる。
「……それなら問題ないんでしょ?」
その言い分にヒカリは賛同しない。なぜならレイジは皆に嫌われたいと言っていたのだから。
むしろ二重の貢献ができる事実に気づき、ヒカリは盾作戦をさらに推す。
ヒカリが来ることで注目を浴びる懸念点は変装で。盾としての役目を全うしても、嫌われることに慣れておきたいレイジからすれば好都合。嫌いな存在が消えれば彼も満足する。
ヒカリの提案はレイジにとって想定外の追い風に乗り、彼は否定する強みを思いつけず流れに負けそうになる。少し前の自分の発言が尽く首を絞めてくるのを実感する。
「けど皆は反対する。お前が暴露していなければ、こっそり行けただろうに」
レイジは自分では手に負えないと諦めて、ヒカリの失態を利用した。彼女が帰省の件を投稿したことにより、同行の阻止という形で彼に味方する。
「レイジが説得するって話でしょ?」
「そうだったな」
騒ぎを最小限にするために同行を引き留めると約束したのはレイジだ。要するに、説得したと嘘をついてこっそりヒカリを連れ出さなくてはならない。同行がバレたら、説得に失敗した彼の責任になる。
レイジは散々ヒカリを嫌いと言ったが、一番嫌いなのは自分自身かもしれないと思い至った。




